第22話 吸血姫、吸う

「いぃやあああああ!! なんとかしてくださいっスううう!!?」


 こけて転がる。土に汚れる僧衣。必死に立ち上がりまた走り出す。泣き叫ぶ神官見習いシャロムの背後三メートルを、岩猪──三メートルほど体長に、固い毛皮に包まれた歪な牙を生やす猪の太い脚が豪快に踏みしめる。

 


「こっの! あら!?」


 交錯様にもう一度フルスイングをするが、やはり空ぶるワシーリーの剣。クリーンヒットは期待出来ないようだ。

 せめてもう少し小さく振って当てるようにはできないのか。 


「あれ? おい、シャロム、もっと引きつけろ!」


「もう無理っスううう!!」


 絶叫する眼鏡彼女。しかし逃げ足は衰えない。体力はあるようだ、と感心しながらも、カインは我を取り戻す。


──これは……どうする?


 想定以上に二人の能力は低いようだ。これではクエスト完了どころではない。岩猪程度ならカインの剣術で斬ることは造作もないが、それを見せるには迷いがある。

 うかつに自らの実力を晒せば、不相応なDランクを明らかに怪しまれる。噂が広まるのはマズい。

 トン、と杖で地を叩く。反響と反動で周囲の地形を探る。ここは高低差のある山の中腹。近くに低めの崖があった。


「これだ」


 走り出し、足元の手頃な石を拾う。狙いはシャロムの悲鳴の後方。振りかぶる。

 投げつけられた石が、正確な狙いで岩猪のわりとつぶらな瞳に鈍い音を立てて当たった。


 ブ キ ィ ィ ィ ! !


 怒声を上げる獣。巨体が方向転換。狙いはこちらへ。


「おい、やべぇぞ! あぶねぇ、よけろ坊主!」


 ワシーリーの叫び。カインは杖を掲げ立ち尽くす。背後に崖を背負って。

 岩猪の突撃、触れるギリギリでカインが後ろへ飛ぶ。空中に投げ出される獣と牧師見習い。


 一匹と自分が、ワシーリーたちの視界から崖の下へ消えるタイミングでカインは聖杖より刃を解き放った。

 一瞬の光。斜めに獣を横断する刃。

 断面から覗く内臓、筋肉、脊椎。血さえこぼさずに真っ二つに切れた岩猪が、左右へと落ちていく。くるりと一回転し、音も無く着地するカイン。血のりさえ付いていない刀を杖に収める。


「お、おい! 大丈夫か」


「い、生きてるっスか異教徒の人ぉ!」


 上から二人の声。崖の上からこちらを覗く。


「ええ、大丈夫です。ケガはしてません」


 手を振って答える。


「本当に大丈夫なのか? ……うわ、岩猪真っ二つになってるじゃねぇか!? なんだこりゃ!」


「うわグロ!」


 さて、どう言い訳するか。


「え、えーと、これはですね……僕もよくわからないんですが……余りにすごい剣術だと切れ味が鋭すぎて、斬った相手が気づくのに数秒かかるという話があるじゃないですか」


「あ、ああ……俺も聞いたことはあるが」


「ワシーリーさんが岩猪に剣を振っていましたけど、あれは空ぶってると見せかけてやっぱりちゃんと斬っていたんですね。ワシーリーさんの剣術が凄すぎて、岩猪も斬られたことにしばらく気づいてなかったんですよ!」


 とりあえず、この線で押すしかない。


「そんなアホなことあるわけないっスよ……あれ明らかにただの空振り……」


 参った、思ったよりシャロムは冷静だ。


「そ、そうか……そうだよな! 俺の剣術もとうとうこのレベルになったか! 下積みも無駄じゃなかったってことだな! いやぁ才能は遅れて開くこともあるもんだぜ!」


「ええ……それでいいんスか……?」


 ──良かった、丸めこめた。


 クエストは一つ終わり。残りは2つ。



 △ △ △


「で、どういうことかしら、アルソミュ?」


 通されたギルド長室は思いのほか質素だった。日の当たる部屋に、並ぶ本棚。満載された資料と書籍。その中で二番目に存在感を放つ黒塗りの重厚な机。かなりの大型だ。

 その大型の机が小さく見えるほどの巨体。一番目に存在感を放つこの部屋の主。

 椅子に座ってもラライが見上げてしまう体躯。それも肥満の類ではなく、大型の骨格と発達した筋肉によるもの。鱗に包まれた巨体は、高級そうなスーツを纏っている。ネクタイはきっちりと堅く巻かれていた。

 ツルリとしたフォルムの爬虫類の顔面。しかし視線には人の感情がある。


「どうしたもこうしたも、ギルド長があんたに話があるってさ」


 アルソミュは、気怠げに立つラライを愉快そうに眺めた。


「話? てっきり人をこのトカゲの餌にでもする気かと思ったわ」


「Aクラス冒険者のラライさん、でしたね? 自分は当ギルドのギルド長を勤める蜥蜴人リザードマンのザイルド・シューガーヤ・バシュケットと申します。どうぞ椅子におかけください。

私は海岸の部族の出なもので、海藻と魚が主食ですが肉は基本的に食べません。ましてや人など食べませんからご心配なく」


 低い声。太い腕が応接用の椅子を示す。傲岸不遜なラライにも、態度を崩すことはない。

 無言で座るラライに、ザイルドは静かに話を始める。


「まず始めに一つ質問させていただきます。ラライさん、あなた吸血鬼、それも高位に属する方ですね?」


「……だとしたら?」


 ラライの表情は変わらない。傲岸不遜なまま、睥睨する。焦ることもなく、騒ぐこともない。

 それで揉めるようなら今すぐこの場で虐殺を開始する。まるでそう訴えるように冷たい視線が場を凍らせる。


「おやおや当たってるみたいだねぇ。私の勘も錆び付いてないもんだ。しかし吸血鬼なんざひさしぶりに見たよ」


 傍らのアルソミュが笑う。しかし、その手には杖が堅く握られていた。ラライが動けば即座に対応できる構え。

 ザイルドも恐らくは元冒険者。長に就くということはそれなりの腕前の持ち主と見た。なによりも机に座りながらも隙を見せる素振りがない。あの机の下に、一体なにを仕込んでいるものやら。


「勘違いしないでもらいたいラライさん。この冒険者ギルドには人種や属性は問われない。実力、それとギルドの独立の精神を備えていることが条件です。我々はあなたに味方になってもらいたい。少しでも我々は味方が欲しい」


「味方? 吸血鬼アンデッドが生者の味方をすると本気で思ってるの?」


「あなたが人間を食料としてしか見ていない種類の吸血鬼なら、大人しく冒険者をやるはずがない。少なくともこちら側のルールに従える度量はある方だとお見受けしましてね。なにより、アルソミュの勧めもありました」


「……ふん、それで、味方が欲しいとはどういうことかしら?」


「手短に説明しますと、今現在この街ではギルド派と中央教会派の冒険者の暗闘が起こっています。それもかなり深刻なレベルのものです。昨夜、骨折りのガザイオンが殺された件は知っていますか?」


「ええ……そのガザなんとかってやつのほかに小耳に挟んだだけでもSからAクラスの冒険者が何人か不審死してるって話し聞いたわね」


 一見平穏に見えるこの冒険者の街に、何かが起こってる。


「発端は、数ヶ月前にダンジョンで百年ぶりの未到達領域発見の報告です。私のギルド長の任期はもうすぐ終わります。

新たなギルド長はめざましい成績のある冒険者が選ばれるという習わしなのですが、次代のギルド長はその未到達領域の最初の到達者にすると決まりました」


 冒険者ギルドとは国とも中央教会とも独立した自治互助団体だ。独立した採算と人員構成、そしてダンジョンを優先的に探索できる権限により国や中央教会ともほぼ対等な位置に立っている。


「未到達領域発見の発表と侵入禁止の解除、探索開始許可は来週に全冒険者に出されます。最初の最終階層到達者に新ギルド長が任命されることも……まあもっとも有力なSクラス冒険者にはすでに2ヶ月前に秘密裏に知らせてはあるんですが」


