第15話 吸血姫、飛ぶ

《あ、主様! 大変です!》


《……何?》


《聞いて驚かないでください! カインは、聖騎士でした! 奇跡が使えるんです!》


《うん、それめっちゃ知ってる》


《え》


 累々たる死体が並ぶ。その中で、血染めのラライがひとり立つ。

 恐慌を起こす自称聖騎士の傭兵達を、消耗したとはいえラライが皆殺しにすることは容易なことだった。これでそれなりの量の血=魔力を得られた。

 近くには、震えながら一方的な惨劇を見ていたガデオン伯と、マルリリス。そしてリリベル。


《じゃあこれ知ってる? あいつ聖別の光メギド持ってるわよ》


《え、そうだったんですか!? 全然知らなかったです!》


《それからね、あいつ今殺し合いしてるわ。同じ聖騎士とね》


 上を見上げる。たった今巨大なエメラルドの光が暗闇を走るのが見えた。おそらくは聖別の光。それきり戦闘音が止む。戦いは終わったのか。


「あいつ、生きてんのかしらね……っっ!?」


 ぞわり、と吸血鬼の背中が震える。突然の悪寒。懐かしささえ感じるほどに久しい生物的な恐怖。

 知っている。この恐怖は。

 城の頂から、エメラルドの光が再び展開。今度は一方向ではなく、上階を丸ごと包む球体となる。


「あのバカ……聖別の光メギドを制御出来てないの!?」


 神罰奇跡の暴走。シャディールの時と同じだ。

 あの両眼に走っていた傷は、やはり奇跡の制御に何らかの障害を与えていたということか。


──虐殺……奇跡の制御に失敗したから……!


 罪有る者を焼き払う光。しかし、ある程度生きていたならば、罪一つ無き者などいるはずがない。それが制御できず街を覆ったとすれば、地獄絵図になるに決まっている。


「あ、あれは、アパルマの……!」


 光の繭玉を見てガデオンが叫ぶ。彼もそれを見たことがあるのか。


「なに、あんたはアレ見たことがあるの!? 答えなさいよ!」


 領主の胸ぐらを掴み吊り下げる。なんとしても答えを聞き出す。


「や、やめてくださいラライさん、その方は私の父です! 父を離してください! お願いします!」


 蒼白で止めるマルリリス。チッ、と舌打ちをしたあとにラライが手を話した。


「私は……教会からの要請でアパルマの地に兵を出したことがある……そこでアレを見た……あれが街を覆い……次々と街の人間を焼いて……悪夢のような光景だった……」


 ガデオン伯も、カインが起こした地獄を見ていたのだ。


「まさか……アレを起こした人間が……カイン君だったとは……あんなものが広がれば、この街も……地獄に」


 領主の脳裏に焼き付いた恐怖。忘れがたい体験。


「いいえ、あれはまだ制御は失ってないわ。本当に完全な暴走なら、そのアパルマの時見たく一瞬で街ごと覆って私らみんな焼き払われてるわよ」


 ラライの分析。カインはまだ、踏みとどまっている。制御できない力を、必死に自ら抑えつづけている。


「知っているんですか、あの状態を……」


 マルリリスの問いに、ラライはカインの方を向いたまま答える。


「昔の知り合いがすこーしね……聖別の光はね、殺した罪、傷つけた罪、盗んだ罪、姦淫した罪、これらを犯した存在を罪の量に応じて焼き払う。特に私のようなアンデッドにはてきめんに効くのよ。

そして、聖別の光の持ち主はその光に耐性があるの。自分の光で自分を焼いたら話にならないからね」


 遥か高き城の上層。輝きはまだ消えない。まだカインはあそこで生きている。


「けれど、聖別の光で殺した人間が増えれば、その耐性も徐々に役に立たなくなる。街一つ殺したなら、耐性はそれなりに磨耗してあるはず、あいつ、自分の光で自分を焼いて収めるつもりよ」


