第9話 吸血姫、防衛する


 △ △ △


「なんで情報集めるっていって女拾ってくるのかしらこの破戒牧師は」


 客室にて、テーブルを挟み三者が顔をつきあわせる。腕を組み呆れるラライ、困惑の表情を浮かべるマルリリス。そして二人の表情がわからぬのか、いつも通りのカイン。


「だいたいあんた見えないんだから、娘の声だけしか覚えてないんでしょ? ほんとに判断できてるの?」


「声を出す位置から身長を推測できる。歩く音から歩幅や体形もわかるよ。それら全てが一致している。あとは匂いとか」


「あんた結構器用なのね……って、匂いってなによ匂いって! 女性の匂い一人一人覚えてるとかなにこのエロ牧師……?」


「人前でそういう話題はやめてくれ。見えないと他の感覚が鋭くなるものなんだ」


 二人のやりとりにうまく入れず、やっとマルリリスが口を開いた。


「あ、あの、村人の現状やロデム牧師がお亡くなりになったことは理解しましたが……このお方は一体……?」


「領主の娘ぇ? こんな貧相な服着てるのがいいとこのお嬢さんなの?」 


「え、あぁ、はい一応は……」


 ジロジロとマルリリスをいぶかしむ吸血姫。マルリリスはラライの覇気と美貌に気圧されている。


「あの、ラライさん、でしたね? カインさんとはどのような関係で」


「そうねぇ、まあ口では色々言えないことがあるよねぇカイン? 二人だけの秘密をこの娘にどこまで話そうかしら?」


「え、な、二人だけの秘密って一体……」


 マルリリスが困惑し色めき立つ。この美貌の女とカインにどのような関係があるのか。


「マルリリス様、ラライは吸血鬼です。不死者アンデッドと呼ばれる存在ですね。彼女に助けてもらいました」


 牧師が一瞬で全てを暴露した。


「いきなり全部ぶっちゃけるなよおまえ! 段階を踏め段階を!」


「時間がない。手順は諦めてくれ」


「え、吸血鬼……? あの伝承にある闇の住人……!? それがなぜ人間を助けて……」


 驚く領主令嬢。ラライと呼ばれる女、たしかに非人間的な妖艶さだが、まさか本当に人間ではないのか。


「雰囲気が大事なの!! ここぞっていうときにバラすから威力あるのにすっ飛ばすのやめなさいよ!」


「すまない次からはそうする」


 カインと喋っているところはわりと、というかかなり人間らしく見えるのだが。


「ったく、この無神経牧師め……で、なんで領主のご息女様が街でうろついてるのよ? 城を逃げ出したってなにから?」


「そ、それは、お父様が私に無理やりクラシカルへの改宗をさせようと部屋に閉じ込めるから」


「はあ、ワイルドなお嬢さんねぇ。あんたの親父は改宗してでも領民の安全を取ったということでしょ。府政者の娘ならそれぐらい習いと受け止めなさいよ。義理や主義より実利を取れないなら上に立つ資格なんかないわ」


 ラライとて、ガデオン伯の立場は推し量れる。領民の安全を取るなら、個人の主義などゴミのように捨てる覚悟がなければならない。感情で拒否するなら所詮は立場を理解できぬ子供だ。

 まあこれから叩き潰すなり傀儡とするなりする相手だ。そういう割り切るやつのほうが思う存分やれる、そうラライは思った。


「待ってくれラライ。マルリリス様には事情がある。最後まで聞いてくれ」


「事情もなにもただの甘ったれでしょこの小娘」


「……私の母方の祖父は、司祭長でした」


 とつとつと、マルリリスが言葉を紡ぐ。


「幼い記憶の中でしか覚えていませんが、優しい人でした。貧困に苦しむ難民を保護し匿っていたのですが、それが他宗教の宗派の人間だったんです。それを当時政敵関係だったバーメリギーに付け込まれました」


