フェアリーのリネット ~リトル・リトル・ネイバーズ~

夜桜くらは

フェアリーのリネット

 私の店には、少し変わったお客さんが来る。ありがたいことに、常連の人はたくさんいるけれど、その中のひとりが、私にとってはちょっと特別だった。


 そのお客さん──リネットさんは、身長わずか16センチの女性なのだ。

 彼女は、『フェアリー』という種族の妖精だ。背中に生えた蝶のような羽で、自由に空を飛び回ることが出来る。また、魔法を使うことも出来るらしい。


 私たちが暮らす世界には、様々な種族が存在している。私の店にも、獣人や竜人など、多種多様な種族がやって来る。でも、彼女はその中でも、かなり珍しい部類に入るだろう。


 そんな彼女が私の店にやって来たのは、今からおよそ2ヶ月ほど前のことだった。

 その日は天気も良く、風も穏やかだった。私の店は雑貨屋なので、基本的にそれほど忙しくはない。お客さんが少ない日は、店内の掃除をしたり、在庫の確認をしたりして過ごすことが多かった。


 そんな時、ふと窓の外に、小さな影を見つけたのだ。最初は虫か鳥かと思ったのだけれど、よくよく目を凝らして見ると、それは人の形をしていた。そして、それが女性であることに気付いた。

 外から店内をのぞいていたのだろうか。彼女はしばらくの間、店の窓の前をうろうろしていた。やがて、意を決したように、お店の中に入って来た。


「いらっしゃいませ」


 私が声を掛けると、彼女はびくっと身体を震わせた。それから、恐る恐るといった様子で、私の顔を見た。


「……あの……ここは、何屋さんなのですか?」


 見た目通りの可愛らしい声で、彼女は言った。


「雑貨屋です。食器とか、アクセサリーとか、色々置いてますよ」


 私が答えると、彼女は興味深そうに店内を見回し始めた。


「わぁ……! 素敵なものがたくさんありますね!」


 そう言って、顔を輝かせる。どうやら、気に入ってもらえたようだ。私はほっと胸を撫で下ろした。


「良かったら、見て行ってください」


 そう言うと、彼女はこくりと頷いて商品棚の方へ飛んで行った。

 私はその間、カウンターの中で仕事をしながら、ちらちらと彼女の様子をうかがっていた。

 フェアリーは、非常に珍しい種族だ。私も実際に出会うのは初めてだったから、ついつい彼女に目を向けてしまう。


 そうしてしばらく見ていたのだが……その仕草のひとつひとつが、とても可愛らしかった。

 スプーンを鏡のように使って、自分の顔を見つめていたり。小瓶に入った香水の香りを、くんくんと嗅いでいたり。

 ネックレスのチェーンに羽が引っ掛かってしまい、絡まってわたわたしていた時は、慌てて駆け付けたものだ。幸い、すぐに外すことが出来たので、大事には至らなかったけれど。


 そうこうしているうちに、彼女が戻って来た。ミントグリーンのリボンがついた髪留めを、両手に抱えるようにして持っている。


「……あの、これ、いただけますか?」


 おずおずと尋ねてくる彼女に、私は笑顔で答えた。


「はい、もちろんです」


 会計を済ませ、品物を手渡すと、彼女は嬉しそうに微笑んだ。そして早速、その場で髪をまとめ、バレッタのように着けてくれた。正面から見ると、リボンが猫の耳のように見えて可愛らしい。


「ありがとうございます! 大事にしますね!」


 満面の笑みでそう言われ、私も嬉しくなった。この仕事をしていて、一番嬉しい瞬間かもしれない。

 その後、彼女は何度もお辞儀をしてから、店を出て行った。



 それ以来、彼女は頻繁に私の店を訪れるようになった。とは言っても、毎日というわけではない。週に1~2回くらいの頻度だろうか。訪れる時間はまちまちだけれど、必ず午後になってからだった。午前中は仕事があるのかもしれない。


 彼女の名前を知ったのも、この時だ。ちなみに、年齢は25歳らしい。外見からすると、もっと幼く見えるのだけれど、それは言わないでおいた。本人も気にしているようだったし。

