第5話
◇
将来的には俺も王都にある学園に入学するだろう。
俺が持っている霊装――『ホワイトノート』を携えて。
ホワイトノートの能力は単純明快。他人の霊装の能力を使用することができる、模倣の能力だ。
ただし、無限に使用できるわけはなく、とある条件が必要になってくる。
あまり人に他言したくない条件だ。実際、前回の人生ではそれでひと悶着あった。その扱いについては、今回の人生ではうまく丸め込んでいきたい。
俺は打算的な本心を隠して歩いていく。
皆が寝静まった夜中のこと。
俺とレドは寝室を抜け出して、道場で向かい合っていた。
レドが霊装を使用するところを他の人に見られるといけないから、こんな塩梅となった。
二人だけの秘密の戦い。
男同士の熱き戦い。
なのに気が付くと、少女アイビーが観客として座っていた。
「私のことはお気になさらずに」
笑顔でそんなことを言うが、少しきな臭い。
「おまえ、なんで俺たちが戦う事がわかったんだ。誰にも気づかれないようにしていたのに」
「リンクの動きが怪しかったから後をつけたの。普段と違うから、とってもわかりやすかったよ」
何のことはない、俺のせいだった。
しかし、そんなにわかりやすいのか。
「リンクはねえ、行動というよりも、考えが読みやすいんだよ。感情よりも理屈を大切にして、目的がぶれないで、その目的に対して真っすぐに進んでいくから、先回りしやすいの」
「……」
まさかこんな少女に論破されるとは。
事実だからしょうがない。
まあ、アイビーならむやみやたらに口を開くようなことはないだろう。
「わかった。仕方がない。観客でいることを許可する」
「はは。ありがたき幸せでございます」
「まさかとは思うけど、そんな調子で外に出たりしてないよな。街の中で問題になるようなことはしてないよな」
恐ろしいのはアイビーが夜な夜な外に出て、悪事を働いている可能性。前回と同じようにアイビーがごろつきから狙われる未来は回避しないと。
これはアイビー自身のためでもあるが、俺のためでもある。すでに俺とアイビーは友好関係を築いてしまっている。借金の肩代わりくらいはしろよと言われそうな関係。ごたごたに巻き込まれて魔王と会う前に死ぬなんて、魔王が爆笑する未来が見える。
「してないしてない。霊装も使ってないよ。約束だもんね」
「それならいい」
「おまえも霊装を?」
驚きと共にアイビーを見つめるレド。
霊装使いは希少というほどではないが、珍しいのは珍しい。数万人規模の街でも数十人はいるだろう。数十人しかいない、という表現もできる。
しかし、この場にいる三人が三人、霊装持ちというのは珍しい。
「うん。そこのリンクから使うなって言われちゃってるけどね」
俺は頷きを返す。
とりあえず前回に死が訪れた一年後、それまでは無暗に使用してほしくはない。
「霊装持ちってだけで狙われることがあるからな。レド、おまえの親父さんだってそういう意図で秘密にしろと言ってるんだろ」
霊装持ちの子供なんか、どうとでもできる。身の丈に合わない力を有する子供ほど、”何か”に使える存在もいない。
攫って自分の用心棒に仕立て上げるのも、洗脳して悪事を働かせるのも。
だから学園が存在している。
力を持つ者には、責任と自覚、それを教える場所が必要なのだ。
「そう言われてる。でも、俺はこの力で皆を守りたいんだ。隠すだけの力に何の意味があるんだ」
悔しそうな顔は、少年特有の克己心。
霊装が自分に宿ったことに意味を作りたくて、逆に言えば、霊装を有した自分に価値をつけたいお年頃。
レドの手に光が集まっていく。月光の差し込む道場の中、仄かな光は段々と収束していって、一つの武器を創り上げる。
それは、身の丈ほどの大きさの斧だった。
「『バルディリス』。これが俺の霊装だ」
斧の柄を掴んで一回転させる。ぶおん、と風を斬る音がする。人の身体など容易に真っ二つ出来そうな代物だ。
