[3]

 ナースステーションへ到着した舞の目の前に、困惑した様子の沙織が立っていた。

「沙織」

声をかけた舞に沙織が気づく。

「舞・・・」

舞が沙織に歩み寄った。

「どういうこと?ねえ、犯人って」

「私にもわかんない」

沙織が惑っていると、猪瀬を見つけた舞が近寄り訊いた。

「なんで沙織が犯人なんですか!証拠はあるんですか?」

問いつめる舞に、猪瀬が言った。

「たった今、ウチに匿名でタレコミの電話があったんだよ。彼女がガイシャにハラスメント行為を度々受けてて、その恨みから殺したんじゃないかって。それに、彼女がガイシャのカードキーを持ってるのを見たってな」

「匿名ですよね。そんな誰かわからない人の言うこと信じるんですか」

舞は強く抗議した。

「俺らだって完全に信用しちゃいないさ。けど念のためだ。現にガイシャは、周囲から敵視される人物だったそうだからな」

そのとき、ナースステーションの奥から、小野が手提げの紙袋を持って現れた。

「ありました」

猪瀬が紙袋の中を見る。中には金髪のロングヘアーのウィッグと、登山用のロープが入っていた。白手袋をはめた猪瀬が、それらを取り出して検めた。

「どこにあった?」

訊いた猪瀬に、小野が沙織を指した。

「彼女のナースカートの下です」

「それは私のカートの上に置いてあって、誰かの忘れ物かと思ったんで、後で警備室に届けようと」

沙織は事情を話したが、猪瀬と小野が訝しい視線を向ける。

「橘さん、お手数ですが署までご同行願えますか?」

猪瀬はそう言うと、小野に目配せした。

「私じゃありません!」

沙織が半泣きで主張した。舞も加勢し、弁護に入る。

「犯人だったら、すぐ見つかる場所に証拠なんか残さないでしょ。ちょっと考えればわかることじゃないですか」

「だから、念のためだ!」

猪瀬が怒鳴った。それでも舞は怯まない。

「知ってますよね、現場にあった足紋が、女性の遺体の足紋と一致したって。あれはどうなんです?その謎がまだはっきりしてないでしょ」

「あれは・・、なんだ・・。なんかトリックでも使ったんだろ」

投げやりに言った猪瀬の言葉に、いつの間にかその場にいた勇が同意を示す。

「僕もそう思いますよ」

「鴨志田さんまで沙織のこと疑ってるんですか」

舞が目じりをつり上げる。

「勘違いしないように。僕はあくまでこの事件には、ある種のトリックが隠されていると考えただけで、橘さんが犯人だとは言っていません」

勇の答えに、舞の表情が変わる。

「それじゃあ、鴨志田さんは犯人知ってるんですか?」

訊ねた舞に向かって、勇はうなずいた。

「見当はついています。あとはあることが実証できれば、詳しく説明します」

「ケッ、勝手に推理してろ」

吐き捨てた猪瀬は小野と共に、沙織を連れ立ってナースステーションを後にした。

「鴨志田さんお願いします。協力してください。沙織の嫌疑、晴らしたいんです」

頼れるかどうかはわからない。しかし、今は勇しかいない。この段階で自分だけでは自信がない。舞は頭を下げた。

「確かめたいことがあります。舞さん、ついて来てください」

意思を強めた勇が歩き出す。舞もその後を追った。


 舞と勇が訪れたのは、病院に隣接する研究棟だった。

「先ほども申しましたが、作ろうと思えば作れるんですね?」

勇は男性研究員の服部はっとりに訊ねた。

「まあ、できなくはないですが、企業の認証システムで使うのは不可能ですよ。ああいうのには、人が持つ誘電率ゆうでんりつってのを測定するんで、それと異なる物質だと反応しないんです」

「だとしても、複製自体は可能?」

「ええ。それなりの知識と技術があれば」

「セキュリティを突破するためではなく、ただ、同一人物とごまかしたいだけならばできると?」

服部がうなずく。

「はい」

さらに勇は質問した。

「それをあの人が作っていた?」

「ですね。細かいことまでは聞いてませんけど、なんか実験医学に関することとか言ってました。でも、なんであんな手の込んだ物作るのか、なんの実験に使うのかなって思ってました」


