第7話 先生と姫は?

 その夜、航はうなされた。いや、うなされたというのとは違うかもしれない。夢の中にかなり怒っている女性が乱入してきたのだ。顔も姿もわからないけれど直観的に探し求める姫だと航は思った。


「早く私を探して。姉さんは昔からあなたに気があったんだから、私を忘れて浮気したら、許さない」

 姉さんってどういうことだ、先生は姫のなんなんだ、航がそうおもった瞬間に、あ、っという小さな声を上げ姫の気配が消えた。


「はい、細かいことを気にしない、おやすみー」

 一瞬だけ、唇に唇が触れる気配があった。先生の唇に違いがなかった。やたらと生々しい感触。


 思考は一発で性欲に変換され、先生の体とパンツの記憶が鮮明によみがえった。下半身に一気に血液が流れ込む。やばい寝不足になりそうだ。明日の体育は長距離走なのに、邪念を振り切って寝なきゃ。思えば思うほど眼がさえてきた。


 結局、航はあまり眠ることなく朝を迎えてしまった。

 航の通う高校は受験に向けての体力をつけるという名目で、二年生の後半から三年の一学期まで、三千メートルを走る授業が週一で組み込まれている。


 体育の授業は、みんながさぼれないようにあさイチ。トラックを十五周、ただでさえ楽しくない授業が、今日は本当につらく感じられた。


 午前中の授業はほぼ頭に入らない。寝落ちしないだけでも、自分のことをほめてもいい。それと同時に、何が何でも文句を言ってやらなきゃ、航は気が済まなかった。


「先生、昨日の夜の何だったんですか、姫と先生が姉妹ってどういうことですか」

 昼休み、校舎の屋上だ。きっとここでタバコを吸っていると思った航の推理はビンゴだった。

 しかしミニスカ、トレーナーの先生は、どう見ても不良高校生だ。街の中で同じことをやれば、まず間違いなく警察に声を掛けられるだろう。


「何の話、夢の話で文句つけられても、私、困っちゃう」

 何が困っちゃうだ、だいたい夜とは言ったが夢とは一言も言っていない。自供しているようなもんじゃないか。


「ち、しくじったぜ。ばれちゃあ、しかたがあるめえ。おぬしの言うとおりだ」

 だから、いったいいつの時代の話、歌舞伎じゃないんだし。

「姫は私の妹だった。私が魔術師の道を選んじゃったから、それが悲劇の始まり」

 先生は珍しくしおらしい表情を見せた。


「でも、あの子があなたを選んだから、素直に私のものになっていれば、こんなややこしいことにはならなかったんだよ。みんなあなたが」


 さっきの先生の言葉そのまま返してやりたい。

 いったい前世で何があったんだ、まったく覚えていないことで責められても、航にはどうしようもないことだ。


 なんでこんな面倒に巻き込まれた。まあ先生の言うことを信じるんなら、巻き込まれたのは先生の方かもしれない

「私から今は何も言えないよ、早くあの子を見つけて。でないと毎晩夢に出てくるかもよ、あの子、割とねちっこいから」


 どことなく釈然とはしないけれど、先生にも姫にも毎晩出てこられたらたぶん体が持たないに違いない。

「そういえば中土井、来るのは今日だよね。姫ならいいね」

 先生はすきを見て話題を変えた。


 話した覚えはないが、なぜか行動はすっかり知られているらしい。姫探しを断ったらどうなるのだろう。


「どうなるか、私もわからない、いやほんとに。運命に逆らうのは私でさえ怖い」

 先生の顔にはらしくない怯えがある。当然その顔を見た航に無視する度胸なんてあるわけがなかった。


「とりあえず、今日頑張ってね。はいこれ、プレゼント」

 先生は小さな紙箱をくれた。

「何があるかわからないでしょ、自分じゃ買えなさそうだし」

 じゃ、午後の授業始まるよ、先生は航に軽くキスをすると、そのまま背を向けて校舎内へと続く扉に向かって歩き出した。

 人生二回目のキスだ、そんなことよりこの箱は……。コンドーム、思わず取り落としそうになった。


「本当に津村だけなんだ」

 ドアの前で中土井はわずかに躊躇の色を見せた。薄手のカーディガンの下は黒のタンクトップ、ボトムはフレアのミニスカート。

 男子の部屋に来る格好としてはどうなんだろう。やっぱり誘われてるかも、いけると考えるのは航だけじゃないはずだ。






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