「は、結局は上位しか相手にしてない出来レースじゃないの」


 探索は準備がもっとも大切である。時間があればあるほど万全な準備ができる。その時点で他の冒険者と大きな差ができている。


「否定はしません。有力なSクラス数人が次代の長に有力であると思っていましたから。しかし、話は変わってきました」


「……冒険者の中に中央教会の手のものがいたのね?」


「ご明察です。我々は国とも中央教会とも独立独歩の姿勢であらねばなりません。中央教会の息のかかった冒険者がギルド長の座にあることは阻止せねばならない。と思っていた矢先、SクラスやAクラス冒険者が殺害されるという事件が起きました。これらは表向きは冒険者同士とのいざこざという形で処理されましたが」


「実際は有力なギルド派の冒険者を中央教会のシンパだった冒険者が消している、と?」


 未到達領域の探索開始までに、ライバルとなるギルド派の冒険者を始末しているということか。


「恐らくはその通り。殺されたものはいずれも冒険者として手練れです。戦闘技術以上に生き残る技量が高いものたちを、簡単に殺すことができるとすれば、中央教会からの暗殺者がこの街に潜伏しているのではと私は予測しました」


「私らの昔の顔馴染みも何人か殺られててね。少なくともあっさり殺されるようなタマのやつらじゃなかったよ」


 アルソミュの表情に陰がある。古い付き合いの者逹を亡くしたのだろう。


「そこでこちらも同業者を雇い中央教会派の冒険者や暗殺者との対抗策を講じたのですが、今のところは数人の末端信徒を始末できたのみでして」


「……は? あんたらも暗殺者雇ったの?」


「……なんだい、あんたそんなことを仕込んでたのかい!? なにを考えてんだ、この街をどうするつもりだい!」


 驚くラライとアルソミュ。アルソミュまで知らされてなかったのか。

 二人の驚愕に頷く爬虫類顔。読めない表情。


「これは私の独断です。高位の暗殺者アサシンに対抗できるのは高位の暗殺者アサシンのみ。

向こうは手練れで用心深いベテランの冒険者を痕跡や予兆無く殺すほどの相当な熟練の暗殺者。

それも中央教会所属ということは、恐らくは強固な信仰心により任務を遂行する狂信者です。こちらも手段は選べませんよアルソミュ」


 自らが住むギルドの街を、暗殺者と暗殺者の暗闘の地にする。およそ素面で出来る決断ではない。しかし、このザイルドが狂った男にも見えない。

 それほどまでに、この状況に危機感を抱いている。

 

「暗殺者ねぇ……一体どんなやつを選んだのよ?」


「中途半端な手を打つつもりはありません。あらゆるつてを辿り、七大罪の一人を召集しました」


「な、七大罪!? しかもその暗殺者って、もしかして」


 アルソミュの声色が変わる。明らかな老婆。歴戦の女魔術師さえ戦慄させる存在。


「へぇ……あの七大罪から呼んできたの。それはずいぶんな相手をお呼びしたものね」


「アルソミュ、君の思う通りだ……中央教会認定大罪者、七大罪の一人である『淫蕩のサロメ』を雇った。現在この街に潜伏している」


「『淫蕩のサロメ』……あの怪物を……! アンタが正気とは思えないよ、ザイルド!」


「何度も言わせないでくれ。手段を選べる状況じゃない、最大威力の手段を最大効果の望める方法で最短時間で解き放つ。『必勝』とはどこまでもシンプルで残酷な工程なのだよ」