 そんな理由もあって、私はあえて敬語を崩さなかった。自分の方が歳上だけど、リネットさんは小さくても大人の女性なのだから、失礼があってはいけないと思ったからだ。

 彼女もそれを察してくれたのか、あるいは単に気を遣っただけなのか、私に接してくれる時も丁寧な言葉遣いだった。


「私、都会に出てきたばかりなんです」


 ある日、リネットさんはそう言った。聞けば、故郷の森を出て、各地を転々としながら暮らしていたそうだ。


「ずっと森の中だけで生活していたので、他の場所のことは何も知らなくて……。だから、色々なものを見ることが出来て、すごく楽しいんです」


 目を輝かせて語る彼女を見て、私は思った。もしかしたら、この店に来たのも、何かの縁なのかもしれない、と。

 そして、せっかく知り合ったのだから、彼女には是非とも幸せになってもらいたいとも思った。

 故郷を離れて暮らす寂しさや不安は、私にも経験がある。だからこそ、彼女の力になりたいと思ったのだ。


「……用事がなくても、いつでも遊びに来てくださいね」


 私が言うと、彼女は驚いたように目を見開いた。


「え? でも……」


「遠慮しないでください。リネットさんが来てくれるなら、私も嬉しいですから」


 本心から出た言葉だった。それに気付いたのだろう。彼女は少し照れくさそうに笑った。


「ありがとう、ございます……!」


◆◆◆


 それから、私とリネットさんは、少しずつ仲良くなっていった。

 一緒にお茶をしたり、世間話をしたり。時には、ちょっとしたプレゼントを渡したりもした。と言っても、高価なものではなく、手作りの小物やお菓子といった程度のものだったけれど。

 それでも彼女は喜んでくれたし、毎回丁寧にお礼を言ってくれた。そんな彼女を見ていると、こちらまで幸せな気持ちになったものだ。


 また、お休みが合えば一緒に出掛けたりするようになった。買い物をしたり、食事に行ったり。気付けば、彼女と過ごす時間が私の楽しみになっていた。

 でも、小さなリネットさんにとっては、大きな負担になるのではないかと心配だった。何せ、人間の10分の1くらいしかないのだ。飛んで移動する彼女は、強い風などが吹いたら飛ばされてしまうかもしれないし、人混みに紛れたら見つけられなくなってしまうかもしれない。

 そんな私の懸念をよそに、リネットさんはいつも楽しそうに笑っていた。彼女にとっては、すべてが新鮮に映るのだろう。見ているこちらまで楽しくなってくるような笑顔を見せてくれるのだ。


「あなたといると、本当に楽しいです!」


 そう言ってもらえることが、私にとって何より嬉しかった。だから私は、リネットさんの無理の無い程度に付き合っていこうと決めた。彼女のペースで、ゆっくりと仲良くなっていけばいいと思ったのだ。



 また、出掛けるばかりでは疲れるだろうからと、時々は私の家に来てもらったりもした。

 初めて家に招いた時は緊張したが、彼女は物珍しそうに部屋の中を見回していた。そして、ソファの上のぬいぐるみに目を留めると、そちらへ飛んで行った。


「わあ……! 可愛いですね……!」


 目をキラキラさせて、そう言う彼女を見ていると、何だか幸せな気分になる。ぬいぐるみは子どもが抱えられるくらいの大きさだったが、リネットさんを前にすると、とても大きく見えた。


「ふふ……触っても良いですよ」


「本当ですか!? じゃあ……」


 遠慮がちに手を伸ばす彼女に、私は微笑みかけた。


「……どうですか?」


「ふわふわしてて気持ちいいです!」


「それは良かったです。……あ、ちょっとこう動いてもらって良いですか?」


 嬉しそうにはしゃぐ彼女を見ていて、ふと思いついたことがあった。

 私はリネットさんに移動をお願いして、スマホのカメラを起動した。角度を調整してからシャッターを切ると、なかなかいい感じの写真が撮れた。


「わぁ! 素敵です!!」


 それを見たリネットさんが歓声を上げる。私が見せた画面には、ぬいぐるみに抱えられるような体勢で、満面の笑みを浮かべる彼女が写っていた。


「えへへ……嬉しいです。……そうだ! 私からもお返しさせてください!」


 そう言うと、彼女はぬいぐるみに触れ、何やら魔法のようなものを使ったようだ。次の瞬間、ぬいぐるみの腕がピクリと動き、まるで生きているかのように動き出した。短い脚を動かして、こちらに向かって歩いてくる。