 バーメリギー、今の新教皇となった男。


「悪魔崇拝をする異端者を匿ったとして、祖父は幽閉されたました。当時実家に里帰りしていた私や母と共に」


 暖房もろくにない古びた城。鍵と鉄格子のついた幽閉というよりは投獄に近い。その中に、彼女はいた。

 過酷な環境は、老齢の祖父や元々体が弱かった母を次々と蝕む。


「いつ解放されるか、一生このままかもしれない心労に祖父も母も倒れました。私が泣きながら懇願しても、幽閉はけして解かれませんでした。

ですが、当時はまだクラシカルの司祭だったロデム様が祖父の無実を証明して私たちを救い出してくれたのです。祖父も母もその後すぐ亡くなりましたが、最後までロデム様への礼を言っていました」


 ロデムはマルリリスやガデオンの恩人だった。ラライにもようやく彼女達がなぜロデムを頼りにしているのか、彼を裏切ることの意味を理解できた。


「その後、クラシカルからパプテスタントへ宗派を変えたロデム様に私たち親子はついて行きました。……ラライさんのおっしゃる通り、府政者が実利を優先せねばならないことは私も貴族の習いとして理解しています。しかし、ロデム様を裏切ることだけはどうしても許せないのです。貴族とて人です。どこまでも利益だけに生きることなどできません……」


 静かに、彼女の頬に涙が伝う。ラライにはもう老牧師と話し合う術などない。だがカインや村人、そしてマルリリス、全ての人間がロデムの人としての優しさと行いに救われていた。

 一体何を求め、何のために老人は生き方を貫いたのか、ラライにはわからない。だが、揺るぎない信念に従ったということだけは理解できる。


「ふ、ふん、わかっていても実行しないのと実行するのとでは意味が違いすぎるのよ。おめでたい理想論じゃ人が山ほど死ぬだけだってあんたの父親もわかって……」


「ラライ! 君のいうことが正しいのはわかるが、マルリリス様が泣いておられる、もうやめてくれ!」


「な、なによその言い方、私が泣かしたっていうの!? ていうかその女の味方なの!? 私に助けられた癖に!」


「正論だけじゃ傷つく人がいるんだ。人の心の痛みに寄り添うために神に仕える、ロデム先生もそう生きた人だったんだ。僕も弟子としてそうありたいんだよ、ラライ」


「うるさいわボケナス! もうやかましいからもう出てけおまえら!」


 狭い部屋に、ラライの声が鳴り響いた。


 △ △ △ 


「ガデオン伯殿、ご息女の行方は手の者に探させておりますのでご心配なく」


「余計なことはするな、娘は家のもので探させる!」


「まずはご息女の安全が第一です。なにせ、ロデム牧師は生きている死んでいるかはわかりませぬからな」


 ルデイガロンは温厚な表情を崩さず、領主をなだめる。この程度の人間の怒りなど大したことでもないという風に。

 

「我が領土で勝手は許さぬ!」


「隣の領土の異端者共ですよ。むしろ侵入者を排除する我々こそがあなた様の味方です。ですが少々話が妙になってきましてね。ロデム牧師の村を討伐に赴いた部隊が戻ってこないのですよ」


「……? 今の聖騎士など、傭兵か冒険者崩れか夜盗紛いばかりだろう。いきなりいなくなる程度はよくあることではないのか」


「それもそうなのですが、後続の部隊が確認するとすでに村はもぬけのからでしてね。死体が埋葬された跡はあるのですが、それがロデム牧師かもわかりませぬ」


「……なにがいいたい?」


「まさかとは思いますが、ガデオン伯はロデム牧師を村人ごと匿ってはおりませんか? 異端を庇うことは教皇もよく思っていませぬ、義父殿と同じ道は歩みたくないでしょう。あのような惨めな死に様は」


「き、貴様!!」


 激昂を押さえきれずガデオンがルデイガロンの胸ぐらをつかむ。力任せに締め付けた。


「私だけでなく、死んだ義父まで侮辱するか!」


「お止めなさい」


 ガデオンの腕力に締め上げられながら、それでもルデイガロンは飄々とした態度を崩さない。


「誰が止めるか!」


「お止めなさい、アセウス」


 ガデオンの首元に、剣先が突きつけられていた。音も無く気配もなく、まるで初めからそこにそうあったように、鎧の男がガデオンのすぐ隣にいた。紅と金を基調とする鎧、顔は兜に覆われ見えない。どれも背はあまり高くなく体格は細い。年若い者達だろう。

