第16話 吸血姫と牧師、就職する
「はい次の方どうぞ」
穏やかな昼下がり。バナス市冒険者ギルド事務所は今日も活気に溢れていた。
待合室には革鎧の剣士や杖を持った魔術師、斧を持った戦士などギルドから提示される依頼をこなす自由業──いわゆる冒険者達が並ぶ。
掲示板の依頼書を穴が空くほど見つめるもの。他の同業者とクエストの情報を交換しあうもの。他の冒険者の女性を口説こうとして相手にされない男。どこからか酒瓶を出して一杯やってる老人。とりあえずまだ殴り合いは起こってないらしい。起こったら即座に叩き出すが。
種族も種々雑多。ハーフエルフやドワーフ、
これが冒険者だ。ダンジョン探索やギルドの依頼をこなし金を稼ぐ、完全実力制の世界で生きる人々。実力が全てなのだから職業も年齢も性別も種族も宗教も、もちろん全て関係があるわけがない。
この仕事に退屈はない、と眼鏡が似合う女性ギルド職員、ファリナは思う。日々出会う人々はほぼ新顔ばかりだ。たまに顔なじみなになってもたいていはすぐに会わなくなる。
冒険者は長くやれる職業ではなく、そもそもすぐ死ぬしなろうとする人間も山ほどいるからだ。
退屈はないが、退屈が欲しくなってくる。
──そろそろ私も結婚したいなあ。
とにかく出会いが多いが、結婚したいと思える相手にはまず会わないのがこの仕事だ。大抵は冒険者とは訳ありか食いつめか考え無しがやる仕事なのだから。
「次の方ぁ、どうぞ」
聞こえていないのか。少々大きめな声で言う。ギルド登録希望者、いわゆる新人志願だそうだが、果たしてどんな荒くれか跳ねっ返りか。
「あ、はい、よろしくお願いします」
ドアを開けると、輝く金髪の牧師が慌てて入ってきた。
年若く、白木の聖杖を抱えた、両目に包帯を巻いている。いかにも争い事には遠いといった雰囲気。
「カインと申します。職業は牧師をしています。教会の再建に資金が必要で応募しました……」
──あ、こいつダンジョン入ったらすぐ死ぬタイプだ。
長年の勘で、ファリナは青年が全く冒険者に向いてないと決定した。
△ △ △
領主の城で起こった戦闘から三日。ようやくカインはベッドから起き上がれるようになった。元々は奇跡で外傷を治療できるので、体力さえ回復できたなら問題はないのだが。
「ロデム牧師のことは、私のせいだ。申し訳なかった」
下がる禿頭。ガデオン伯はベッドに横たわるカインへ謝罪した。
本来ならば威厳と権威を第一とせねばならない領主が、誰にも見せてはいけない姿。
「お止めくださいガデオン伯様。僕のほうこそ今までこの身を偽り、なお今庇護を受けていることに深くお礼を申し上げねばなりません」
カインの両目には以前と同じ包帯が巻かれている。リリベルが巻いてくれたこの聖偉物により、メギドを止めることができた。
極度の消耗で倒れるカインを救ったのは、マルリリスに背中を押されたガデオン。
「アパルマの虐殺は、僕が原因で起こったことです。それが中央教会によって起こされたことであったとしても、責めから逃げるつもりはありません」
優しげで穏やかな、ともいえばそれだけだった青年の印象は、少し変わっていた。
表情に、覚悟がある。再び殺し合いに身を投じるという、覚悟が。
「されど、
「そうか……カイン君、恥知らずと言われるかもしれないが、私はもう一度パプテスタントの洗礼を受け直そうと思う。もし許してくれるなら、ロデム牧師の後を継いで私の洗礼者として立ち会いを」
「申し訳ありません、ガデオン伯様。できればガデオン伯様にはもう少しの間、クラシカルのままでいてもらいたいのです」
「それは……やはりロデム牧師を助けられなかった私へ失望しているのか……?」
