第7話 吸血姫、稼ぐ


 ガデオン伯が治める領地、アーリバッハ領。その最も栄える都市である城下町を興りとするサラクル市。

 交易を行う商人が多く駐留し、彼らの出す税金から石畳や下水設備などインフラが整っており、堅実かつ温厚とされるガデオン伯の治世を写すように発展した都市である。

 しかし、本来ならば活気こそあれ平穏な街に、やや不穏な空気が漂っていた。

 中央都より聖騎士の部隊の派遣と、それに伴いガデオンが宗派を変えたということ。そして改革派の村を異端として、派遣された聖騎士達──という身分を得た夜盗紛いの元傭兵が焼き払っているということ。

 それらの情報が利に聡い商人たちのネットワークを駆け巡っているからだった。


 △ △ △ 


「私が宗派を変えれば荒事は起こさぬという約束はどうした?」


 黒ひげを生やした禿頭の中年、ガデオン伯が尋ねた。静かな口調とは裏腹に、苛立ちと疲れが浮かぶ表情。

 豪華な装飾が並ぶ応接間を、しきりにうろうろと歩き回る。


「どうした、と尋ねられましてもそれはご息女共々というお約束ですから。そもそも保守派クラシカルの方針は異端を焼き滅ぼすことと新教皇猊下の勅命にて決定されたゆえ、こればかりはどうにも」


 中背のガデオンを見下ろす長身。痩せた体形に、僧衣を纏うオールバックの中年の男がガデオンの問いに答えた。

 人が良さそうに笑う顔。いかにも温厚な聖職者といった風体。しかし、その細目の奥は鋭い光があった。紛れもなく、人殺しの目。

 ガデオン伯領に派遣された、聖騎士部隊の監督官を名乗るルデイガロンという男だという。

 苛立つガデオンと対照的に、石像のように直立不動である。


「ルデイガロン、我が娘マルリリスは意固地だが頭の悪い女ではない……時間をかければ説得はできる。それに娘がおいそれと改宗を認めぬ事情はお前もよく知っておるはずだ」


「お察ししますよ領主殿。私も五つになったばかりですが娘のいる身。女子おとめとはなかなか気難しいものです。十六才、年頃のマルリリス様ではなおさらでしょう」


「……どの口でそれをいう! 元は貴様らクラシカルのやったことが原因だろう!」


 普段は温厚とされたガデオンの口調に怒りがあった。


「おお、お気を荒げてはいけません、領主殿。ここはご息女を説得する術を冷静に考えるべきでは? まずは部屋に閉じこめているならばゆっくりと話を進めてもいいはずですよ」


「貴様!」 


「それから、これもお聞きしたかったのですが、アベルという男に聞き覚えはありませんか? 年若い青年なんですがね」


「……誰だそれは? そのアベルがどうしたというのだ」


「我々が追っている存在です。ここに来た理由の半分は異端狩り、半分はそのアベルを探すためですよ。アパルマの虐殺という事件に関わっている人間でしてね」


「アパ、ルマ……!」


 領主が絶句する。忌まわしいなにかを思い出したように。


「おやおや、アパルマの虐殺を知っていますか」


「旦那様!」


 突然、部屋に飛び込んだ召使いが声を荒げて叫ぶ。


「今は客人と応対中だ、中に入るな!」


「旦那様、お嬢様が城を逃げ出しました!」


「な……! ロデム牧師のいる村に向かったのかもしれん! 急いで城門を締めて村まで先回りさせて」


 ロデムとはガデオン親子の改革派へ洗礼を行った関係がある。マルリリスもロデムとは懇意にしていた。頼るならばあの老牧師のところしかない。


「ああ、ロデム牧師のところに人をやっても意味がないかもしれませんね」


「……なにを言って」


「つい三日ほど前に私の所の部隊がロデム牧師の村を焼きに行きましたから」


「なんだと!?」



 △ △ △


「ねぇ、今度は指輪が欲しいわ。鮮やかな緑のサファイア。きっと私に似合うと思うのよ」


「ああ、そうだね、そうしてやろう」


「ああ、ありがとう、あなたの優しい所が好きよ」


「ああ、そうだね、そうしてやろう」


「あとは新しいドレスが欲しいわ。あなたの娘のドレスじゃ体形が合わないのよねえ。ウエストが余るのに胸がキツいの」


「ああ、そうだね、そうしてやろう」


「あとそれから屋敷にいる私の親族・・・・にも食料と着るものをもう少し差し入れておいて。老人と子供が多いから衣服もそれ用をね。ついでにワインも欲しいわ。あなたのコレクション勝手に飲ませてもらうわね」


「ああ、そうだね、そうしてやろう」


「あなたってほんと良い人ね。じゃあはい回れ右」


「ああ、そうだね、そうしてやろう」


 ラライのかけ声に、虚ろな目をした商人の男がゆっくりとした歩調で部屋を出て行った。


「……ラライ、僕らのやってることは間違っているのではないだろうか」


「なにいってんのよ。私の魅了チャームは頭が悪くて欲望まみれなやつにはテキメンに効くからね。あの商人があんなんなってるのは本人の業ってもんよ。あー、やっぱ昼間から起きてるのは疲れるわね」


