第20話 牧師、働く
「ねぇ、アレは? なんかでかい機械……?みたいなやつが煙吐き出して動いてる! なにあれなにあれ!」
「ラライ、だから僕は見えないんだが……多分蒸気機関だろ。物を燃やして蒸気で動く機械だ。なんでも近いうちに人を乗せて動くものを作るとか……」
「あっちの屋台ではガラス細工売ってますね! 安く買えるようになったんですか!」
「ゼゼルたちのいた時代じゃガラスはまだ高級だったのか……? 今の時代はそれほど高いものじゃないよ。とりあえず一休みしよう」
美女とメイドにひっばられながら近くの酒場に向かう。
店に入るときしむ床の感触。手を添えた壁は恐らく長年を経た木材。耳朶を打つ粗野な喧騒、煙草の匂い。なかなか年期の入った冒険者達から利用されている店らしい。
なるほどこの街らしい店だと思いながら、何か食べれるものでもと案内されテーブルに座った。
「ようこそ赤帽亭へ! なんにするんだい?」
中年の女の声。ここの女将か。
「適当に温まるものを……それと」
「酒かい?
「いえ、酒はいいです。オレンジジュースを」
「私は……はぁ、いかにも安酒場ってメニューね。まあいいわこのハムのサラダとトリッパの煮込み。ワインはないの? 安酒だけ? はあ、冒険者向けの店ねぇ。じゃあ
「サンドイッチがいいです! あとわたしもオレンジジュース!」
さらさらと注文を終えた不死者二人に、カインは尋ねる。
「あの、君ら普通のものが食べれるのか……?」
「食べれるに決まってるじゃないの。元人間よ。それとも
「栄養とかにはならないんですけど、食べたり味はわかるんですよ」
「そうなのか……ところで明日からなんだが、僕はランクを上げるために郊外のクエストに行く。三回成功させればランクが上がるというし、すぐ追いつけるはずだ」
「私はこのままダンジョンに潜るわ。なんでも規約というやつで冒険者初めてひと月は単独で潜るのが禁止されてるらしいから、ギルドで適当なやつ三人と組んで潜るつもりだけど。あーめんどくさい」
ランクとは棲み分けのために存在している。序列の低いものは安価な仕事で、高いものは高額な仕事でそれぞれ棲み分けなければ価格統制が取れない。
単独で潜るのが最初は禁止されているのは、死亡率の低下と冒険者のルールを覚えるという最小限の社会性を学ぶため。
「迷惑をかける……できるだけ急ぐつもりだ」
「まあ別にいいんだけどねぇ。同じAクラスとかSクラスとか組む相手はすぐ見つけられるしぃ。ていうかむしろこっちが選ぶ側だしぃ」
ちらちらとカインを見ながらややもったいぶったように喋るラライ。横にいるゼゼルはまた始まったかという表情で主人を見る。
周りの冒険者達からの視線は三人共感じている。いきなりAに認定されたメイド連れの
注目はある、ならば声をかけてくる人間は不自由しない。
「Sが欲しかったけどまあAでも不都合がないなら別にいいわ……案外あんたが追いつく必要も」
「なあ、あんたが今日いきなりAランクされた新人かい? すげえ美人だなおい」
飄々とした声。青髪の青年がラライの側に立つ。上半身に革鎧。胸に耐魔防御機能を持つ宝石。背に長剣。よくいる冒険者の姿。
顔に軽薄な笑み=精一杯の世慣れた男のつもりだろうか。
「ほらね」
余裕の表情一つ変えず、ラライが呟く。
「俺もAランクのイルガンってもんなんだけどさぁ、うちのダンジョン探索チームに入らないか? リーダーはSランクのガザイオンさん、あの『骨折りガザイオン』だよ。名前くらいは知ってるだろ?」
Sランク、ギルドの最高ランクが頭のチームから誘いとはラライはよほど噂になっているということか。
「ええーどうしようかなぁ。良いお話だと思うけどぉ、こっちの私の連れがなんていうかなぁ。彼はまだDランクでダンジョン潜れないっていうしぃ、でも早いとこチームも決めときたいしぃ」
わざと曖昧な反応。押せば倒れそうな女の雰囲気を作る。イルガンも食いつく。
テーブルに手をついて、ラライとの距離を詰める。
「連れに気を使うのはいいけどさぁ、冒険者ならチャンスはものにしないと……こっちの彼もいいよなぁ? ランクが違うんじゃ人づきあいも違ってくるもんだぜえぇと、牧師さんか?」
運ばれてきたハムのサラダをフォークで弄りながら、チラチラとカインの反応を見るラライ。主人の下手な目配せに、メイドが疲れた顔で反応する。
「ああ、大変! 主様が他のチームに強引に誘われてますよカインさん! ここは一応止めたほうがいいのでは……」
「……? チームは早いうちに決めたほうがいい。僕はまだ潜れないんだからそちらにお世話になったほうがいいのでは?」
──空気読めこのアホ牧師……!
