第10話 牧師、街を歩く

 ▲ ▲ ▲



 時刻は襲撃より一時間さかのぼる。


「あの、ラライという方を怒らせてしまったでしょうか……?」


 廊下を歩きながら、マルリリスが心配そうに呟く。やはり吸血鬼だ。怒ればなにをしてくるかわからない。


「ラライはいつも怒っていて機嫌が悪いのであれで普通です。あまり気になさらずに」


「そ、そういうものなのですか……?」


 なにかカインと話す時が特に感情的に見えたが、やはり吸血鬼と聖職者では相性が悪いのだろうか。


「それよりも……今城にはどのくらいの聖騎士が詰めているのですか? その部隊のリーダーはどのような人物か、覚えていますか?」


「ええと、やく二百人近くはいたと思います……それからそれらを纏めていた部隊長の聖騎士が、たしか、ルデイガロンという中年の男で」


「ルデイ、ガロン……!? ルデイガロン・オランゾ……ですか? いつも笑っているような顔で、髪の長い男……?」


 名前を聞いてカインの声色が変わる。明らかな動揺。


「え、えぇ、たしかそのような……知っている方なのですか?」


「もしかして、周りには鎧姿の人間を常に何人か従えていませんか? それも年若い人間を常に」


「は、はい、たしか全員自分の教え子だと……その男がお父様と私に宗派を変えるようにとしつこく迫ってきたのです。なにか、私はどうしてもその男が不気味で部屋に閉じこもっていて」


 無言で、カインが身を翻す。玄関へ歩き出した。


「か、カインさん!」


「マルリリス様はこちらにいてください。僕には少々会わねばならない相手が出来ました。もし僕が夜までに戻らなけば、ラライにはすぐここを引き払い村人を連れて逃げるようにお伝えください」


 マルリリスの制止も聞かず、外へ向かう。その背には、なにか悲壮な覚悟があった。


 

 △ △ △


 キ ャ イ ン ッ ッ !!


 甲高い鳴き声を上げてオルトロスが転がる。巨体に庭の芝が荒れ、土煙を上げて壁にぶつかった。

 

「ふぅん」


 散乱する窓ガラスの破片を踏みわり、長身のドレス姿が外へ歩き出す。陽光に身を翻し、片手には錆の浮いた長剣。

 もう片方には窓枠だった木材。けだるげに前へ放った。


 ジャキンッ!という音と共に地面が一瞬で変形。即席の槍を形作り木材を粉砕した。


「接触式発動の魔術、触罠殺陣キル・スイッチね。魔力の痕跡が見え見えなのよあんたら」


「こいつ、化け物か!?」


 木陰から数人の聖騎士が飛び出す。召喚士や魔術師、剣士の混合チーム。後続から追加のオルトロス二体。恐らくは冒険者で食えなくなったやつらか。


「いやぁねぇ、私は動物イジメるのってキライなのよ?」


 飛びかかる猛獣。噛みつく牙を一撃でへし折る。屈強なオルトロスがまるで羽虫かなにかのような扱い。

 悠久を生きて真吸血鬼になったラライには、すでに日の光は脅威ではない。少々眩む程度だ。日中を狙えば有利と踏んだのだろうが、藁をむしるように蹴散らすことなど雑作もない。


《ゼゼル、聞こえる?》


 魂と霊器を繋ぐ眷属とは、どれほど離れていても念話で会話ができる。たしか今ゼゼルは屋敷内で村人の近くにいるはず。


《な、なんですかこれ!? いきなり襲ってきて!》


 混乱するメイドの声。やはりゼゼルは戦闘には向かない。


《落ち着きなさいな。正面玄関は見える? 家主の商人と家族には、非常時には正面玄関の前に立って壁になるよう後催眠をかけてあるわ。それで時間を稼がせるから》


 会話しながら戦闘を続行する。切りかかる兵士をひらりとよけて、切り上げで天高く吹き飛ばした。吹き上がる血しぶきを吸い込みながら、距離を取ろうとする召喚士に跳ぶ。一瞬で断たれる首。


《だ、ダメです! 商人が、斬り殺されてます! 壁になってません! 突入してきます! あ、松明持ってる、放火する気ですよやつら!》


《……チッ、こっちのやり方に慣れてるわね。プランBよ!》


《プランBってなんですか決めてませんよねそんなの!?》


《一度言ってみたかっただけよ! 篭城が無理ならあとは脱出よ! 地下に抜け道があったはず、後ろめたいことしてる商人だったらそういうのは作ってるわね》


《ありましたー! 急いで村人を避難させますよ! うわ狭い、これ全員連れ出すの時間かかります!》


《まずガキンチョ共から連れ出して! カインとマルリリスは!?》


《マルリリスさんはまだこっちに来てません、カインさんは……なにか用があると出て行きました!》


「この非常時にあのクソボケ牧師ぃぃ!!」


 ラライの正拳が、怒声と共にオルトロスの首をへし折った。



 △ △ △


 

 カインは雑踏を歩く。夕刻が迫る街は、仕事を終えて帰ろうとする人々でごった返していた。

 その中を、盲人が進む。本来ならばとても目が見えぬものが進めるはずがない雑踏を、誰にもぶつかることなく青年は歩んでいた。

 杖にから伝わる振動で位置を、人の声から距離を判断し通れる隙間が空くことを予測して進んでいる。

 不意に、カインは道を曲がる。薄暗い路地裏へ入った。


 しばらく歩き、唐突に後ろへ振り向く。


「なにか用事ですか。僕はこれから領主の城に向かうつもりなので、あまりお相手はできませんよ」


 数人の男達。いずれも粗野な雰囲気を纏うゴロツキといった風情。


「へぇ、見えてねえと思ったら勘がいいな。そんなこといわねぇでくれよ牧師様よぉ。ほら、懺悔とかしてぇんだよ」


 リーダーらしき赤鼻の男が、ナイフを突き出す。ピタピタとカインの頬に当てた。


「ほら、わかるか? これが俺の罪なんだよ」


「主はあなたの罪を許し、お救いくださいます。……あなたに罪を悔い改める心があれば、ですが」


「へへへへ、牧師様はありがてぇなあ。でもなあもうちょっと顔貸してもらいて」


「聖騎士ルデイガロンに依頼されたのか? 盲目の牧師がいたら連れてこいと」


「あ、? なんだ、あの聖騎士を知ってるのかよ?」


「城にはこれから自分で向かう。あなたたちの手を借りる必要はない」


「そうじゃねぇんだよなあ。連れてかないと俺ら金もらえないんだよ」


 後ろから大男がカインを羽交い締めにした。


「離してもらえないか」


「別によぉ死体でも構わねえってこっちは言われてんだよなあ」


「だから離して……!?」


 カインの言葉が止まる。鋭敏な嗅覚が反応。焦げ臭さ、そしてその臭いが来た方向とは。


「一つ聞く、東の空に煙が伸びていないか?」


「あ……なんだ、ありゃ、向こうで火事か?」


「離してくれ。僕は戻らないといけない!」


「ああ、城にいくと言ったり戻るといったり忙しいなあ牧師様は! どっちかにしてくんねぇか、できれば俺らが儲かる方向でさあ!」


「僕を離してくれ!」


 牧師の声が、暗い路地裏へ溶けていく。


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