第2話
父親は、医師である。自身が優秀であることと、後継者にも同じことを求める立場にある。
ところが、政略結婚した相手とは、妻側に問題があって子供ができない。離婚も考えた。しかし、もともとが政略結婚である。妻の不妊は、子供の頃の病気が原因であるらしい。妻も医者の家の出だ。知らないはずもあるまい。色々の事を考えて、厄介払いされたのであろう。
「君は、家に残っていい。ただ、外で子供を作ることを許してほしい」
夫の言葉に、妻は頷くしかない。そうして、生まれたのが花澄子だ。
「この子は、花澄子。仙波花澄子だ」
ある日、赤ん坊を連れ帰り、妻に渡そうとした。妻は、微笑む。
「そうね。あなたの子供には違いないから、確かに仙波の子供だわ。でも」
全て言い切る前に、妻は手許に視線を戻した。子育てをする気などなかった。
結果的に、子育てには他者が介在することになる。
乳母を雇い、家政婦を雇い、家庭教師を雇う。奇妙なことに、戸籍上の母とは生活区画を分けられた。どうやら、母が言い出した訳ではなく、父が決めたことらしい。二人が母と娘でないのならば、わざわざ触れ合う必要もないと思い至ったのであろう。後に、家政婦の一人が実母らしいと知った花澄子はこれで良かったのだと自分に言い聞かせた。
花澄子は勉強のため、度々実母の故郷を訪れた。そこは古都であるが、ただ古臭いだけであった。それでも、年配者には寺社仏閣が魅力的に映るのだろう。しかし、小さな子供には退屈極まりなかった。そういう点で、勉強には最適の地だと父は考えたのであろう。そして、たまの休みにはいとこと遊ぶことを許された。花澄子がたっくんと呼ぶ男の子だ。
これから、ピアノの発表会でもあるのだろうか。
端的に、当時の花澄子の印象を表した言葉だ。たっくんは、花澄子の前髪が目を覆ったところを知らない。また、長い髪の毛はいつも丹念に編みあげられていた。花澄子は、襟のつかない服を持たないし、たまにリボンが胸元にないのを確認すると、ひどく間が抜けて見えた。今日は、随分、くだけた服装だけれど、それで大丈夫? お父さんに怒られやしないだろうか。そんな空想が頭の中を巡って、ちっとも遊びに集中できなかった。
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