第21話 吸血姫、働く

「はあ」


 薄暗い通路。わずかに灯る燐光が周囲を照らす。覇気のないため息を吐く革スーツの美女、ラライの姿が消える。次の瞬間、狂牛鬼ミノタウロスの首が飛んだ。声も出せず倒れる巨体。

 分厚い筋肉と強靭な骨格を一瞬で切断しながら、ラライの動きが止まらない。舞い散る黒い液体=迷宮獣疑似生命の血。

 舞い踊るラライ、背後の蠍土鬼バビルサクが尾の毒針を放つ。しかし振り向きもせずに回避、同時に足元を蹴る。飛ぶ鉄塊。強靭なはずの甲殻に突き刺さる巨大な斧=さきほどのミノタウロスの得物。一刀両断される怪物。黒の血霧を上げて塵へ還る。


「やる気でないわねぇ」


 低く前のめりに跳躍しながら更にコマのように回転。悲鳴を上げる小鬼ゴブリンの群れが一瞬で切り刻まれて緑の肉片へ。

 細脚が優雅に着地し、たおやかに一礼。迷宮に立つ姿はさしずめ黒薔薇の如く。しかし吸血姫の表情は依然として物憂げなまま。


「やる気がないけどやらなきゃいけないのがなんともまたやる気を削ぐわぁ」


「いきなりAランクに任命される新人はやはり違うねぇ。雑草を刈り取るようにモンスターを斬るなんて」


 パチパチと手を叩きながら、妙齢の魔術師がラライの腕前を誉めた。


「あんたがやってみろといったんじゃない。ベテランSランク様の新人いびりにかよわい私としては悲鳴が出そうだわ」


「はは、始めに実力を見せるのはこの業界のご挨拶さね。挨拶は大事、そうだろミス・ラライ?」


 褐色の肌を持つ黒髪の女魔術師、Sランク冒険者のアルソミュが笑う。護符宝石アミュレットが組み込まれた鎧とコート、高精度の魔術補助具が組み込まれた魔杖。腰に剣。ラライに負けず劣らずの均整の取れた体形と深みある色気。髪に隠れた耳はやや尖っている。祖父がエルフのクォーターだという。恐らく実年齢は見た目よりかなり上だろう。

 まあ、どのみちラライのほうが遥かに年上なのは確実なのだが。


「アルソミュ様にふざけた口を叩くな新人め!」


「そうだ敬意を払え敬意を! 探索に入れてもらった身だろう!?」


 横にいた取り巻きらしき冒険者二人がわめく。猫科の獣人とハーフオーガ、どちらも十代の少女。レイピアと長物ハルバートで武装していることから前衛職か。いかにもな腰巾着×2。


「やめなさいカラビア、デォナータ。で、どうさね、ラライ。実力はなかなか……いやかなりと見たけれど、うちのチームに入るかい? 男子禁制、女の園だけどね」


 アルソミュがリーダーとなっているチーム、イヴズは女冒険者だけで運営されている。冒険者とて人間関係は悩みの種。男性と過去トラブルを抱えたものや、苦手なもの、同性同士のほうが楽というものまでわりとメンバーは多いらしい。


 迷宮ダンジョン。大陸に数十ヶ所あるとされる疑似生命の迷宮獣と、魔力を内包する魔石を生み出す災禍と財宝の坩堝。

 ラライの失った大量の魔力を大量殺戮以外で補充するならば、大物の魔石や迷宮獣から魔力を得るしかない。

 しかしダンジョンの探索権は古来より冒険者ギルドに属する冒険者のみと決められている。

 ならば、冒険者として潜り込むのみ。しかし、ここで牧師がつまづいた。


 ラライは新しいチームを探すのも面倒かとイルガンのいうガザイオンのチームに声をかけようとしたが、それがどうも見当たらない。これはすっぽかされたと困ったところ、ちょうどよくアルソミュ達に声をかけられたのだった。

 ラライの腕にアルソミュは興味を持ったらしい。ダンジョン最深部に連れてこられたと思ったら、どの程度の能力か一人でやってみろと出てきたモンスターの前で言ってきた。


「悪くはなさそうだけど、まあ考えておくわ」


「気のない返事ねぇ。やっぱり酒場にいたあの説法してた牧師見習い……彼氏かい? あたりと組めるほうがいいのかしら? 気楽とはいえ女だけのチームじゃ一緒にやれないものねえ」


