第23話 牧師、ハードワークに遭遇する
「今日はなあ、まあチョロい仕事だぜ。俺には役不足な仕事だが、お前らにはちょうどいい!」
油まみれのリーゼントをクシで整えながら、ワシーリーが笑った。怒鳴るように喋る。
粗野な言動のわりに役不足の誤用はしていないことにすこし感心しながら、カインは今日の仕事を確認する。
「たしか隣村に引っ越しする新婚夫婦の護衛、ですよね」
「ああ、まあこの辺は積極的に人を襲う魔獣、
シャロムは杖を握り下を向いている。ワシーリーと距離をおいて明らかに不機嫌な表情。
どうもワシーリーはあまり好きではないらしい。
会話をする3人。向こう側には御者席に座る夫と、家財道具を詰めた馬車に乗る妻が見えた。妻のお腹は大きい。夫婦はもうじき3人家族になるらしい。いろいろ入り用だろう、護衛に大金は積めないわけだ。
まだ見ぬ未来に明るく笑う二人。それが今日の依頼人だ。
「俺もお守りは勘弁だが、馬車の荷台の隅で俺の邪魔にならんようにしてたらおやつを買う小遣いくらいは恵んでやるぜ坊さん二人よぉ」
△ △ △
──話がまったく違ってませんかこれ。
横倒しになった馬車。家財道具がこぼれ落ちる。土煙と、血の臭い。ロバは腹を引き裂かれて死んでいた。
すぐ近くに倒れているシャロム。外傷はない。ただ驚いて気絶してるだけらしい。
ぐ る る る る
うなり声が地を這う。ロバの肉と腸を噛みちぎりながら、なおも血に飢えた巨体が次の標的を探している。横倒しになった馬車の影に隠れながら、カインは魔獣の気配を感知する。
長い両腕。両足は短い。牙の生えた縦に長い頭。人間の三倍近い体重。腐った土の臭い。
魔獣、それも高位に近い強さと高い凶暴性。
──なぜあんなものがこんなところに……!?
馬が調子を崩し、一度戻って馬からロバに変えた。そのロスで本来の時間より遅れ、夕暮れ時の森の近くを通ることとなった。
油断していた所を、グレンデルの強襲に馬車を横倒しにされた。
耳を澄ます。集中して周囲の音と気配を探る。
すこし遠くに倒れる夫。腕を抑えてるところから投げ出された衝撃で骨折したらしい。
剣を抱えグレンデルを見つめるワシーリー。怪我はないが動けないのか。
そして馬車の中、妻のうめき声が聞こえる。
──マズい……!
グレンデルが肉を咀嚼している。ロバが食い尽くされれば次は人間だ。
どうする。今グレンデルを倒さねば夫妻が危うい。だが、それをワシーリー達に直接見られることは避けたい。
一瞬の躊躇。だが迷っている時間はない。
「くっ!」
飛び出そうとするカイン。しかし肩を掴まれる。
「おい、坊主! 俺がやつを引きつける。お前はそこのお嬢ちゃん抱えて逃げろ! 逃げて助けを呼んでこい! ……夫婦二人まで担ぐのは無理だろうな」
ワシーリーが、剣を持って立ち上がった。崩れたリーゼントに、冷や汗。ひきつっている表情。無理もない。万年ランクCの冒険者には明らかに手に余る相手。だがそれでも、男は叫ぶ。
「早くしろ!」
「だけど、ワシーリーさん一人では!」
「うるせぇなあ! 冒険者は依頼人最後まで守んねーといけねぇんだよ!! テメエみたいなひよっこで、しかも目が見えねえ坊主なんざいるだけ邪魔だ! あんなもん俺一人で十分だ!」
冒険者の矜持。最後の最後までワシーリーは戦うつもりだ。怒鳴りつけ、カインを後ろへ押し出した。
「いけよ! とっとといっちまえ馬鹿野郎! オメエなんかなあ! 役に立たねえんだよバーカ!」
「ワシーリーさん……」
「いけカイン! ……シャロム、助けてやってくれよ」
剣を振りかぶり、背を向けるグレンデルめがけ駆け出すワシーリー。
それより速く、その傍らを影が通りすぎる。
「……な」
閃光の如き速さ。暗い黄昏を稲妻が走る。グレンデルの肩を、腕を、背骨を、頭部を、不規則な幾つもの線が走る。厚い筋肉と、硬い骨格がまるで粘土のように断たれた。
やがて声もなく、怪物の全身が崩れ落ちた。
血さえ吹き出ることもなく、人喰いの化け物が肉片に変わる。
「──亜真形流居合抜刀術、三の太刀。
カインが剣を抜いていた。夕暮れの光に、黄金の刀身が反射。
正体がバレることを、考えてることはやめていた。
ただ、もう誰も無意味に死なせたくはないと思った。
「……は、はは、やっぱそういうことか。俺の才能が目覚めたと思いたかったんだがなあ」
呆然としながら、それでも苦笑いする
「すいません、ワシーリーさん」
「その腕前、ランクDの器じゃねぇな。もっともっと上だ。年数だけは長くやってきたからな。ランクSでもそんなことができるやつはそうはいねぇ」
「……騙すつもりは、いや、騙してしまったんですが、僕は」
「いいよ、隠すってこたぁなんか事情あんだろ? ワケアリなんざ今まで山ほど見てきたからよ。まあ目がダメな坊さんがそんな強いなんてのは初めてだけどな」
「本当に、ごめんなさい」
結局は最後の最後でバレてしまった。やはり自分には隠しごとは向いていないらしいとカインは思う。
明日からのラライとダンジョンに潜るときは、もう少し注意深くすることを心がけないと。
「だからよぉ、そんな強いんだからいちいち謝ん……」
「ちょっとぉ! 二人とも来てっスぅ!」
けたたましいシャロムの声。目覚めたらしい。
「ああん、坊主の嬢ちゃん目ぇ覚めたのか? こっちはもう終わったからまあそっちの夫婦の怪我みてやれや。まったく役立たずの」
「奥さんがぁ! 破水してるっス! めっちゃ産気づいてるっスよぉ!」
まだ仕事は終わらないことを、カインは知った。
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