第19話 吸血姫、夜を歩く
「なにその座り方……? たしかに私はそこに座れとは言ったけど」
狭い部屋が三人が集まることで尚更狭くなる。二段ベッド下段に座るラライの前には、床に座るカイン。
両足を折りたたみ体の下に敷く座り方。ラライは初めてみる。
「足痛くないんですかそれ……」
ラライとゼゼルの問いに、カインはうつむきながら答えた。
「正座という東国の座り方だ。主に反省を意を示すために使われる。師の一人から教わったものだ。僕はよく叱られたからこの座り方でよく説教をされた」
「……つまり私が何を言いたいかわかってると?」
「冒険者ギルドからのランク認定は、君はA、僕はDだった。つまり、一番下だ。だがまさかこうなるとは思ってなかった」
「ランクDはダンジョンに潜れない、最低Cからだって言われたわよねぇ……どうすんのよ! 私がダンジョン潜るの手伝えないじゃない!」
ラライの声が響く。狭いから尚更に。
腰掛けるベッドから伸びるラライのしなやかな生脚が、カインの頭を踏んだ。
犬のようだなと、ゼゼルは内心で思った。
「まさかそういうルールに変わっていたとは思わなかったんだ……最下位ランクの死傷者を抑えるためとは……」
「だいたいなんであんたアピールに手を抜いてんのよ! 目が見えない荒事もできない牧師ですなんてそら最下位にされるわ!」
グリグリと、脚が動く。やや嫌な顔をしながらも、カインは抵抗しない。
「恐らく、僕がこの冒険者の街に潜伏しようとしている可能性は中央教会も考えているはずだ。そこに新人の冒険者が突然高ランクで入ってきたと情報が入ったら……」
「そら、あんただと思われるわね……」
カインの風貌は目立つ。盲目の冒険者など確かにめったにいないだろう。
「君はまだ存在を捕まれているかはわからないから、ランクAからスタートでも怪しまれる可能性は低い。だが僕はそうはいかない……とりあえずは数件の依頼をこなせば昇級を出来るはずだ。もう少し待ってくれ」
カインの話はもっともだ。中央教会の情報網はどこまで広がっているのかわからない。ダンジョンで魔力を回復させるには、できる限りバレないように振る舞わないといけない。
「一人か二人くらいテキトーに斬って転がしておけばCくらいになれたんじゃないの?」
事実、ラライはそれでランクAを勝ち取った。
「罪のない人をそのようにするわけにはいかない」
「はぁー、冒険者なんてゴロツキがほとんどよ? 田舎の村人と同じだと思ってるの?」
つまるところはこれがカインなのだろう。冷静に状況を分析しているが、どうでもいいものをどうでもよく扱えない。
「吸血鬼こき使うわ、虐殺起こすわ、聖騎士殺すわの極悪牧師が、今更なにを気遣ってるのよ? なんの意味があるの?」
この有象無象、海千山千が群れを成す冒険者の街で、邪悪の極みを一人あげろと言われれば、ラライは自らを指すだろう。次にカインを上げる。
「わかっている。でも結局はこれが僕だ」
「わかってないからやるんでしょ?」
ラライは知っている。こういうどちらかにかたむけられない生き方は間違いなく早死にすると。
だから、カインにはこちら側の生き方になってもらわなければいけない。平和な田舎の、木訥な牧師見習いの生き方は、もうできないのだから。
「諦めなさい。人間が持てるものには限りがあるのよ」
金、物、地位、領地、夢、信念、家族、信仰、愛。そのどれかを選んで残りを捨てて、さらにその中から何かを選んで残りを捨てて。
選んで捨てて、選んで捨てて、そのやっと限られたものしか握りしめられない。
人であることとは、限られたことなのだから。
「わかっている。だけど、まだ」
それでも、カインは捨てられない。かつてのラライと同じように。泣きながらだだをこねる子供のように、両手に握る全てを抱きしめたまま。
けれどそれは、人を捨てねばならない道に続いていく。
「そう、なら好きにしなさいな……どうなっても知らないわよこのバカ」
いつか、いつかカインが自らの近くへと来てくれるのだろうか。自らと同じく、堕ちて永劫を歩むことを選択してくれるのだろうか。
果たして、その時カインは、まだカインと呼べるものでいてくれるのか。
──このパターンってあれよね……結局イヤだイヤだといいつつも最後は不死者になって私の眷属として仕えるとかそういう方向で、「ラライ、君に僕の全てを捧げたい」とか告白とかするやつよ……絶対そうなる……これはいわゆる勝ち確定……? 勝ち確定ルートなんじゃないの……? もちろんその後はカインは健康な十代である以上は夜のメイクラブに発展……どうしよう、今の内に周到な「聖職者陵辱プレイ」の内容練っておかないと……
「あの、ラライ……? ゼゼル、ラライの様子がおかしいみたいなんだが。なにかブツブツいってるぞ」
視線を斜め下に向けながら動かなくなるラライを覗きこみ、カインが声をかける。
「あー、またかな……主様はたまにそういう妄そ、ではなく病気の発作があるのでしばらくほっておいてください」
「吸血鬼に病気……? 大丈夫なのか……?」
「大丈夫です。ほっておいてください」
やや疲れた雰囲気のゼゼルに圧され、カインは放置しておくことにした。
「……『あらあら口は強がっても、体は聖体拝領ね……』決めゼリフはこれだわ!」
やっとラライが再起動。
「吸血鬼の病気とはなにかわからないが、あまり酷いなら安静にしておくべきではないか、ラライ」
「病気? なんの話よ?」
「なんでもありませんよ主様」
笑顔で対応するメイド。疲れを押し隠し、底抜けに明るい笑顔。埃がついた窓ガラスを一瞥するラライ。
「そろそろもう日がくれるでしょ。街を歩いてみましょうか。とりあえずはなにがあるか見回っておきたいし」
「街か……かなり人がいるし色々出店もあって混雑しているが大丈夫なのか」
「は、ゴミの有象無象が集まって騒いでるくらいがなんなのよ? 四百年経っても大して進歩してないようだし、子供みたくこの私がはしゃぐいで喚いて大騒ぎするとでも?」
「まあそれならいいが……」
カインは、杖を持ち立ち上がった。
△ △ △
「ねぇ! アレなに? なんか足がウニョウニョしてるの焼いて並べてるわよ!? あれ食べ物なの?」
「僕は見えないんだが……多分タコかイカじゃないか」
「え、タコ食べてるの!? あんな気持ち悪いの? どうなってるのよ四百年後って!? あ、あっちは魚釣りの屋台やってる! あっちは大道芸! あのデカい肉の塊焼いてるのはなんて料理!?」
「ラライ、大人しくしてくれ……」
夕市で賑わうパナス市。その雑踏の中で呟いたカインの言葉は、喧騒の中に溶けて消えた。
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