内心で悪態と舌打ちをするゼゼル。ラライはカインの嫉妬を煽りたいだけなのだとなぜ気づかないのか。
「……このアホ牧師」
「? まあこっちの彼もそういってるし早速うちのチームで」
「気が変わったわ。帰ってくれないかしら、あと汗臭いし不愉快だからそれ以上近寄らないで」
「あ? いいからこっちに入れよ。悪りぃようにはしねぇからよ」
粗暴な口調が強まる。こっちが素のようだ。イルガンの手がラライの手首を掴んだと同時にラライの目に殺気が灯る。この冒険者は殺されるな、とゼゼルが直感する。
「イルガンさん、と言いましたね。少し話をしてみませんか? どうぞそこにお座りください」
牧師が、口を開いた。
「……あん? 牧師と話すことはねぇな。それもDランクなんかとよぉ。すっこんでろよ坊さん?」
「まあまあそう言わずに。これは聖偉書にて使徒アルダバルが信仰に目覚める前の話なのですが、当時の彼は町でも有数の鼻つまみものだったそうで」
「うるせぇなあ黙れつってんだろガキがよぉ!!」
△ △ △
「う、あぅ、ああ」
十五分後、ポロポロと涙をこぼすイルガン。子供のように泣きじゃくる。
「お、俺、おっかぁに楽させてやりたくて冒険者になったんだぁ……学も何もなくてよぉ……でも金欲しくてよぉ……やっと食えるようになっておっかぁ呼ぼうと思ったら、病気で死んじまってよぉ。俺何年も帰ってなくて……死に目にも会えなくてよぉ……」
「顔を上げて下さいイルガンさん。あなたがお母さんのために必死だったことは主もご存知ですよ。無闇に自分を責めて生きることは主もお母さんも望んではいません」
「う、うぅ、ありがとう……ありがとうございます牧師様……」
「……なにこれ。もう様付けになってるって」
「この牧師はひょっとしたら詐欺師かなにかに向いてるんじゃないでしょうか主様……」
十五分で屈強な冒険者を落としたカインの説法の技術にドン引きする二人。神罰奇跡を宿す聖者にはどこか常人と違う精神性とカリスマ性を備えたものが多かったが、もしかしたらカインもそういうタイプなのだろうか。
「あなたが真っ当に人を愛し、人に愛されて生きることを主もあなたのお母さんも望んでいます。自分はダメな人間だと捨て鉢にならず、母を愛したようにあなたの近くにいる人を愛してあげて下さい」
「はい……はい……」
鼻水を垂らしながら頷くイルガン。正直なところ表情が汚い。
冒険者1日目の夜は、こうして終わっていった。
△ △ △
遠くで、雑踏の声がする。
建物と建物の狭間。薄暗い路地裏で、ガザイオンは片膝を付いていた。
冒険者として経験が伺える屈強な大男は荒い息を吐き出す。軽装鎧は割れて、得物たる大斧の刃はこぼれている。左腕は、肘から先が無く血がこぼれる。
壁や地面には大きく抉れた痕。幾度となく敵と激突を繰り広げた。
Sランクの冒険者が、追いつめられていた。
なすすべもなく、狩られている。
「が、はぁ、はぁ」
もうよく見えない目で、ガザイオンはそれでも眼前の敵を睨む。
「き、貴様ぁ……教会か……中央教会の人間か!?」
ガザイオンの叫びに、それでも影は答えない。
あれほどの激闘の轟音も、そして今のガザイオンの声にも、外の雑踏に気が付くものはいない。
恐らくは音を封鎖し結界を作る技術の類。この敵はここで用意周到に自分を狙ってきたのだ。
「ダンジョン……例の話を聞きつけて『ギルド派』の俺を殺しにきたか!」
ガザイオンの声に影は依然答えない。
否、応えはある。静かな一歩と、空間にきらめく刃。
それが応えだ。
「お、おおおおおおおお!!!」
絶叫を上げてガザイオンが斧を振り上げる。決死の一撃。しかし影をからぶる。圧倒的な力の差。Sランクたる自分が赤子の手をひねるように一蹴される。
眼前に迫る刃の光。首に走る熱。暗転。倒れる自分の体。迫る地面。
それが、Sランク冒険者、「骨折りのガザイオン」──その刎ねられた首が最後に見た光景だった。
△ △ △
──さて、この辺りだったか。
早朝のギルド事務所前。カインは静かに息を吐く。
人は思いのほか多い。冒険者の仕事はダンジョン以外でもあるのだ。活気と喧騒は朝でも止まない。
Dランク初のクエストは、近隣村に出る
たしか同じDクラスの新人とCクラスの冒険者と共にやることになっている。
「あ、あなたも岩猪駆除のクエストを受けた冒険者っスか?」
声に振り向く。そこには小柄な神官服を纏う十代半ばの少女がいた。
純白を基調とした袖や裾の大きい司祭服──彼女のものはやや痛んでいたが─と装飾が多い聖杖──彼女のものはやや質素で作りがあまり高級そうではなかったが──そして大きめの眼鏡。
桃色の髪を持つ、恐らくは司祭見習い。
が、そんなことはカインにはわからない。なにせ見えないのだから。わかることはせいぜい彼女が少女だということだけ。
「あなたもですか自分はカインと申します。よろしくお願いします」
「あの……あなたもしかして牧師ッスか?」
「ええ、田舎村の牧師見習いで」
「……よるなこの異端が、汚らわしい!!」
彼女は
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