第18話 吸血姫、また泣く
「重罪者、アベルの生存を確認とのこと」
朗々とした老人の声が空間に響く。
名だたる宮廷芸術家達が数十年をかけて過労死を出しながら制作、信仰を守り抜く聖者達の戦いを描く装飾と天井画の傑作の群。それらが見下ろす沈黙の聖域。
中央上部には天使と七賢使徒から祝福を受ける聖母子のステンドグラス。
クラシカル中央教会がアルナスを聖都と定め
その場に立つは、たった四人。
「はて、いかがいたしたものでしょうか。聖女よ」
老人の身長は猫背ながら二メートルを超える。身長に反比例するように体形は細い。全身に纏うは黒のローブ。鬱蒼と生えた大量の白髪と、大量の白ヒゲに包まれて顔が確認できない。温和な声で喋ってはいるものの、人間味がない見た目をしている。
なによりも、時折クネクネと動くのが明らかに人間の骨格の動きではなかった。
「福音老殿、探索していたルデイガロンは?」
傍らにいた眼鏡の中年男性に福音老と呼ばれた老人=『福音』のアガロナスは沈痛なため息をついて答えた。
「残念ながら弟子達と共に殉教していたとのことよ。実に嘆かわしい、教え導くことを天職としていたものなのだが
鎮魂卿と呼ばれた僧衣を纏う眼鏡の中年、無精ひげが生えたやや荒れた風貌=『鎮魂』のイードロンが変わらぬ無表情で答える。
「まあ目玉を出して死ねと言われれば死に物狂いで反撃するものでしょう、普通は。ましてや街一つ消すはめになった後ではねぇ」
厚い僧衣の袖は空洞だった。中年男の両腕は見当たらない。
いや、両腕は存在している。
「やはり俺がいって今すぐ心臓でも眼でもえぐり出してやったほうが早いだろう。そうだろ聖痕のお嬢さん?」
まるで雪だるまのような、包帯の塊が問いかけに呼応して動く。白い包帯が幾重にも巻かれて形作られた人体に、血が滲んで内側に更に人型を描いてる。
聖痕と呼ばれたこの血染めの包帯の塊=聖痕のエザリアはイードロンの問いに異を唱えた。
「お待ちください。七大使徒が容易く動けば信徒にいらぬ動揺を与えます。それにいくら貴重な聖偉物の材料にするとはいえ、アベルの才は得難きものです。聖女には再考を願います」
静かな少女の声に、イードロンが笑う。アガロナスも反応。
「おー、かばってくれるたぁアベルの坊ちゃんはモテるなぁ。顔が良い男は得なもんだ」
「青春じゃなぁ。たしかエザリアの嬢ちゃんはアベルとは同じ教室の出身だったかのう。仲良かったのかぁ」
「聖女、七大使徒は今日より五大使徒になりますゆえご容赦を」
呟きの断言と同時に、エザリアに巻きつく全身の包帯が緩み、バラけ、次の瞬間には二人へ向けて展開。突き刺さんと伸びた。
「うおお!?」
硬質化した血染めの包帯。その無数のスパイクを、背面の無数の腕でしのぎながらイードロンが慌てて距離を取る。
「あひょおおお!?」
クネクネとした人間離れした動きで包帯の攻撃をひたすら避けるアガロナス。
二人ともエザリアの攻撃を防御しようとしない。絶対に避けている。
「使徒同士が争うことはなきように」
ぽつりとした、しかし厳かな言葉。静かなその響きに、三人の動きが固まる。包帯は力を失い、だらりと床に落ちた。
問答無用で押さえつけるような圧力に、動けなくなる。
「私達は同じ主を信じ、同じ道を歩み、同じ場所に生きる信徒。争う理由など無いのですよ」
純白のローブに身を包む女体。首もとにはロザリオ。シンプルな服装ながら、肉付きのいい体のラインが浮き出ている。顔を包む薄いベールには、金髪が透けていた。唯一露わとなっている口元には、
森奥の湖畔のような静けさと、絹糸のような柔らかさを持つ修道女がいた。
その女の前で、異貌たる三人は指一つ動かせない。
彼女こそは、形持つ奇跡。彼女こそは、目視できる神聖。彼女こそは、神の愛の証明。彼女こそは、信仰の歴史と意味そのもの。
彼女こそは、七大使徒筆頭。
「アベルの件については、彼の師の一人であるジェスト・アカシにも対応を問おうかと思います。しかし、アパルマでの虐殺と、長年功労してきた同朋ルデイガロン殺害を捨て置くことはできません。よって、アベルを七大罪の一人、『傲慢』の罪人として認定いたします」
「そ、れは、聖女! 彼は、アベルにはまず真意を問いただし悔い改めるか否かを……」
「くどいぜお嬢。聖女がそう決めたとあれば我らはそうあるべしだ。身をわきまえな」
エザリアを諫めるイードロン。声に軽薄さは消え、酷薄が浮き彫りになる。
「信仰を成すには非情も大事じゃよ、聖痕嬢。その優しさは他の信徒にわけてあげてなされ」
「聖女、アベルはあなたの……!」
エザリアの説得に、聖女はただ笑みをもって答える。
「優しきエザリアよ……あなたに主の祝福がありますように──私は信仰に全てを捧げしものです。いかなる人の有り様も捨て去りました。ただ、主の御心のあるがままに」
聖女は──聖女シャディールは厳かに、両手を掲げる。包み込むような後光。
「神敵たる七大罪、『傲慢』のアベルに誅罰を」
その場に立つは、たった四人。
教皇を頂点とし、クラシカルの武力の象徴そのものである七賢使徒に重ねられ数えられる七大使徒のうちの四人。
「聖女、アベルの追跡はいかがいたしますかな」
イードロンの問いに、聖女は微笑む。
「すでにアベルは他の地に向かったでしょう。どのようなものなのかはわかりませんが、協力者はいるはず。そして、身元を明かせぬものが集まる場所といえばます浮かぶのは冒険者の街」
後光はより強まっていく。
「信徒たちによる捜査網を敷き、必ずや見つけだすのです」
△ △ △
パチパチパチパチ
「えーと願いましてはご破算で、あの聖騎士紛いどもから血を吸って……得た魔力がこのくらいで……」
パチパチパチパチ
「そこからカインのボケカス助け出すのに使った魔力がこのくらいで……」
パチパチパチ ジャラン
「あー赤字! 完全に赤字! 何回やっても赤字よおお!! ふざけんなああ!」
「主様、あまり考えすぎるとお体に障りますから……」
メイドの膝枕で美女がわめく。
「アンデッドに健康も不健康もあるかい! 私が嫌いなもの知ってるでしょゼゼル! 1に赤字、2に税金、3に徒労よ! すでに2つコンプリートだからね!? やってられるか!」
「働いても働いても楽になりませんねぇ……主様は頑張ってるのに……」
「だいたいあのアホ牧師は、なにが『君が魔力を集めるのを助ける』よ!? こっちの苦労も知らないでのんびり聖職者面しやがってえええ!!」
「ほんとあの人なに考えてるんですかね主様に大恩ある身で」
「あのアホ面を無理やり押し倒して犯してやりたい! 『こんなに汚れたらもう聖職者できないわねぇ』とか煽って監禁陵辱してやりたい気分よあのバカ牧師いぃ!!」
「主様、また変な方向に話がいってませんか? というかそんなことする勇気ないでしょ」
「ラライ、いるのか。ちょっと話があるんだが」
ドアが開くと同時に、牧師の顔に枕が直撃した。
「なにをするんだラライ!?」
「レディの部屋にノック無しに入るなセクハラ牧師が!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます