第2話 オブラート味の感想

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休憩室でゆいおっぷという小説のプルーフを読んでいた河野は思わず首を捻ってしまった。プルーフというのは本が完成する前の見本のことだ。出版社はこのプルーフを書店員に配り、感想をもらって広告にすることも多い。

しかし、いくらプルーフだからって、野球の試合中にいきなりマグロを解体し始めるシーンなんて許されるのか?


3月のある暖かい日のことだ。この日は文芸書の新刊が入荷してくる日だった。文芸書担当の河野は棚にある古い本をどかして、新しく入荷してきた本を置くスペースを広げる作業をしていた。

「河野くん、これ、おすすめだよ」

店長の若林一真がこのゆいおっぷのプルーフを河野に勧めてきたのだ。

若林が勧めてくる本は当たりが比較的多い。「カリスマ書店員!」ともてはやされ、雑誌とかテレビとかの取材を受けたりするわけではないが、このさしす書房セントラル矢戸東店の采配を任せるに相応しい知識とセンスはあると河野は見ている。

そんな若林店長が何故こんな変なプルーフをおすすめしてき他のだろうか。河野は再び首を捻る。意味がわからん。

待てよ。読んでいったらすごいシーンがあったりするのか?

河野はそう考えて、プルーフの別のページを適当にめくった。すると次のようなページに出くわした。


みちるという人が作ったカレーでええええええええええちゅうううぺぺぺぺぺっぺぺぺぺぺぺぺぺぺっぺぺぺぺぺぺぺぺぺっぺぺぺぺぺぺぺぺぺっぺぺぺ克則は名刺と金髪の梨田の顔とを見比べている。胡散臭い。克則は受け取った名刺を握りしめて早足で歩き出した。

「そのまま放っておくと、あんたは呪殺されるかもしれないんだぞ」ットを持たせて、素振りを覚えさせた。朝ごはんを食べたあとは、ランニングが日課だった。それも、3歳、4歳の頃から1キロや2キロを走らせた。

梨田はずんずん歩き去っていく克則の背中に受け大声で叫んだ。歩く克則の隣にいる足のないセーラー服姿の女子高生の姿が映っていぺぺぺぺぺぺっぺぺぺぺぺぺぺぺぺっぺぺぺぺぺぺぺぺぺっぺぺぺぺぺぺぺぺぺっぺぺぺぺぺぺぺぺぺっぺぺぺぺみんなあ、よかったら食べてってえええええ


何だこれ? 一番最初の野球のシーンと繋がりがない! それ以前の問題として、もう文章がめちゃくちゃだ。かぎかっこの後に『ッ』を入れるなよ! 別々に書いていた文章を無理やりくっつけたのか? 校正とか校閲とかはまともに仕事してるのか? ていうかぺぺぺぺ言い過ぎだろ。

河野は大きなため息をつきながらプルーフを閉じた。著者は韮背にらせかんな。誰だ、韮背にらせかんなって。聞いたことがない。出版社は英心書店。最近、ゲームアプリの開発会社のカタコンブに買収されたとかで話題になっていた中堅規模の出版社だ。

今日は丸が休みの日だから、休憩室はキーボードのタイプ音がなく静かである。

「お疲れ様でーす」

店長の若林が入ってきた。七三分けでメガネという出立ちの、どこにでもいそうな見た目。

「あ、店長、お疲れ様です」

「河野くん、どう? ゆいおっぷ面白いでしょ? 売れるの間違い無いでしょ?」

若林は期待に満ち溢れた明るい表情で河野に感想を聞いてきた。あたかも「面白いのが当然」と言わんばかりの調子である。

おかしい。

普段、若林店長が本やプルーフの感想を河野に聞く時は、共感を必ずしも求めない。むしろ、率直な意見の方を求める。何故なら、若林自身が面白いと思っても、売れるかどうか疑問と確信が半分半分だからだ。勧められた河野が「面白い」と言えば、ポップを作ったり、多めに発注をかけたりとその本を売るための積極的な行動に出る。「つまらない」と言えばそのまま、その本に対するアクションは取らない。いわば、河野の感想が基準の一つになっているのだ。

だが、この『ゆいおっぷ』のプルーフは違う。何故か最初から「面白い」以外の感想が求められていない。今の若林店長の目の前には、「共感」する者以外はいらないのだ。

しかし、今の河野の頭の中を占める言葉は、「超ヤバイ! 本当に完成品か? よくこれを商品にしようと思ったな!」だ。だが、この言葉をこのまま若林店長に投げることはできない。どうする?

「いやあ、先の展開が全く読めないですね。異次元の発想です!」

結局、河野は折衷案をとった。面白いともつまらないともはっきり言わず、読んだ感想にあらん限りのオブラートを包みまくる。もはや包みすぎて、オブラート味だ。

「でしょ? 河野くんもそういうと思ったよ」

若林店長はオブラート味の感想に対して、本当に嬉しそうにニコニコしている。どうやら今の河野の言葉を「共感」ととったようだ。

若林店長の機嫌を損ねたとしても、今すぐ店をクビになることはない。このさしす書房セントラル矢戸東店はそこまでブラックじゃない。しかし、今回は賛同できないとかなり気まずくなりそうだった。

「いやあ、この本は当たりだな」

若林店長はスキップしながら、休憩室の隣にある店長室へ入っていった。こんなスキップする姿もありえない。普段は喜怒哀楽の表情の変化に乏しいのに。

変だ。すごく変だ。

河野はロッカーの中から薄手の紺のジャンパーを取り出し、喫煙所へ向かった。

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