素晴らしい。
「いいね。能力は?」
「教えねえよ。なんで今から戦う相手に教えないといけねえんだよ」
ごもっとも。
しかし、レドの手は微かに震えていた。
当たり前の話だが、その斧には刃がついている。
刃は相手を引き裂くためのものだ。斧に振り下ろされた相手の肉は簡単に真っ二つとなるだろう。
今でいうと、その相手は俺だ。
人を殺すための道具。
それは見た目以上に重いものだ。
「どうした? ビビってるのか?」
あえての挑発。
レドは顔を赤くして口を開いて、それから閉じた。
「そう、……かもな」
自覚。
それは一番簡単で、一番難しい行為だ。
鏡で見る自分の姿は客観的に見られる自分よりも何割かマシで美しく見えるらしい。人間にはそういった自己愛の機能が備わっている。客観的に自分を見て否定するなんて、生物として常識に背いている。
だからこそ、それができる人間は一つ上に昇華できるのだ。
「おまえ、強くなるよ」
だから俺は接し方を変えた。
このレドという男、想像よりも真面目で素直で潜在能力が高い。
そういう相手には、真摯に向き合ってこそだ。
「安心してほしい。おまえが霊装をもって本気で襲い掛かってきても、俺は死にはしない」
「なんでそんなことが言えるんだよ」
「俺はおまえ以上の霊装持ちと何度も戦ってきたからな」
それこそ四聖剣とか。
性格の破綻しているあいつらと、何度やり合ってきたことか。
そんな俺が、こんな田舎の、まだ命のやり取りもしていない乳臭い少年に負けるわけがない。
「あ、ピピピと来た」
とアイビー。
「何が?」
「これ、フラグってやつだ。死亡フラグってやつだ。聞いたことがある」
「何を受け取ってんだよ」
こんなところで俺が死亡するわけないだろ。
俺が懸念しているのは、おまえを狙うであろうごろつきのことだけだ。それ以外は何も気にしていない。こんな少年にやられるわけないだろうが。それこそ魔王に嘲笑われるわ。
レドに向き直る。
「まあともかく、今この時、俺とおまえの利害は一致しているわけだ。おまえは霊装を使って自分の力を示したい。俺は霊装の力を見てみたい。お互いに全力のバルディリスの力が見たいんだから、誰も損しないだろ」
「……まあ、そうだな。でも、本当に大丈夫か? おまえ、本当に死なないよな」
おかしい図だ。
レドは俺の命を心配している。命を奪うかもしれない危険を感じている。俺は逆に奪えるものなら奪ってみろのスタンス。
逆だな。
やっぱりこいつは根がいい奴なんだろう。
「俺は死なないって」
もう埒が明かない。
頭で考えすぎるやつには、行動させてみるのが手だ。
俺はその場で跳躍して、レドに肉薄した。
「おまえは死ぬかもしれないけどな」
掌底。
レドの顔面向けて放つ。
ほとんど反射の動きでレドは自身の前にバルディリスを構えた。俺の掌底は斧の側面によって弾かれる。
「――っ」
レドは勢いそのままにたたらを踏んで、後退。息を飲む音と共に、レドの目つきが変わる。
どうやら本気になってくれたようだ。
レドは大きく息をついた。斧を構え、そのまま俺に向けて横なぎに振るった。
――予想よりも、幾分か速い。
俺は後退する。顔面に向けて振るわれた斧が眼前を通過していく。逃げ遅れた髪の毛が何本か、切断されて宙を舞った。
寸前のところで躱して、床の上を転がっていく。
「やば」
そんなことを言いながら立ち上がる。真っ青な顔をしているのは、俺以外の二人の方だった。
「う、うわああ。リンク、今、死ぬところだったんじゃ……!」
「お、おまえ! 余裕な感じだしてぎりぎりじゃねえか!」
「別に、ぎりぎりの距離ででおまえの霊装を確認したかっただけだよ」
冷や汗たらり。
マジでフラグになるところだった。
しかし、予想の三倍は早い動きだった。訓練で見ていたレドの攻撃スピードからは考えられない速さで、子供の腕力ではありえない勢い。