「あんたがそういう性格なのはあたしだって昔から知ってる! だからって、レベルってもんがあるだろ!!」


「はいはい」


 パチパチと手を鳴らし、古株冒険者二人の諍いを吸血鬼が収める。


「それで、あんたらはこの私にどんな素敵な利益リターンを示せるのか。まずそれを話してもらえないかしら?」



 △ △ △


「でさぁ、七大罪ってなに? ヤバいの?」


「知らないで話してたのかキミは!?」


「いやぁなんか深刻な顔して話してるし知らないっていうとバカにされそうだからテキトーに話合わせてた」


「知ったかぶりをしてもいいことはないぞ……そういうことは正直に聞いたほうがいいんだラライ……」


「うるっさいわねぇ、あんたは大人しくしてなさいよ」


 定宿の狭い部屋の中で、ラライとカインの声が響く。安普請だから壁が薄い。ベッドに腰掛けて並ぶ二人、とりあえずは今日あったことの情報交換を行っている。


「七大罪は中央教会から極大罪者認定された七人の元信徒だ……いずれも奇跡を扱える聖騎士から反逆者として追われることになった者逹だよ。中央教会へ異を唱えた者や単純に犯罪を重ねて地位を失った者、それぞれ事情と性質はバラバラだが、いずれも特級の奇跡と戦闘能力の異能者だ」


「へぇ、そんなやつらでも奇跡が使えるの?」


「奇跡の力の根元は信仰……神を信じることを捨てられない限りは奇跡の力は失われない。彼らは罪人だが、同時に神を捨てられなかった人間でもある」


「淫蕩のサロメ……どんなやつか知ってるの?」


「噂程度だが……誰も顔や姿を知らない暗殺者だよ。性別も年齢も不明だが、見合う報酬と引き換えにどんな人間も殺す。毒や暗器と奇跡を組み合わせた暗殺を得意とするらしいが……僕が知ってるのはそこまでだ」


「ふぅん、ま、大したやつじゃなさそうね。正面から戦えない程度でしょ。アンデッドの私に毒が効くわけ無いし」


「油断はできない。名だたる聖騎士の一人だったクワイエル司祭卿を家族ごと殺害した件は特に有名だ。熟達した聖騎士ならば怪我や毒の治療は即座に行えるはずだが、それも出来ずに殺されたということはそれだけ暗殺技術が異常なんだよ」


「ま、いいわ。それよりもダンジョンの未到達領域の話のほうが重要ね。調査によると未到達領域最下層には、現在確認された中でも最大級の魔石があるって話じゃないの」


「それだけのものがあれば、君の魔力の補給も……」


 ダンジョンで発見される資源は様々だが、その筆頭は魔石である。

 現在魔石を燃料にした内燃機関の開発により需要が高騰されると予測されており、ギルドの有力商品とされている。その特徴は中に魔力を秘めていること。

 それも魔石の大きさに対して内包する魔力は二乗三乗に増える。通常の五倍の大きさの魔石は、通常の五乗の魔力を含む。特大となればラライの失った魔力をいくらかは補給できるかもしれない。


「それよそれ! それさえ手に入れればこんなギルドの街ともとっととおさらばね! 有象無象どもぶっ飛ばしてとっととゲットよ!」


 そのためには、来週から始まるダンジョン攻略を誰よりも先に行い魔石を確保しなければならない。


「ふぅ……僕も今日は害獣退治と薬草取りのクエストをこなしたから明日の警護の仕事さえこなせばダンジョンに入れる。少しは手伝えるよ」


 魔力確保に燃えるラライ、疲れ気味にため息をつくカイン。


「まああんたに期待はしてないけどさ……しかしまあそのワシーリーやらシャロムっての? あんたが猫かぶってるなんて知ったらどんな顔するのかしらね?」


「彼らには騙しているようで正直あまりいい気はしないよ……ただ、シャロムやワシーリーさんも少し癖があるだけで根は良い人たちだと思う」


 カインの靴が、厚手のブーツに変わっていた。クエストの終わりにワシーリーが

『おう、なんでぇきったねぇゴミみてぇな靴だな! 冒険者の仕事は尖ったもん踏んづけるから硬いブーツじゃねぇとあぶねぇぞ! まあオメエみてぇな小汚い新人にゃ俺のお古で十分だな!』といい押し付けられたものだ。お古というわりにはあまり使ってはいないようだったが。