「そ、そんな、カインさんは死ぬつもりで!?」


「残念だけど、あいつの思い通りにはさせてあげないのよね、この私が」


 地面に落ちていたカインの包帯を拾い、苦痛に顔を歪めるラライ。指先から煙が上がる。


「痛っ……! 痛いはずだわ。これ聖偉物じゃないの」


 目を凝らすと、包帯にびっしりと細かな文字が刻み込まれていた。ただの包帯に見えたが、奇跡を内包する代物だったのか。


「一度暴走したなら、誰かがそれを沈めたはず……なるほど、合点がいったわ。ロデムっていう牧師は、これを使ったのね」


 捨てたということは、最初からカインは生きて戻るつもりはなかったのだろう。肉が焼けようと、ラライはそれを強く握りしめる。これがあれば、カインを救える。


《あ、あの、主様、何を……》


《ゼゼルよく聞いて》


《主様……聖別の光メギドの持ち主は、必ず我ら不死者の脅威となります、今、ここでそれが失われるのを待つことのほうが》


《いよいよやばくなったら、眷属の契約切るから。そうすればあんたは封印されない。あとは自分で歩きなさい……そのガキンチョ共のこと、お願いね》


《主様! 今わたしもそちらに向かいます、だから!》


《ゼゼルの言ってること、わかるわよ。でもね、あのバカは一生こき使ってやるって決めたから、ここで死なれちゃ困るのよ》


 叫ぶゼゼルを無視し、念話を切る。

 魔力を解放、ラライの背後の空間が歪む。宝物庫ボックスを開いた。取り出すは、彼女の収集したアイテムの数々。

 絶望するマルリリスへ、泣きそうな顔のリリベルへ、ラライは語りかける。


「──さあさあ、腐った顔してたら女がすたるわよ! あのボケ牧師に、この私が一体誰なのか、教えてやろうじゃない!」



 △ △ △ 


 灼熱が身をゆっくりと焼いていく感覚。薄れそうな意識を、無理やり覚醒させながら、カインは集中を続けていた。体を丸め、少しでも光をその身で封じ込める。

 眼から放つメギドの光を止めることはできない。だが方向ぐらいならある程度は変えられる。全てを自分に向ける。自分で自分を焼き尽くせば、それで終わるはずだ。


──ロデム先生、申し訳ありません……


 ロデムは、その身を光に焼かれながらも自らを救ってくれた。命をかけた師を、なにも返せずに死なせるしかなかった。そして、今、この命さえも自らの手で焼こうとしている。


──だがこれでいいんだ。


 制御できない奇跡が、また別の無辜の人々を焼くことになる前に、この世から消さねばならない。ましてやこの死体が聖偉物の材料として狙われているというなら、亡骸さえも消滅させる。

 

 目を閉じた二年間、自分にはあまり過ぎた幸福だったと思う。願わくば、あのままただの牧師として、あの村で、死んでいきたかった。


 だがそれはやはり過ぎた願いだった。殺しすぎた自分には。


 今できることは、少しでも早くこの身を焼き切るだけ。


──すまない、ラライ。迷惑をかけてばかりだった。


 あの騒がしい吸血鬼の顔を思い出す。ついさっき見たばかりの顔が、忘れられない。彼女も、この様の自分には今度こそ愛想が尽きたろう。

 

──だが、もう僕のバカさにつき合わされる必要は無くなっ……


「カイン!!」


 聞き覚えのある、声だった。


「起きてんでしょ、このマヌケ牧師!」


 騒がしくてやかましくて、そして、やたら人間臭い、吸血鬼の声。



 △ △ △ 


「ラライ、か? ラライなのか!?」


 空を飛ぶ全身鎧の姿が見えた。背には四枚の翼。鎧は騎馬戦に使われる大型の馬上装備のものだ。さらには大盾も抱えている。

 あの重装備で、空を飛んで城の屋上まで飛んできたのか。


「なんでここに来た!? 君はバカなのか!」


「お前よりバカはこの世にいないわよ! 時間がかかるから飛んできたわ、今近づくから動くんじゃないわよアホンダラ!」


 漆黒の鎧がカインへ迫る。しかし光に阻まれて動きが止まった。鎧や盾から発生する幾何学文様=魔術による防御が組み込まれたアイテム。

 本来ならばアンデッドを瞬殺するはずのカインの聖別の光メギドに、ラライが拮抗している。


 宝物庫ボックスに詰め込んでいた対奇跡用の防御装備を持ち出してきたのだ。使用する魔力は伴って多いが、背に腹は替えられない。


「こ、のおおおおおおおおお!!!」


 飛行魔術をさらに多重発動。四枚の翼が八枚へ。鎧が少しずつ動き出す。カインの元へ、少しずつ近づいていく。


「あっついなあああもおおおお!!」


 全身から上がる煙。光に防ごうと、使用する魔力は多い。魔力が切れれば、ラライは焼かれる。

 それでも彼女は諦めない。

 この奇跡を封じる包帯を捨てていったということは、恐らくカインは、最初から死ぬつもりだったのだろう。自らを自らの奇跡で焼き尽くし、それで全てを終わりにしたかったのだろう。