これが霊装の力なのかもしれない。
単純にして明快。速度を有する霊装。斧という質量のある武器からすれば、単純に速度があれば防ぎようもない。
「こっわ。もうやめといたら? 見てるだけで心臓に悪いんだけど」
とアイビーが心配すれば、
「俺もやめといた方がいいと思うぞ」
とレドからも心配される始末。
「なんでだよ。今のでそっちの霊装を把握したんだ。むしろこっからだろ」
予想よりも優秀な霊装だということを、この身でもって証明したんだ。何も悪いことはしていない。
俺は再度駆け出す。
レドは迎撃するために斧を振り下ろした。しかし、その動きはさっきよりも随分と遅い。
「手加減するなんて、余裕だな」
そのくらいなら見てから回避できる。
身を翻して躱し、拳を腹部に一回。肉を叩く感触がしっかりと残る。
「ぐ、え」
訓練の際、幾度も殴りつけてきたからだろう、彼の腹筋は大分鍛えられている。数歩下がったところでレドは持ちこたえて、俺を睨みつけてくる。
「今のが殺し合いじゃなくて良かったな。俺を殺すことに怯えたおまえの負けだった」
「……死にかけたくせによく言うぜ」
それはそう。
俺の体たらくな立場でこれ以上煽るのは、流石にレドに申し訳ないのでやめておいた。
「その霊装でどうしたい?」
「どうしたい、って?」
「その霊装を使って何がしたいかって話。騎士団に入りたいでも、この道場を継ぎたいでも、なんでもいいよ。おまえはこれからどうしたいんだ」
「俺は……」
霊装とは過ぎたる力だ。
これ一つで武器を持った一般人の何十人分にでもなる。
一つの判断で、国が傾くことだってあるだろう。
「言っただろ。俺はこの力で、周りの人たちを守りたいんだ」
決意は強く。
その目には光が宿っていた。
何がきっかけになっているのかは知らない。知らなくてもいい。
結果として、レドは本気になれる人物だった。
「それなら、やることがあるな」
俺は緩慢な調子で歩きよっていく。
それを見て、レドは斧を振り下ろした。今度は本気の一閃だ。眼で見てから判断したのでは、すでに肉体に届いている一撃。
を、俺は避ける。
あらかじめ、体を避けさせている。
「は?」
レドの目には、斧の軌跡を読まれたかのように見えただろう。
彼の懐に入り込んだ俺は、彼の胸部に拳を一撃。
たたらを踏むレドに、種明かし。
「おまえのバルディリスは速度に長けた霊装だ。その一撃は普通に考えれば避けられない。でも、扱うのは結局人間だ。そこには予備動作が存在する。視線の動き一つ、四肢の揺らぎ一つで、どこに振るわれるかはすぐにわかる」
「……」
「せっかくの優秀な霊装なんだ。真っすぐに進むだけが力じゃないと思っておいた方がいい。例えば、振り下ろそうとした斧を一度体の中に戻して、別方向から横なぎに振るう、とかな。強敵が相手ならそういった普通ではない動きが必要になってくる」
霊装は武器だ。
しかし、普通の武器とは違う。
普通の武器よりも扱い方には幅があって、だからこそ自分のものにするのは難しい。
「守りたいものがあるんだったら、斧としてのバルディリス以上のことを知るべきだな。霊装としてできることは無限にあるぞ」
「おまえ、ホントに俺と同い年かよ」
「いんや。俺はすでに別の未来を生きている」
ぽかんとした顔のレド。
そんな彼に近づき、俺は肩を組んだ。
「というわけで、今日から俺たちは親友な。こうやってバルディリスの扱い方を教えてやる。おまえに人を守るための力を与えてやる。その代わり、十年後は協力してくれよ」
レドはあっけにとられた顔を継続。
「素直過ぎるなあ」
総括はアイビーの誰に向けたかもわからない、そんな一言だった。
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