 新人の駆け出しには、先輩冒険者がこういうなぜか新しめのお古をよくくれるものだとシャロムが言っていた。


「ところで……さっきから質問したいんだが、ラライ」


「なにかしらカイン?」


「なぜ僕は服を脱がされているんだ?」


 カインの上半身は裸だった。


「なぜって、あなたリンゴを食べる時は皮を剥かないの? 丸かじり派?」


「……? リンゴって、わ!」


 ひたりと、背中に柔らかさと重量。ラライがカインの背後に抱きつく。アンデッドなので体温が無くひやりとする。

 ラライの指が、カインの白い肩に触れた。愛おしげに、撫でる。

 よくみると、カインの全身には傷跡があった。聖騎士としての訓練、あるいは戦闘殺し合いの痕跡。奇跡により傷は治せても、痕は残る。


「来週に向けて少しは魔力を補給したいのよねぇ。バレたとはいえ大っぴらに血を吸えないし……少しもらうわね?」


「……わかった。好きなだけ吸ってくれ」


「いい子ね。素直なあなたはとても大好きよカイン?」


 ラライの艶めかしい唇が、カインの白い首筋に近づく。最初に軽いキス。次に赤い彼女の舌が、牧師の首筋をゆっくりと這いずる。キャンディを味わうように、ゆっくりと艶めかしく。

 なんとも言えない表情をするカイン。その様子を見てラライの中に愉悦が芽生える。


「……舐める必要はあるのか?」


「麻酔効果があるの。じゃ吸うわよ」


 ぷつりとした感覚。牙が皮膚を突き破る。流れ込む血の味が、ラライの口腔を満たした。

 最初に感じるのは甘味。次いで舌の上から全身に染み渡る快楽。恍惚を貪る。


「ああ、美味しいわ。あなたの血。やはり聖職者の血は格別ね。雑味がなくて、夜の底のように澄み渡っていて、憎しみよりも甘くて濃い」


 漏れる吐息。熱のないはずの死人に、劣情の熱。


「味見程度と思っていたけど、どうしようかしら。もっとめちゃくちゃにしたくなっちゃう」


 カインを抱きしめる手が動く。吐息を吹きかけながら、カインの耳元に囁いた。


「ねぇ、このまま血を吸い尽くされたらどうする? 吸い尽くされる快楽の中で死ねるわよ? それとも私の血を分け与え、眷属にしてあげることも出来る。あなたの運命が今、全部私の手にあるの。とてもとても楽しいわ」


 カインの反応を楽しみながら、血を味わう。


「それとも、男らしく抗ってみる? 幸いにもここはベッドの上だもの……」


「僕はそれでも構わない」


「……え、いや、あの」


──え、なにこれ、想定と違う……?


「血が欲しいなら全て吸い尽くしてもいい。眷属が欲しければそうしてくれていい。僕はなにも後悔しない」


 カインが、ラライの手を握りしめる。思いを伝えるように、強く。


──え、なに、エロい感じの雰囲気にならないの……? この状況で? 結構恥ずかしいのガマンして言ったのに……? こう、ガバッときてガツンとした性的な方向の流れにならないのこれ……?


 ラライの脳内トレーニングではこのままカインが自分を押し倒してくる流れを想定していたのだが、予測は全く外れていく。


「君は村の人々や、僕の命を救ってくれた。だから僕の命は君のものだ。吸い尽くされようと、その死体が操られようと君の好きにしてくれていい」


「え、ほらそういうんじゃなくてさ、もっとこう、別の軽い方向の流れでさあ」


「ただ、一つだけわがままを聞いて欲しい。──中央教会との決着は、最後まで人間として終わらせたい。それが済んだなら僕をどうしてくれてもいい。頼む、ラライ」


「……うっさいボケ」


「え」


「うっさいボケ牧師! もういい! 出てけ! とっとと出てけ!」


「ちょっと、待てラライ! 僕はまだ服を着てな」


「うっさいわ出てけえええボケナスううう!!」



 △ △ △ 


 ドア越しに、騒がしい声が聞こえる。

 また主の想定が外れたらしい。いい加減あの朴念仁牧師の扱いをそろそろ覚えてもらいたいものだ、とゼゼルは膝を抱えて座り込みながら思う。


「そろそろ出てくるんじゃないでしょうか……」


 夕飯時なので、どうせ喧嘩でもしながら近場の食堂でも行くことになるだろう。食事をしながら牧師の愚痴を聞かされるのは勘弁だが仕方ない。


「あー、今夜なに食べようかな」


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