「彼氏ぃ? はん、あれが彼氏なわけないでしょバカらしい!」


 ガン、と転がるミノタウロスの頭を蹴り上げた。壁にぶつかり塵となって消滅。


「あんなお人好しで人の脚引っ張るしか能がない無能牧師に誰が惚れるって!? ちょっと顔がいいのとたまに思い切りがいいときくらいしか良いところなんかないのよ!?」


 ガンガンと迷宮の壁を蹴る。つま先が壁に刺さっていく。かなり頑丈なつくりであるはずの迷宮の壁が、田舎の土壁のように壊れる。


「だいたいなによDランクから地道に上がるつもりって!? 淑女を待たせるとか男として恥ってもんがないのかしらあいつは!」


「おーおー荒れてることで。そっちの事情は知らないけどねぇ……まあ冒険者なんて男も女も生き急いでるやつばかりだから、悠長にほっておくと他の女が声をかけるか手を付けてるかわからないわよ?」


「そんときゃ笑顔であの牧師絞め殺すわ!」


 気炎を吐くラライを笑って流すアルソミュ。海千山千に腹の探り合いが常の冒険者稼業を長く見ていると、ラライのようにわかりやすい反応がむしろ微笑ましく見える。

 こういうところのある人間のほうが、見ていて楽しいものだ、と彼女は思った。


「ここらもきな臭くなってきてるからねぇ。特に昨日の晩みたいなこともあるから、牧師の坊ちゃんからはあんまり目を離さないでおいてやりなお嬢ちゃん」


「昨日の晩? なにかあったの?」


 ラライ問いに、アルソミュは呆れる。


「おやおや知らんのかい。街はその話で大騒ぎだってのに。昨日の夜にあたしと同じSランクの骨折りガザイオンが殺されたのさ。ご丁寧に首を切り取って街頭に飾り付けてねぇ。犯人はいまだ捕まらないし誰だかわからんとさ」


 アルソミュに顔に僅かな嫌悪と怒りがあった。数少ないSランク同士の親交があったのか。

 ガザイオン、たしかイルガンのいるチームのリーダーだ。リーダーがそんな殺され方をしたとあってはたしかに連絡などできるはずもない。


「……ふぅん、同じ冒険者同士の決闘じゃないわね、それ」


 名を上げんとす冒険者が上のランクを狙うことは珍しくない。しかし、名を上げる必要がある以上は倒した自らの名を喧伝するはず。


「怨恨? 目立つ冒険者なら恨みの一つや二つはあるでしょうアルソミュ?」


「否定はしないねぇ。だがガザイオンはここらでは面倒見がいいほうで通ってたやつだよ。巨人族の血が入った斧使い、見た目通りの大雑把なやつだったさ。その大雑把さが良いというやつもいた。……こりゃね、復讐というよりは、警告なように思えるね」


「警告?」


「警告さね。私ら冒険者全員へのね」


 △ △ △


「近寄らないでほしいっスね! 異端と利く口などないっスから!」 


「あ、あの、僕は改革派パプテスタントの牧師見習いのカインというもので……今回のクエストでご一緒の方ですか?」


 いきなりな拒否反応を示す少女僧侶に戸惑いながら、カインはなんとか会話をつなげようとする。

 今は冒険者だ。異なる種族、異なる国、異なる文化、そして異なる宗派の人間が居合わせ仕事を行うことはけして有り得ないことではない。

 しかしここまで拒否してくるとは。


「教皇様より異端は廃除すべしとのお達しっス、悔い改めろっス!」


「それはわかるんですが……一応僕らは仕事で」


「おいおいおいなんだよオメーらはよぉ!? 新人二人と聞いてたが、貧相なガキとチビのガキ二人かよ。ギルドの受付め、俺を託児所かなにかと勘違いしてんのかよぉ!!」


 やや大柄な男が、大仰に声を張り上げて話って入ってきた。薄汚れた皮鎧、背にブロードソード=刃こぼれ有り。あまり手入れされてないらしい。三十路半ばといった年齢。まばらに生えた不精ヒゲとくわえタバコ。額には赤いハチマキ。そしてもっとも特徴的な部位。