 街有数の商人の屋敷、その客室のベッドに腰かけ、ラライはため息を吐く。

 彼女の姿はもうあの扇情的なドレスではない。やや地味目で胸のサイズが合わない普段着になっていた。


「しかしいくらなんでもこれは良かったのだろうか」


「うるさいわねぇ。本当なら街についた時点で血を吸いまくって屍鬼グールに転化した人間でねずみ算式に街ごと埋め尽くしてやっても良かったのよ? あんたが止めるから殺さない方針にしてやってるのに」


 椅子に腰掛けるカインは、聖杖を握りしめる。


「それは感謝しているが、なぜ僕は女衒なんて役にされているんだ」


 村から出たラライとカインは、街に潜入した後に羽振りの良さそうな──特に一番デカい屋敷を持つ商人のところにいった。

 売り出し中の高級娼婦と、女衒。そういう体でコンタクトを取り、あとはラライの魅了チャームで本人を催眠状態にして操る。

 村の特産品を買い取ってほしい、と言い森にいる村人を交易の馬車の荷物に紛れて街の中で運ばせて、一番大きい屋敷の中に住まわさせた。

 商人の家族や使用人にいたるまで催眠をかけて、娼婦の実家の家族という形で面倒を見させている。百人近い人数だが、そこはラライの魅了の強力さで無理やり思いこませている。


「注文が多い牧師様ねぇ。吸血鬼をこき使う前代未聞の聖職者なんてそれくらいの扱いでいいのよ」


 このほかにも数人の商人を同じように魅了している途中だ。このまま愛人と思わせてまずは財源を確保する。


「しかしこんな金品を騙し取るようなことは……」


 十字を切りながら、カインは手を組み祈る。罪を悔いるように。


「うざったいわねぇ。金がないのは首がないのと同じよ。血を少しと財産の一部を頂いてやってるだけなんだから、それでいいでしょ」


 ラライは宝物庫ボックスと呼ばれる物を溜め込む空間を持っている。持ち込めるものは限りがあるが、英雄達との戦いの前にあれこれ貯蔵した金品や武装は健在だ。

 しかし、宝物庫の開け閉めにもやはり魔力を使うのだ。全盛期ならいざ知らず、魔力がかつかつの今の状態ではうかつに開け閉めもできない。

 ならば、財産はあるところから集めればいい。


「有力な商人を何人か操れれば、今度はここの領主とも直接コンタクトが取れるようになるわ。領主さえ操れればもうこの土地丸ごと乗っ取ったようなもんよ」


「ガデオン伯は温厚な方だ。改宗も保守派に脅され仕方なく了承したのだろう、あまり無体なことはしないで」


「黙れこのお人好し! 見捨てられてまで相手の心配とかどれだけ無能だ!」


 投げつけられた枕がカインの頭に当たる。

 

「ふぅ、僕は少し街に出る。この街に聖騎士の本隊が常駐しているらしいからな。せめてどのくらいの規模が掴んでおこう」


「……あんたみたいなのが外をうろついても無駄に目立つだけじゃないの?」


「無能なことはわかってるが、やれることはやるつもりだ。ラライ、君には感謝している。せめてできることでなにかを僕も返したい──先生にはなにも返すことができなかったからな」



 △ △ △



「なぁねぇちゃん、どっからきたんだぁ!?」


 赤ら顔の男が、唾を飛ばし叫ぶ。なぜこんなにこいつは声がこんなに大きいのか。そもそもなぜ執拗に自分に絡んでくるのか。


「なああ、なんかいえよぉお! おじさん心配なんだよぉお! その綺麗な目した女の子がこんなとこいたらよぉ! アブねえだろぉ!」


 隠れやすいようにその辺の街娘と服を交換してもらったが、馴染みすぎたのがまずかったのか。ガデオン伯の娘、マルリリスは涙目になりながら路地裏の壁際に追い詰められていた。

 整えた長い赤髪を荒らし、化粧も落とし、普通の平民のふりをしてロデム牧師の村まで逃げ出そうとしたのが、こんな街の中で躓くことになるとは。

 体格のいい酔っ払いから逃げ出そうとするも、追い詰められてこの有り様だ。


「よ、よらないで! 人を呼びますよ!」


 呼べない。呼べば城に連れ戻されるかもしれない。


「そんなこというなよおお!!」


 距離を詰める酔っ払い。白髪混じりの髪と日に焼けた肌。汗臭いし酒臭い。


「い、いいかげんに!?」


「なにをしていられるのですか」


 路地裏に響く若い男の声。響く聖杖が地面を叩く音。

 目に包帯を巻かれた青年がいた。


 マルリリスは、その青年──カインに見覚えがあった。

 

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