[2]

 舞と勇、猪瀬と小野の四人は、女性看護師の関根志津せきねしづの案内で、地下一階の霊安室に入った。

「この方です」

志津が遺体に被せてある白い布をめくった。その遺体は若い女で、防犯カメラに映り込んだ人物と同じ金髪のロングヘアーをしていた。

「病院内で現在、金髪の女性はこの方だけですので」

話した志津に、猪瀬が訊いた。

「女性の名前は?」

梅原杏奈うめむらあんなさんです。美容師の専門学校に通う学生さんだと聞いております」

志津が答えると、次に舞が問う。

「死因は?」

「市販薬を過剰に摂取したことによる中毒死です」

「オーバードーズってやつか・・・」

猪瀬が顔に憂色を浮かべる。

「亡くなったのはいつですか?」

舞が続けて志津に訊ねる。

「おとといです。自宅で倒れているのをご友人の方が発見して通報したんですが、救急隊員が来たときには、すでに死亡していたそうです。この病院では本来、霊安室の利用は三時間までと決まっているのですが、ご遺族の方が遠方におられていまして、こちらに着くまでの間、特別に安置しています」

志津が説明していると、勇が白い布をめくって足を見た。

「なにしてんだよ!」

猪瀬が怒鳴った。

「裸足ですね」

勇がポツリと言って案を持ちかけた。

「この遺体の足紋と現場にあった足紋、照合してもらいましょうか」

「そうですよ!映像に映ってた人がほんとにこの人なのか、確かめないと」

舞は勇の考えに賛同した。

「必要あんのかよ。それ」

猪瀬が気だるそうに返事をした。

「必要だと思います。だって、気になるじゃないですか」

小野も推す発言をした。

「ああそうか、そんなにやりたいなら勝手にやれ」

味方がいなくなった猪瀬が、手を払いながら投げやりに答えた。

「私、沢渡さん連れてきます」

舞は慌ただしく霊安室を飛び出していった。


 沢渡が足紋採取を終えたあと、捜査一課のふたりと別れた舞と勇は、遺体の第一発見者である看護師から話を訊くため、ナースステーションに立ち寄った。

「あの、遺体を発見した方はいらっしゃいますか?」

警察手帳を掲げて舞が訊ねると、応対した看護師がその第一発見者を呼びに行った。時を置かずに女性看護師の橘沙織たちばなさおりがひとりやってきた。

「あれ、舞?」

ポニーテールの若く優しそうな印象を与える沙織が、舞の顔を見て言った。

「え!?沙織?」

舞が驚きの表情を見せた。

「沙織だー」

「舞もめっちゃ久しぶり」

ふたりは両手を繋いでキャッキャッと笑い合った。

「中学卒業して以来だから・・、十一年ぶり?」

沙織が思い返すと、舞がうなずいた。

「そうだね。でもまさか、ここで会うなんて」

「お互い、受験やら、就職活動やらで、いつの間にか連絡取らなくなっちゃってたからね」

「確かに。なんかごめんね。友達なのに」

舞は申し訳なく謝った。

「ううん。いいの、いいの。私も同じだもん」

沙織は気にするなとばかりに首を振ると、舞に訊ねた。

「それより、先輩が警察の人が来てるって言ってたけど、もしかして舞が?」

「うん。今、刑事やってる」

舞が警察手帳を開く。

「へえー、舞が刑事ねー。あっ、そうだ。舞って前にテレビ出てたでしょ」

回想した沙織が舞を指差す。

「あー、その話はやめて。私あれからすっごい冷たい目で見られたの」

舞は嫌そうに手を横に振った。

「沙織こそ、夢叶ったんだ」

笑顔に戻った舞が、沙織が着ている看護師のユニフォームを見て言った。

「まあ、叶ったちゃー叶ったんだけど、理想と現実のギャップは大きかったね。こんなにハードワークとは思わなかった」

沙織が感慨深い声を出した。

「そっか。沙織も苦労してるんだ」

再会したふたりが話に花を咲かせている様子を、黙って横目で見ていた勇が口を挟んだ。

「ご友人ですか?」

「え?は、はい」

勇の存在をつい忘れていた舞が、沙織を紹介した。

「私の小さい頃からの友達で、橘沙織さんです」

「鴨志田です」

一礼をした勇に、沙織も礼を返した。

「遺体発見時の状況をお訊きしたいのですが」

「それは私が訊きますから」

問いかけた勇を遮って、舞は上着から手帳とペンを取り出した。

