第13話 牧師、ケリをつけにいく


「あ、ひぃ、ひい」


 息も絶え絶えに、赤鼻の男は地面を這いずる。肋骨が何本か折れたようだ。激痛でマトモに呼吸できない。

 周囲には仲間が転がる。鼻を折られ血のあぶくを吹く者。折れた腕を抱え泣き叫ぶ者。怪我はないが恐怖で隅に縮こまって気絶している者。

 共通点は、とりあえず誰も死んではいないということだけ。

 

 なにやらわからぬうちに叩き潰された。まるで嵐の前にうっかり立ち尽くしてしまったようだ。

 やろうと思えば皆殺しもできただろう。しなかったのは手加減されたからだ。それなりの怪我をさせて悪事を出来ぬように。

 あの線の細い牧師が、体格と人数だけはあるこちらをまるでゴミのように一掃した。


「な、なんだったんだ、ありゃ……あんな化け物みたいな、牧師がいるのか……」



 △ △ △


「あんた……神罰再現者ヒストリアだったの……!?」


 ヒストリア。神代の時代の神罰を再現できるほどの特級の奇跡の使い手。

 偉神書に記される、かつて欲望の都ソルドの罪人をことごとく焼き尽くしたという神の怒りの光。それが聖別の光メギド

 その奇跡たる光は、眼に宿る。エメラルドに煌々と輝く神聖。人をその罪の大きさに応じて焼き払うとされる奇跡。

 カインの細い体が、溢れるような光を背負っているように見える。ヒストリアたる聖人が持つとされる後光へローだ。

 剣英雄、シャディールも右目に聖別の光をもっていた。


「そういうことだ。やつらは僕を追ってこの地にきたんだろう……全ては僕の巻き添えだ」


「イヤそういうことは先に言いなさいよアンタ!」


 怒鳴りつけるラライ。軽やかに蹴りでカインの尻を叩く。


「痛っ! た、助けにきたのに!?」


「なに出し惜しみしてんのよこのアホ牧師! やれんなら最初から本気でやれ! こっちはリンチ食らうわ踏まれるわ散々なのよ!」


 奇跡で造られた鎖から解き放たれれば、吸血鬼の再生能力が即座に働く。のだがさすがにドレスは破れたままだった。


「……すまない。君のいう通りだ。ギリギリまで迷った僕のせいだ」


「事情はあとで死ぬほど聞くからまずは働け詐欺牧師!」


「本当にすまない。……そうか、君はそんな顔をしてたんだな。みんな君を美人だと誉めていたから、どんな顔なんだろうとずっと思っていた」


 まじまじと、カインがラライを見つめる。

 輝く金髪と、あどけなさの残る顔立ち。そして神聖なる光溢れる双眸、その左右それぞれに走る痛々しい傷跡。本当のカインの顔に、ラライは一瞬だけ、言葉を忘れた。


「……な、なによ。この私の美貌にようやく魅了されたのかしら?」


「もっと怖い顔を想像していた。思っていたよりも、優しそうで、かわいら」


 風切り音。即座にカインの手が動く。指二本で飛来するナイフを止めた。視線さえ動かさずこの反応速度、驚嘆的としかいいようがない。


「──しく見える。……僕が余所見をしていれば当たると思いましたか、ルデイガロン?」


「アパルマの出撃前夜より二年振りの再会ですよ。少しはかつての師に敬意を払いなさい、聖騎士アベル。あれだけの聖騎士を殺害しておいて、よく生きていようと思いましたね。それに吸血鬼まで味方にするとは……天才と呼ばれたあなたがなんという堕落」

 

 笑いを浮かべ、厳かに呟く聖騎士。

 アベル。恐らくはそれがかつてのカインの名前。


「そうだ。僕が全て焼き殺した。大勢の聖騎士も、あの異教の地に生きる名も無き無辜の人々も、全てを……僕が殺した」 


「な、あんた、なにをやって……!?」


 ラライは耳を疑う。この青年がそんなことをやったというのか。


「ラライ、これが僕の罪だ。償うことから逃げ続けていた。今が贖う時なんだ。このために僕は二年間を生きてきた……」


 カインが刃を白木の杖に収め、左手に持つ。腰だめに構えた。中に刃が仕込まれた仕込み杖、もう杖に見せかける必要はない。

 大きく開かれた両足、右手は柄に触れるか否かのギリギリに。ゆらりとした脱力、しかし研ぎ澄まされたソリッドな殺気が満ちる。

 それはラライが一切見たことがない流派の構えだった。


「七大使徒が一人、東国の剣聖ジェスト・アカシにあなたを預けたのは失敗でしたよ。まさか彼の教えた東の剣術がこのような形で牙を剥くとは……神は試練をお与えなさる」


 十字を切り、天を仰ぐルデイガロン。カインの背に、僅かな震え。


──怖いの、カイン……?


 怖いのだろう、人を傷つけることが、人を殺めることが、カインは恐ろしいのだろう。それでも、勇気を振り絞りここにいるのだ。

 ラライは思う。こんな男に、こんな優しいだけの男に、大勢を殺せるはずがないと。ましてや無辜の人間を。


「このような才の持ち主を、始末せねばならないとは」


「ラライ、本物の聖騎士こいつらは僕が全員引きつける。君はこの残りの傭兵どもを頼む!」


「……いいの? また殺すなと騒ぐのではなくて?」


「……全ては君のやり方に任せる。ルデイガロン、場所を変えさせてもらう」


「ほう、どこへいくのですかアベル?」


「──もっと景色の良い所さ。『ロマイの手紙。第二十八節、14の8。主は風と共にいませり。光と共にいませり。我らに天命を伝えたもうなり』!」


 閃光と共にカインの姿が消える。同時に発生する衝撃破。奇跡による超高速化、音速に迫る。


「ほう、では付き合いましょうかみなさん。かつての教え子の最後の頼みですからね。『ロマイの手紙。第二十八節、14の8。主は風と共にいませり。光と共にいませり。我らに天命を伝えたもうなり』」


 ルデイガロンと弟子達も同じ種類の奇跡を発動。八つの光が複雑に絡み合い、火花を散らしながら乱舞する。荒れ狂う音速の剣戟。方向は、城の外壁。

 壁の外壁を削り、音速の攻防を繰り広げながら、垂直に彼らが駆け上がる。やがて誰もが見上げる城の屋根へと。


「……やれやれあいつ本物中の本物だったわけね」


 呆れたようにラライが呟く。堕落した聖騎士もどきばかりの時代と思えば、あんな本物が今まで自分の隣にいたとは。


「さて、じゃあ私は」


 向き直る。周囲には、ぐんぐんと遠ざかっていく彼らを見つめる傭兵崩れたち。呆然としながらも、やがて脅威は未だ目の前にあることに気づいた。


後片付けお食事をしときましょうか」


 


 

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