 舞と勇は病院の廊下を並んで歩いていた。

「・・・ということは鴨志田さん、犯人はそれを使って遺体のふりをしたってことですか?」

勇の種明かしを聞いた舞が訊いた。

「はい。先ほど服部さんが、手が込んでいるとおっしゃっていましたが、この犯行もかなり手が込んでいます。ここまでするほど、犯人は被害者を恨んでいたのでしょう」

そこで勇はひとつ息を吐いた。

「本当に遺体が歩いていたのならば、小説のネタとして使えたのですが。ちょっと残念です」

「不謹慎ですよ」

舞が勇を諫めた。

「失礼。もちろん冗談です」

「冗談でも不謹慎です。で、犯人は誰なんですか?」

訊ねた舞に、勇が足を止め、人差し指を立てる。

「教えますけど、舞さんにひとつやってほしいことがあります」

勇が舞に申し出たところで、看護師の志津が通りかかる。

「あっ、ちょっと教えていただきたいことが」

志津を見た勇が声をかけた。

「なんでしょう?」

「この病院に勤務されている方の中に、車で通勤されている方はいらっしゃいますか?」

勇の問いに、志津は笑顔で答えた。

「ああ。この病院、よほどの理由がない限り、車での通勤は極力しないようにって院長が通達してるんです。患者さんが利用する駐車スペースを少しでも空けておきたいからと。なので、関係者で車通勤してる人はいないと思います。でも・・、亡くなった方にこういうこと言うのもなんですが、土屋先生は反対されていましたよ」

「なるほど。ありがとうございます」

礼を述べた勇に、志津が一礼して去っていくと、舞が問いかける。

「なんであんなこと訊いたんですか?」

「車に隠すという手はないってことですか・・・」

舞の言葉を聞き流し、勇はひとりうなずいた。


 舞と勇は病院内の更衣室にいた。数台のロッカーが並ぶ室内で、舞は白手袋をはめて、一台のロッカーの中を漁っていた。勇はというと、更衣室の前で手を後ろに組んで黙って待っている。

「令状もなしにこんなことして大丈夫なんですかー」

舞が勇に向かって声を張った。

「病院長の同意は得ています」

勇も張り返した。

「ほんとにあんのかなー。もう捨てられてんじゃないの」

舞が呟くと、距離的にその呟きが聞こえていないはずなのに、勇が答えた。

「病院内に捜査が入るのは予想済みでしょう。ですが看護師さんに訊いたところ、昨日は緊急手術があったそうで、そのすぐあとに遺体が発見されました。ですので、廃棄する余裕はなかったはずです。かといって、あれだけの物をこれから廃棄しようとすれば、病院関係者や警察が見つけてしまう可能性があります。しかもあれは、自分が犯人だという証拠になり得る物です。持ち帰ることもできない今の状況を考えると、一番隠しやすいのはここでしょう」

勇が話していると、舞がロッカーの奥に押し込められている二つに折られた紙袋を見つけた。その紙袋はナースステーションで見つかった紙袋と一緒だった。

「これかー?」

腕を伸ばし、紙袋を手に取った舞が、中身を見て声を上げた。

「あった。ありましたー!」

舞が小走りで更衣室を出ると、待っていた勇に紙袋の中身を見せた。

「やはりありましたか」

勇は舞に申し出た。

「舞さん、至急猪瀬さんたちを呼んでください。僕は本人を呼んできます」

「はい!」

舞がスマートフォンを取り出す。勇は足を踏み出し、歩いて行った。


 窓に映る夕陽が室内を照らしている病院の小会議室。そこには舞と勇、猪瀬と小野の四人がいた。

「取り調べ中に呼び出しやがって・・。それで、犯人がわかったって?橘沙織じゃないのか?」

猪瀬が口火を切ると、舞が断言する。

「はい。沙織じゃありません」

「だったら誰?」

小野が訊いた。

「これから来ます」

舞が答えた。猪瀬と小野は怪訝な面持ちで舞と勇を見た。

「猪瀬さん、ナースステーションで見つかったロープ。殺害に使われた凶器でしたか?」

問いかけた勇に、猪瀬はそっぽを向いて応じない。代わりに小野が答えた。

「はい。鑑定したら凶器と断定されました。被害者以外の指紋は付着してません」

「要らねえことまで話すな!」

猪瀬が小野にがなり立てているところへ、ドアを開けて勇が呼び出した人物が入ってきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る