 静かな、それでいて確かな殺気があった。


「ぐ」


 動けず、眼球だけで周りを見渡すガデオン。周囲には全く同じ鎧と兜を纏った騎士が五人。いつ現れたのか、いう部屋の中にいたのか、それさえもわからなかった。 

 緊張に、ガデオンが喉を鳴らす。これ以上動けば、確実に殺される。


「アセウス」


 ゆっくりと、アセウスと呼ばれた騎士が剣を下ろした。

 同時にガデオンも手を放す。

 即座にルデイガロンの拳が、アセウスの顔を打つ。ガン、という金属音。声さえ出さず静かに騎士が一礼して下がる。


「私に二度指図させないように──ああ弟子達が失礼しました。普段は優しい子達なのですが、私のためにはいつも一生懸命で。お許し下さいご領主様」


 ルデイガロンの笑顔はけして崩れない。仮面のように張り付いて固定されているようだ。やっとガデオンも、この男が今まで見てきた堕落しきった聖騎士共と同じ存在ではないと気づく。

 この男は、そんなものよりもっと恐ろしい。


「さて、実のところ私共はロデム牧師や異端狩りはただのついでなのですよ。我らの本来の目的はアパルマの虐殺に関わった人間を探すことです。知っておられるようですね」


 張り付く笑顔が、ガデオンを見据える。


「あ、あぁ、知っている、異教徒の民や聖騎士までがことごとく焼き滅ぼされたという」


「それは話が早い。それを引き起こした存在が領内におられるかもしれません。ガデオン伯は今からいう特徴と一致する人間に心当たりはありませんか?

 名前はアベル。これは現在は偽名を名乗ってるかもしれない。年齢は十代後半、髪は金髪の青年です。身長はほどほどですが成長期なので少し変わっているかもしれません。それから、もしかしたら目を患っているか怪我をしている可能性が高い」


 ガデオンに、ある人間の顔が浮かんだ。かつてロデムの側に佇んでいた、弟子の姿を。


 △ △ △


──さぁて、あのボケ牧師め……


 二人を追い出し、一人ベッドに横たわりながら、ラライはため息を吐く。うっかり八つ当たりでマルリリスの無謀を責めたが、そこまでロデムに恩義があったとは知らなかった。

 正直、気まずい。


──そもそもまず最初にあの牧師がその辺説明しときなさいよ、私がめちゃくちゃ悪者じゃないのこれじゃ!


 そもそも吸血鬼な時点で悪者どころではないのだが。


──なんかカインの奴のせいで私のペースがガタガタなんだけどなんなのよアイツはちょっと私の好みな顔してるぐらいで調子乗りやがってえええ!! だいたいあのマルリリスが無能牧師見てる目が明らか恋する乙女みたいでなんかむかつくわああ!!


 バタバタと脚を動かす。完全な挙動不審。そのまま枕を豪快に引き裂いた。盛大に散らばる羽毛。


「──あ」


 ピタリと、ラライの動きが止まった。

 ベッドから立ち上がり、壁に立てかけてある長剣──剣英雄シャディールの聖剣を手にかける。


 日光をさえぎるために厚手のカーテンがかけられた窓へ向かった。


 大きく左構えで剣を掲げる。まるで窓を今から打ち破るように。


 この商人邸宅の周囲には、ラライの銀髪が張り巡らされている。見えないほど細く引き延ばされたそれは、触れただけで抵抗なく切れてしまうほど弱い。

 だが、そこに触れたものをラライは確実に感知できる。触れただけで切れるゆえに引っかかった存在は、自分を感知されたということに気づくことができない。


 ラライは、切れた髪の毛の位置から侵入者の数と動きをすでに捕らえていた。このコースならば、まずラライのいる部屋を狙う。

 構えたまま十五秒が経過。


「──あああらよっと!」


 剣を振った瞬間、窓を盛大に突き破り二首の魔獣が突入。巨大な体躯の犬。オルトロスと呼ばれる種族。冒険者などの召喚士によく使役される。

 突き破った瞬間、オルトロスの左顔面が剣の直撃に破裂する。そのまま巨体が盛大に吹き飛んで庭を転がる。


「ゼゼル! お客様のおでましよ!」


 吸血姫が、戦闘が開始した。

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