「話してくれる?」

舞が沙織に聴取を始めた。

「今日の朝、外科の佐伯さえき先生がミーティングに土屋先生が来ないから、誰か見て来てくれって言ったから、私が部長室に行ったの。そしたら倒れてる土屋先生を見つけて」

そこで舞が引っかかった。

「ん?沙織、ミーティングって外科部長と看護部長だけじゃなかったの?」

沙織は首を振った。

「違う。ほかにも外科の先生が同席してた。その佐伯先生と、三宅みやけって先生。で、土屋先生なんだけど、呼吸してなかったし、検脈したら脈拍もなかったから、急いでここに戻ってそのこと話したの。すぐに佐伯先生と三宅先生が部長室に向かって行ったわ。殺されたって聞いたのは、警察が来てからよ」

「佐伯と三宅って医者は今、どこにいるの?話訊きたいんだけど」

「今だと多分、外科の医局にいるんじゃない?」

「わかった。ありがとね」

舞が礼を述べたところで、勇が沙織にひとつ質問した。

「僕からもいいですか。橘さんが遺体を発見した際、部屋の中にカードのような物は見当たりませんでしたか?」

沙織は一旦視線を上げると答えた。

「ちょっとわかりません。土屋先生にばかり目が向いていたので、周りがどうなってかまでは・・・」

「そうですか。ありがとうございます」


 舞と勇は、次に外科の医局を訪ねた。外科の医師、佐伯由美子ゆみこと三宅隆一りゅういちに話を訊くためである。由美子はミディアムヘアのエリート然とした雰囲気の清潔感のある女性医師で、対して三宅は白衣をだらしなく着崩し、髪の毛には寝癖が残っている。どうやら外見には頓着しないタイプの男性医師だった。医師である以外の共通点を挙げるとすれば、ふたりともスラッとした細身であるということだった。

「私が死亡を確認しました。警察に通報したのも私です。首に索条痕が残っていたので」

三宅が頭を掻きながら話した。

「被害者に恨みを持っている人なんていますか?」

舞が訊ねると、三宅が無言で由美子の方を向く。

「なんで私を見るんですか!」

由美子が声を上げた。

「佐伯先生、前から土屋部長にモラハラ受けてたんでしょ」

「三宅先生こそ、自分が書いた論文、部長に盗られたって怒ってたじゃないですか」

「あのー、喧嘩になっちゃうんでやめてもらえません?」

言い合うふたりの間に、舞がやんわりと仲裁に入った。

「私はやってませんからね。ほんとに」

由美子は開いた両手を前に出して、舞と勇の前で訴えた。

「でも、部長を恨んでるって人は大勢いると思いますよ。あの人ワンマンつーか、傲岸不遜ごうがんふそんなとこあったから。院長も見下してたみたいだし」

そう言った三宅は渋い顔になった。


 聴取を終えた舞が勇に訊いた。

「私は署に戻ります。鴨志田さんはどうします?」

「僕はもう少しここにいます。ちょっと調べたいことがあるので」

「そうですか」

舞は勇を残して、病院を辞した。


 一度羽華警察署に戻った舞はひとり、鑑識係を訪れ、沢渡の報告を聞いていた。

「現場から犯人らしき指紋は検出されなかった。だけど足紋なんだがな、さっきあの女性の遺体から採取した足紋と一致したぞ。現場や付近の廊下にもわずかに付着してた」

沢渡から話に、舞が思案顔になる。

「じゃあ・・、ほんとに遺体が現場に向かって歩いて、被害者を殺害したってことですか?」

「それはわからん。だが、一課の方は犯人の目星をつけたみたいだぞ」

「え?誰です?」

「看護師だそうだ。たしか、橘とか言う看護師らしい。今一課の連中が病院に行ってる」

その名前を聞いた舞は驚き、再び青峰病院へ急行した。


 舞がナースステーションへと廊下を走っている途中、勇とばったり出くわした。

「鴨志田さん、まだいたんですか」

「病院の散策がてら、病院長から話を訊いていました。舞さんこそどうしたんです?病院内は走っちゃ危険ですし、迷惑ですよ」

冷静に答える勇に、それどころではない舞は、焦燥感に駆られながらも言った。

「沙織が連行されそうなんです!」

勇の注意を無視して、舞は再び走り出した。気になった勇は足早にその後を追った。

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