第6話 吸血姫、方針を決める

「食うわけないじゃない。だったらあんた喚ぶ前に全員絞り尽くしてるわよ。あれはしばらくうちで食わしてやるってあの無能牧師の前でいっちゃった手前があるからね。ゼゼル、あんたが面倒みるのよ。そのために魔力渡したんだからね」


「そんな、養う余裕なんて」


「しょーがないでしょ目の前で庇い合いとか小芝居やられたら食いづらくってしょうがないのよ!? それに村人標的に異端狩りが来るからそっちを食えばいいわ。聖騎士? あーなんか自称って感じね。私らの時代とはかなり劣化した聖騎士だったわ。一部のぞいてその辺の野盗や傭兵と変わらないわ。その一部もせいぜいが下の上ってレベルだしね」


「えぇ、あの化け物揃いだった聖騎士達がですか!?」


「いや私らも化け物でしょ。ほんとあんた人間だったときの癖抜けないわねぇ」


 驚愕するメイドのみながらも、ラライの脳裏にかつて自ら達が戦った『本物』の聖騎士達の姿が蘇る。聖言により奇跡を発動させ超戦闘力を持つ人を超えた人間たち。神に仕える化け物殺しの暴力装置。


「奇跡一発で山を削るわクレーター作るわのインチキ野郎の職名じゃないみたいよ、この時代の『聖騎士』ってやつはね。『聖別の光メギド』や『還元の水アトラハシス』の神話再現者ヒストリアまでいるかはわからないけど、マトモに奇跡さえ使えないやつらが名前だけの聖騎士やってるならなかなかいい住み心地の時代じゃないの」


 聖騎士の使う奇跡とは信仰心の現出したものであるとされる。特徴は二つ、一つは魔力を消費する魔術と違い「いくら使用しても消費される代償がない」こと。もう一つは「アンデッドに対して格段に威力がある」こと。

 ラライがかつて生きた時代、聖騎士とは彼女たち闇に暮らす者の天敵だった。

 その中でも偉神書に記される神代の時代に行われた神罰、そのレベルの奇跡を再現できる才能を持つ超特質者、神罰再現者ヒストリアは最もラライたちが恐れ、倒すために足掻いた存在。人類の救世者たる者達。


「そ、それは良きことですが……なぜそれほど主様はあの牧師たちの世話を焼くのでしょうか……?」


「ま、まぁなんていうかただの話の流れというか成り行きといつか」


「あの牧師という職業の方……目を患っているようですが、なんというか顔立ちの整った方ですね」


「そ、そうね、まあ見れないほどではない顔かしら。あの包帯を取ったらどんなものかはわからないけど」


「金髪も染めているわけでもなさそうなのに綺麗な色をしていますね」


「普通はなかなかはっきりと金色にならないものよね」


「少し話しただけですが真面目で義務感の強い性格です。まあ優しいだけが取り柄の性格というものかも知れませんが……」


「ああいう世間知らずのお人好し、いかにも田舎の聖職者でごさいって感じよ。私が面倒見ずにほっといたらそのまま死んでるわねアレ」


「あの、主様?」


「な、なによ……?」


 ずいと、少女が前に出る。気圧されてラライが後ずさった。


「主様はああいうタイプが好みでしたよね。見た目はいいけど真面目で損をしそうで世話を焼きたくなる感じの」


「い、今その話関係あるゼゼル!?」


「やっぱり……」


 ジト目で主人を睨む。この非常時に好みを優先させるとは。やはり変わっていないなとため息を吐いた。


「悪いの!? ちょっとくらい見た目好みだから少し手を貸してやろうと思うのが!? ねぇそんなにダメ!?」


 慌てふためく吸血姫。ラライの血色無き白磁の肌、それにさえ赤みが差しているように錯覚してしまうほどに、ただの当たり前な女性らしい一面があった。

 出会った頃からそうだったな、とゼゼルは内心呟く。人には人間らしさが抜けてないというくせに、本人自身が素ではどうにもこんな風だ。

 虚勢と傲慢、恐怖と威圧でこの人らしさを覆い隠し、ラライは強者との戦いを勝ち抜いてきた。名が知られているのにこだわるのも、高名が畏怖と警戒を呼び無駄な争いを避けると知っているから。

