第6話 天狗系Vチューバー?
天地金神社は、山形県にある羽黒山にある。随神門の右手前にある朱塗りのお社で、応永4年に創建された出羽神社の末社だ。戦乱で大破したが、安永8年に再建されている。
陸は広島のセントラル矢戸東から、この山形の羽黒山山中まで羽根で飛んで帰ってきた。この山は、陸の住処となっている。日本中の本屋を巡るのが趣味の陸にとって、山形と広島を往復することなど容易く、なおかつ楽しい。昔は店内を歩くと驚かれたため、本をゆっくり見たい時は客があまりいない時間帯を狙って本屋に入ることが多かった。最近はコスプレが浸透してきたからなのか、皆、陸を見てもコスプレだと思う人が多い。人を驚かせるのが趣味の陸にとって、ノーリアクションは少し寂しい気もする。
陸は天地金神社の石段を歩いて登っていく。5月に入ってから羽黒山も徐々に春から夏の陽気になりつつある。木々の新緑が眩しい。今日は日向ぼっこでもしようかと思いながら陸は石段を登り切った。
「今日も天地金神社の金チューブの時間がやってまいりました。天狗系Vチューバーの羽黒高雲でーす!」
朱塗りの社殿の前で陸の父の羽黒高雲が三脚に立てたスマホのカメラの前でピースしている。山伏の姿で赤い顔と長い鼻を持っている点は陸と同じだが、鼻と顎に豊かにたくわえられた白い髭が威厳を感じさせる。
でも、何だろう、今のセリフは。荘厳な朱塗りの社殿の前では若干不似合いなテンションだ。それに、天狗系Vチューバーって何? 俺には散々チャラチャラすんなって言っておいて、自分は天狗系Vチューバー?
「何ふざけてるんすか、あんた」
陸はカメラの前でポーズを決める高雲に詰め寄った。
「なんだ、陸。帰ってきていたのか」
「何すか、今のチャラついたセリフ」
「動画の投稿だ。邪魔をするな、陸」
「動画? なんでそんなチャラついたことを」
「最近、ここの宮司さんからもらうお小遣いが減ってしまってな。仕方がないから動画を撮って稼ぐことにしたのだ。働かざる者、食うべからずだ」
「動画の投稿は労働に入らないっす。ん?」
「どうかしたか」
陸は、高雲の後ろにある長机の上の本に目をとめた。子供の落書きのような表紙。ゆいおっぷだ。
まさか…
陸は長机の上のゆいおっぷを手に取り、高雲に突きつけた。
「親父、まさかこの本を動画で紹介するつもりか」
「何だ。文句があるのか? この本、面白いんだぞ」
高雲は平然としている。
「何言ってるんずか。あの本、ぺぺぺぺぺぺぺぺ、まともな文章なんてどこにもないんすよ!」
「ふん。文章がまともだからといって、面白いとか、買いたい本とは限らんだろう」
「何を…」
高雲は陸からゆいおっぷを奪い取った。
「ワシは、この本をきちんと読んだ上で面白いということを発信しようとしとるのだ。それをとやかく言われる筋合いはない」
「世の中には、これより面白い本がたくさんあるっす。こんな本、材料の木に対する冒涜っすよ」
「それはお前一人の感想に過ぎん。ワシは400年生きてきた。書物の歴史をこの目で見た。そのワシが、この本が江戸時代から、令和の今に至るまで出てきたことのない革新的な本と感じたのだ」
「はあああああああああああ?」
陸はその場でコケた。
「わかったか、陸。もうワシの邪魔をするな」
高雲はそういうとカメラに向き直り、動画の撮影を再開した。
陸はめまいがしてきた。ゆいおっぷは確かに、革新的と言えば革新的だ。しかし、それは決して褒められる意味ではないはず。むしろ、日本に活字印刷が伝わった1590年代以来、最悪の出来の小説と言っても過言ではない。どうしよう。どうしようもないのか。
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