「わあっ!」


 突然の出来事に驚いているうちに、ぬいぐるみは私の周りをぐるぐると回り始めた。どうやら、踊っているつもりらしい。その愛らしさに、思わず笑みがこぼれた。


「ふふっ……あははっ……! リネットさん、すごいです!」


 私は興奮しながら言った。こうして魔法を実際に使うところを見るのは初めてだったので、余計に感動したのだ。


「喜んでもらえたなら、良かったです!」


 照れ笑いを浮かべながら言う彼女を見て、私はますます嬉しくなった。こんな素敵な友人が出来たことを、心の底から感謝したい気分だった。


◆◆◆


 そんなこんなで、今に至るというわけだ。あれからもリネットさんとは交流を続け、今やすっかり仲の良い友達になっている。今日は、リネットさんからお誘いを受けたので、久し振りに2人で出かけることになったのだ。

 待ち合わせ場所に着くと、既にリネットさんの姿があった。いつものミントグリーンの髪留めを着けているのを見て、自然と頬が緩むのを感じた。


「こんにちは、リネットさん」


 声をかけると、彼女はこちらを振り向いて笑った。羽をはためかせ、ふわふわと飛んでくる。


「お久しぶりですね! 元気でしたか?」


「はい、おかげさまで。リネットさんも変わりありませんか?」


「もちろんです!」


 そう言って胸を張る姿が可愛らしくて、私はつい笑ってしまった。彼女もまた、くすくすと笑う。それから私たちは、目的の喫茶店へと向かった。

 店に着いて席に着くと、注文を済ませる。しばらくして運ばれてきたケーキを食べながら、他愛もない話をする時間が、私は好きだった。


「そういえば、話って何でしょうか?」


 ケーキを食べ終え、一息ついたところで訊いてみる。すると、クッキーの最後のひとかけらを飲み込んだ後、リネットさんは言った。


「実は私……恋人が出来たんです」


「……! そうなんですか!」


 驚きつつも、素直に嬉しいと思った。もちろん、彼女が幸せになってくれることは喜ばしいのだが、それ以上に、自分の事のように喜んでいる自分がいることに気付いた。


「……おめでとうございます。どんな方なんですか?」


 そう尋ねると、彼女は頬を赤らめながらも話してくれた。相手は同い年の男性で、困っていたところを助けてくれたのだという。それで恋に落ちてしまったのか、と思うと微笑ましい気持ちになった。


「優しくて誠実な人なんです。それで、この間告白されて……お付き合いすることになりました。あなたには真っ先に伝えたくて……」


「そうだったんですか……良かったです。本当に、おめでとうございます」


 笑顔で祝福すると、彼女は照れくさそうにしながらも喜んでいた。

 それからも、色々な話を聞いた。何よりも衝撃的だったのは、彼女の相手が人間ではないということだ。聞けば、彼は小人なのだという。そして、シェアハウスで一緒に暮らしているということも。

 話を聞くうちに、私も会ってみたいと思うようになっていた。彼がどんな人物なのか興味があるし、何よりリネットさんが好きになった相手なのだから、きっと良い人だというのは想像がつくからだ。


「今度、紹介しますね」


 そう言って笑う彼女に、私も微笑み返した。


「楽しみにしています」


「ええ、ぜひ来てくださいね!」


 そうして、その日は別れた。家に帰る道すがら、私はこれからのことをあれこれ考えていた。

 リネットさんの恋人に会う日が楽しみだ。それに、シェアハウスか……他にも誰か住んでいるのかな? それならお菓子でも作って持っていこうかな……? なんて思いを巡らせながら、私は帰路についたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

フェアリーのリネット ~リトル・リトル・ネイバーズ~ 夜桜くらは @corone2121

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