 齢は300を超え、数多の人間と戦い喰い散らかしているはずなのに、いまだラライは人間らしさを保っている。普通の吸血鬼ならば、とうに鬼としての在り方に染まっているだろうに。

 本当に、変わり者の吸血鬼だ。

 だからこそ、ラライは自らを救い眷属に加えてくれたのだとゼゼルは思う。

 

「主様」


 進み出たゼゼルがラライの体を抱きしめる。豊満な胸元に顔をうずめ、そばかすがある頬を涙が伝った。


「──英雄達と戦いに入ったと聞いてから、主様の無事だけを願っていました」


「主人たる私からの接続リンクが切れれば、眷属は休眠して封印されてしまうのよね。なにが起こったかわからないうちに眠らされるなんて怖かったでしょう」


 丁寧に少女の巻角を撫でながら、吸血姫が笑う。妹を愛でる姉のように。子をあやす母親のように。


「良かった……主様がご無事で、本当に」


「ラライ、ゼゼル、ここにいるのか?」


「ひ」


「わ!」


 開くドア。突如、カインが声を出す。思わずゼゼルを突き飛ばすラライ。吸血鬼の膂力に、そのまま少女はゴロゴロと床を転がり壁にぶち当たる。


「あだっ!」


「な、なんだ!?」


 ズンという衝撃。当然目がみえないカインにはわけがわからない。「え、なにぃ……?」とゼゼルもわけがわからず声を出す。


「おい、ラライ、君は何を彼女にやっているんだ!? 殴ったのか!?」


 ゼゼルの声がした方向へいくカイン。しゃがみこみ彼女を無事を確認しようとする。


「大丈夫か!?」


「うるさいわね無能牧師風情が! 眷属とは私の所有物、どうしつけしようが私の自由! 口出しはいらぬ世話よ!」


 そう言いながらラライはゼゼルへ目配せを飛ばした。『合わせろ』という合図らしい。

 相変わらずウインクが下手だなぁこの吸血鬼、と思いながらゼゼルも長年の呼吸で動き出す。空気を読む力だけは人一倍以上あるつもりだ。


「も、申し訳ありません主様! カインさん、これはわたしの不手際のせいで……」


 どうせ最初に高圧的な態度でこの牧師に接したから、眷属との素の会話を聞かれると格好がつかなくてイヤなのだろう。傲慢な主人にかいがいしく仕える奴隷、という風に振る舞っておくか。


「わたしのそそうで主様を怒らせてしまったのが悪いんです、カインさんが庇ってくれる必要は」


「君は村人たちの世話を焼いてくれたじゃないか。そんな君が主人とはいえこんな目に遭ってあるのをほってはおけない。ラライ、そそうが何かは知らないが、もう彼女を許してやってくれ」


 あ、こいつ善人すぎてムダに面倒くさいタイプだ、とゼゼルは思った。


「え、いやそもそも世話を焼けと言ったのは私の指示なんだけど」


 主様、素が出かけてますよ、とゼゼルは思った。


「い、いいんです! こういうやりとり昔からやってるんで! 慣れてますから、気にしないで」


 ゼゼルがカインの袖を引いて止める。もうこれ以上面倒くさい状態にしたくない。


「しかしこのままには!」


 止まれ。止まってくれ牧師。頼むから。そうゼゼルは神に祈った。まさか人外の身になって神に祈ることになるとは。


「──そもそも来るなというのになんで来たのよ、カイン?」


「村人たちが不安がっている。家畜も畑もない森の中で食糧があったとしても老人と子供が何日も暮らせるはずもない、君はこの後になにをするつもりなんだ?」


「あらあら腹がくちたら今度は先の心配? そんなのが聞きたくて来たの? それともそれが覗きの口実かしら」


「だから僕は見えないと……光程度なら感じることはできるが」


 カインの抗議を無視し、ラライが言葉を続けた。


「気になるなら教えてあげるわ。頼りになるかわからない遠くより、まずは近くに住める拠点を作るのよ。それも森の中なんかよりちょうどいい所があるじゃない」


「ま、さか、君は」


 カインの問いに、


「近くにガデオンとかいうあなたたちを裏切って宗派変えした領主がいる街があるじゃない。城ごと……いいえ、街ごと領地ごと乗っ取ってやればいいのよ」


 花が咲くような笑顔で、吸血の姫が答えた。

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