「もういい! やめろ! 離れてくれラライ!」


 ふざけるな、と思う。そんな風に楽に死なせてたまるか。


「うるっさいのよ! 勝手に自分が死ねばそれでいいとか、虫のいいことばかり考えてんじゃないわよバカ牧師ぃ!」


 何度失おうと、


「さんざんこき使われたこっちはどうなるのよ!? まだなにも返してもらってないのよ! 世の中はギブアンドテイクって知らないの!? これだから世間知らずの聖職者様はイヤになるのよね!」


 何度傷つこうと、


「ちょっと顔が良いからって調子乗ってんじゃないわよ無責任野郎! 良い人面して死んでおけば仕事した気になるんでしょ! その後始末するほうがもっと死ぬほど苦労すんのよその辺わかってるのボケ牧師!」


 何度涙を流そうと、


「領主の娘とかにはヘーコラするくせに私にはなんか態度が悪いわよね! ああいうほんわかしたお嬢様然としたやつがいいの!? どういう趣味してんのよあんたは! なんとか言いなさいよ!」


 諦めないことが、彼女を今日までつき動かしていたから。


《主様、内容がだんだんアレな方向になってるような》


《やかましい! こっちはもうやけなのよ!》


 大盾が割れた。鎧も全身にひびが入る。中心のカインに近づくほど、メギドの効力が強まっていくのだ。


「だめだ、もうこっちに来るな!」


 立ち上がり、ラライから遠ざかろうとするカイン。


「逃げるんじゃないわよカイン! 私から、生きてることから、逃げてどうすんのよ! 立ち向かいなさいよ!」


 鎧が崩壊を始めた。それでもラライは前へ進むことを止めない。

 煙を上げる全身。とうとう露わになっていくラライ自身。

 あと少し、あと少しだ。それまでの距離を進めない。


「私はあんたに立ち向かうわ! あんたに立ち向かってぶん殴ってバカ野郎っていってやるわよ、あなたもあのバカに何か文句でも言ってやりたいでしょう?」


 大鎧の中に、小さな影があった。ラライがそれを、屋根の上に置く。とん、と背中を押した。


「────そうでしょ、リリベル? さあ、行ってやりなさいな」


 泣きそうな顔で、リリベルがカインの元へ走り出した。その手に、聖偉物の包帯を持って。


 聖別の光は、罪有る者を焼き滅ぼす。だが罪無き者を焼くことはできない。例えば、罪を犯したことのない子供は、焼かれることはない。


 リリベルの背中を見ながら、ラライは、空中を落ちていった。その顔には、微笑みがあった。



 △ △ △


 エメラルドの光が消える。リリベルはカインを救ったようだ。

 空中を落下しながら、ラライは思考を巡らせる。体は思うように動かない。幸いまだ魔力に余剰はあるが、傭兵を食って溜め込んだものはほとんどは使い切ってしまった。


──落下のダメージの修復に、魔力を使用するわね。


 魔力を使いきれば、また休眠状態に逆戻りだ。

 とはいえ落下を防ぐために動こうにもうまく体は動かない。今のうちにゼゼルとの契約を切っておくべきか。


──ほんと、今回損ばかりじゃないの。


 あの牧師と会ってから、苦労と面倒しかない。魔力を失い、貴重な宝物庫のアイテムまで壊した。


──これがほんとの出血大サービス、って言ってる場合か私は!


 だが、それはそれで本音をいうと、楽しかったと思う。

 悪くはなかった。次復活するときは、あの牧師の孫か曾孫にでも会えるだろうか。絶対に恨み節を聞いてもらおう。


 ザバ、という衝撃が背後からあった。体が一気にめり込む。地面ではない、もっと柔らかな大量の粒状のものに受け止められた感触。


「む、むぐぐぐ!!」


 じたばたとラライがもがく。やっと体が抜けた。


「ぶはっ! な、なにこれ?」


 ラライは、山となった麦粒の上にいた。


「主様!」


 念話ではない、ゼゼルの声が直接聞こえた。


「ラライさん、大丈夫ですか!?」


 マルリリスがいた。麦山を登ろうとするも、こける。


「こ、れ、なに……?」


 混乱するラライに、ゼゼルが泣きそうな顔で抱きつく。


「良かった……本当に……急いで駆けつけたんですよ! なんでこんなムチャするんですか!」


「え、これ、なに?」


「麦ですよ!」


「そりゃ見りゃわかるわよ」


「わたしの巨人の大鍋エルドフリムニルで麦を生み出して主様を受け止めたんですよ!」


「ああ、そういう使い方したのね……まったくあんた機転がきくわねぇ」


 微笑みながら、ラライは上を見上げる。

 まだまだ、あの腐れ牧師との付き合いは続きそうだ。


 一章 完


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る