「この十年Cランクやってるワシーリー様の脚を引っ張ったらただじゃおかねぇからなこのド新人どもがよぉ!」


 前頭部から伸びる、固まり飛び出た前髪リーゼント。怒鳴りつけながら二人をギョロリと睨みつけた。


「ひ、ひぃい!!」


 少女僧侶が泣きながらカインの背に隠れた。大騒ぎしていたが、わりと気が弱いらしい。


「自分は牧師のカインといいます。よろしくお願いします」


「おお挨拶ができるのはいいことだなド新人! この仕事は挨拶どころかマトモに口きこうとしないやつさえいるから助かるぜぇ。でよぉおまえなにができんだ? そこらの野良犬よりかは使いもんになるんだよな? ていうかオメー……目見えてねぇのか?」


 カインの包帯に包まれた顔を最大限まで近づいて覗き込むワシーリー。タバコが臭い。


「光程度は感じられます……ご心配なく、自分の身を守るぐらいはできますから。奇跡も少々の傷を治すとかある程度は使えるので」


「へ、見えてなかろうか見えてようが、テメーの尻をテメーでふけりゃオレはかまやしねぇよ。それができねえならとっと家帰って寝てなって話だ。で、こっちのチビガキはなんてぇんだ。名前ぐらい言え!」


 伸びた手がカインの背後へ。逃げようとした少女の首根っこをつかむ。


「ひ、ひぃい、助けてぇ!」


「逃げ足も遅いとか冒険者じゃ生きてけねぇぞ? 名前くらい名乗れや!」


 怒鳴りつけられて少女の目尻に涙が浮かんだ。


「神官見習いのシャロムっスぅ……冒険者の志望理由は教会が落雷で壊れたのでその修繕費用稼ぎっスぅ……恋人はいないっス……好きな食べ物はアップルパイっス……少しだけ奇跡使えますぅ……許してくださぁいっス……」


 半泣きになるシャロム。どうやら圧力の強い人間には弱いらしい。カインが穏やかな風貌だったから調子に乗っていたのか。

 しかし落雷で壊れる程度の教会。それも修繕費用さえ彼女に出稼ぎさせないと捻出できないとはそうとうな田舎の教会出身なのだろう。


「やめましょうワシーリーさん、シャロムさんが泣いていますから」


 慌てて止めにはいるカイン。さすがにもう見ていられない。


「おう、まあこんな遊んでる暇もねーからな」


 降ろされると同時に、へたりこむシャロム。「もういやぁ……」「神父様のところに帰りたいぃ……」と涙目で呟いている。


「うぅ……グス……あんた異端のわりにちょっと良いやつみたいっスね……」


「まあ……その、これからよろしくお願いしますシャロムさん……」


 なかなかコメントしづらい性格である。


「つーわけだド新人共、聖職者二人と剣士の俺一人でなんともバランスか悪すぎる組み合わせだがよぉ、まあ仕事は仕事だ。安心しろよ。オメーらみたいなのにもなんとかやれるように」


 ぶん、と背のブロードソードを抜き放つ。朝日に鈍く輝く剣。


「この先輩たるオレが冒険者のなんたるかをビシビシ叩き込んでやるからな!」




 △ △ △



「ひぃい!! 助けてぇっスッッ!!」


 シャロムの声が林に響く。泣きながら走っていく。わりと早い。やはり必死になると本気がでるのだろうか。


 ブヒィ、ブヒイイイイイイ!!


 彼女の背後には巨大な猪。全長は三メートル近くはあるだろうか。盛大に生えた牙と分厚い毛皮に脂肪は素人では太刀打ちできない。これが岩猪だ。近隣の村人から駆除してほしいと頼まれた討伐対象。


「ようしそのまま引きつけておけ! よっと!」


 ワシーリーが剣を振る。しかし盛大に空振り。


「あれ!? 意外と素早いな」


 ワシーリーの剣はさっぱり当たらず、シャロムは依然泣きながら逃げ続けている。

 そういえばワシーリーのランクはC。新人のDランクから昇格してから十年上がってないということ。ダンジョンに入る資格があるのに外の仕事をDランクとやっているということ。

 それらを考えればワシーリーの腕はそれほど良くないことは推測できた。


「この! こっちこいよ!」


 ブンブンと剣を振るも当たらない。シャロムは泣きながら逃げるのみ。

 これが、カインのパーティーメンバー。


「僕はクエストを無事終えることができるのだろうか……」


 牧師の呟きが、林の喧騒にかき消えた。

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