兎のヒヨ

神逢坂鞠帆(かみをさか・まりほ)

第1話

 しばらく見ないうちに、随分、廃れたものだな。

 この人とは、まともに取り合うだけ無駄であろう。そう予感させる。

 久方振りの再会。

 大学生になったばかりのいとこ。一方、こちらは中学生。これだけでも、話が盛り上がりそうもない。表には、満開の桜。影が差す、古臭い一軒家。なんでも空き家対策らしく、随分家賃がお安いらしい。だからと言って、自分がこの家に住みたいかと言われれば、それはもちろん否定せざるを得ない。これが、世間一般の若者の意見だろう。ぎいぎいなるドアを開け放ったまま、かたまっているいとこ。眉間にしわを寄せて、値踏みをしている。それを背にして、桜の枝を見上げる。

「あなた、誰だっけ?」

「忘れちゃった?」

 唸り声が聞こえる。

 悩め、悩め。少しくらい刺激を与えてやったほうが、いいに違いない。

「あ」

 声が漏れる。

「たっくん」

 振り返り、白い歯を見せる。

 部屋は、想像以上に広かった。延々と、畳と障子、ふすまなどで区切られた空間が広がっている。そして、もれなくほこりくさい。

「ねえ、家広すぎない? 花澄子かすみこ、一人なのに」

「私、絵を描くのよ。油絵。それで、結構、場所をとる。それに」

 白いワンピースに、蒼いパーカーをはおった背中。

「私、一人でもなくってよ」

「え?」

 ほこりに続き、油の匂い。そして、もっと生臭いもの。

「うさぎ」

「そう。一軒家でなくては、動物なんて飼えないもの」

 うさぎの入ったケージを抱き、至福の笑みを見せる。こちらは、納得の吐息。

「それに、古い家だから少しくらい汚してもかまわないって。ね、いい物件でしょう」

「ま、そうだね」

 しゃがみ、ケージに手を置く。黄土色、というかベージュか。耳がたれている。

「このうさぎ、なんていうの」

「ぴょんたん」

 舌打ちをする。

「そうでなくて」

「種類なら知らないよ。実家の近くのおじさんがくれたのだから」

 無頓着きわまりない。

「ぴょんたん。ぴょんたんか。まあ、いいんじゃない」

「いひひ」

 いとこは、上機嫌であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る