「いいえ、そうではありません。今ここで宗派を戻しても、中央教会からの圧力が再びあることは明白。ならばガデオン伯にはこのままでいて、保護を求める者達を、村の生き残りである子供達をお守りして頂きたい」
このままガデオンがパプテスタントになり、カインが留まったとしても、中央教会からの本隊たるさらに上級の聖騎士が襲来するだけだ。そうなれば次はこの場所がもっと酷い戦場になる。
「では、君は……どうするつもりだ?」
「そうね、さし当たってはこの城をもらおうかしら」
突如、響く声。壁を透過して黒い何かが、大量に部屋に突入する。
それはコウモリ。漆黒のコウモリの群れが盛大な羽音を立ててなだれ込んできた。
「ひ、ひいいいい!!」
「……」
恐怖に絶叫するガデオン。カインは無言だ。
コウモリが集まり、人型を形成。
鋭く輝く銀髪。白磁の肌。麗しく潤う唇。朱の両眼。そして完璧なプロポーション。纏うは覇者の気風。
黒のドレスを纏う、闇の美姫が顕現する。
「さもなければ領地の一部が欲しいわ。さし当たっては領民も。なんだったら税収の六割で手を打ってもいいわ」
「な、なんと美しくも恐ろしい……!」
吸血鬼の姿に、恐れと脅威の声を上げる領主。ラライが満足そうに胸を張る。「こうでなくてはやりがいがない」という感じの表情。
魔力がないと枕元でしつこくぼやいていた癖に、なぜ登場するだけの演出にこんな魔力を消費しそうなことをやろうとするのだろうか。そうカインは思った。
「ラライ、ガデオン伯様が困っていらっしゃる。無体を言うのはやめなさい」
「……ちょっとあんた人の商談に口出すのやめてくれない死にぞこない?」
「それは商談ではなく、脅迫というのです。ここに僕たちが留まっても良きことはないと昨日話し合ったでしょう」
「カイン君達は、一体この後どうするつもりなんだ……?」
「僕らはここを離れます。ガデオン伯様、まず中央教会にはアベルという反逆者が派遣されたルデイガロンの聖騎士部隊を皆殺しにしてここを去ったと伝えてください。そうすれば中央教会もそちらを深く追求はしなくなるでしょう」
「それでは、君が大罪者として教会から追われ続けるだけではないか」
「元より大罪者です。今僕たちに必要なのは、教会と戦うための力と味方です。まずはラライに魔力の補充をさせたい」
「それは……この吸血鬼に人を食わせると……?」
「私はそれでも全然構わないんだけどねぇ」
不満そうに、ラライが腕を組む。形のいい胸が揺れた。
「ラライ、中央教会には上級の聖騎士がまだいます。ここで異端の討伐隊を待ちかまえても不利なだけです。……いえ、ガデオン伯様。人を食わせず、魔力を回復させる方法があります。つまり」
人も食わせず、大量の魔力を補充するなら、あの方法しかない。
「僕らは、冒険者となってダンジョンに潜ります」
△ △ △
「ええと、とりあえずそこ座って。すぐ前に椅子がありますから」
「あ、ここですか」
手探りで椅子を引き当てる盲人の牧師。
「えーとたしか、面接はお二人と聞いたのですが」
「今来ますから。ラライ! こっちだ!」
「はいはい今行きますよっと」
ドアをくぐる人影。この世のものとは思えぬ美女が入る。銀髪と、白磁の肌。長い四肢をレザージャケットと軽装鎧に身を包み、背には大剣。
廊下にいた冒険者連中も、驚きの顔で固まっていた。こんな美女は娼館の高級娼婦でもまずいない。
ファリスの前で、美女が口を開いた。
「ラライよ。魔法と剣術を人並み以上にはできるわ。さて、とっとと金になって魔石も大量に手に入る仕事を出してもらえないかしら」
冒険者登録もまだだというのに、もう仕事を要求してきた。話を聞かないタイプらしい。
これは面倒なタイプの手合いだと、ファリスは長年の勘で思った。
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