第10話 そんなことって

「待って、なんで、誰それ」

 中土井は航の体を押し戻すと悲しそうな表情を見せた。


「今の人だれ、津村君と寄り添っていた人、そんな人がいたの」

「えーっと、落ち着いて、何を言ってるのか」

「だって、今、津村君と」


 本当は航にも、中土井が何を言っているかがわかっていた。航の横に寄り添う姫が、例によって後ろ姿しか見えないが、はっきり脳裏にうかんだのだ。


「俺と、誰が」

 航は白々しく後ろを振り返った見た。

「誰もいないよ」


 中土井は我に返ったようだ、そして唇をかんだ。

「そうだよね、ごめんね、わたし何を見たんだろう」


 中土井は訳が分からないという、戸惑いの表情をしている。

 言うべきか、とも思ったけれど、彼女が姫ではないことが決まった今、話をややこしくするだけかもしれない。


「うん、ごめんね」

 落ち込んだ顔の中土井がかわいくて、航はつい彼女を抱きしめてしまった。心が痛む。ほとんど勢いで抱いてしまったことが後ろめたいのだ。


 姫かどうかの確認を最初にすればよかったと後悔した。

 ただ、姫じゃないとわかったらやめれたか、そう聞かれたら言葉に詰まってしまう。


 こんな時はどうすればいいんだろう。中土井のことは好きだけれど、愛している、というほどではないらしい。

 下着を付け始めた中土井をぼんやりと見ながら、航はこれからどうするかを考えていた。


「津村君、今日はうれしかった、ありがとうね」

 駅の改札で別れる寸前に、中土井はどこか泣きだしそうな顔で言うとホームに向かって駆け出した。


 初めてのエッチの後だというのに、何となく気が重い。中土井に嘘をついたからに決まっている。明日からどんな顔をして会えばいいのだろう。

 駅から家までがやたらと遠いように感じる。ふいにスマホが鳴った。どうやらメールが着信したみたいだ。


『やっぱり、さっきの女性のことが気になります。津村君私に嘘ついたよね。確かに部屋には私たちしかいなかったけれど。あの気配は気のせいなんかじゃない、津村君のそばにはだれか女の子がいる』


 女の子の感は侮れないと航は思った。


『でも、津村君とそうなったことは後悔してないから、明日からはまた普通の友達として付きあってね。本当に大好きだったよ。その女の人とどうなったかいつか教えてね』


 急にあふれ出した涙で文字がぼやけた。いつか本当のことを話そう、航は中土井のやさしさが嬉しかった。

 同時になぜこんなことになったのか、確かめなくてはと気が付いた。これからも同じことを繰り返すのは嫌だった。


「やっちゃったんだ、気持ちよかった? ね、どうだった」

 先生は思いっきり食いついてきた。

「いいなあ、私もしたいなあ、ね、そこの君聞いているのか」

 

 絶対にふざけている、無性に腹立たしかった。

「姫の逆鱗に触れませんか、中土井とやっても姫は許してくれたみたいだけど、先生とじゃ絶対に」

「うん、私もそう思う。それが悔しい。あの子って昔から何しでかすか、わからないところがあるから」


「思念が流れ込むの、姫を探してますって。普通はないんだろうけどそういう関係になるとね。じゃないと姫も答えられないから」

「で姫じゃなかったら、今回みたいなことになると。先に行っておいてほしかったです」

「でもさ、そうしたら右胸に触れないでしょ、君は。遊ぶだけ遊んであ、違ったって振ろうとしたでしょ」


 それはないと思う、自分がそんな人間なら、今こんなに後悔するわけがないはずだ。

「今はね、でもさそのうち慣れるんだ、きっと。今日のこと心に刻み込まないとそのうちバチが当たるよ」

 

 そうかもしれない、でもそもそもは誰のせいなんだと言いたい。あんたも含めた前世のやつらのせいで。

 航は何となく釈然としない気持ちになった。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る