[4]

 舞がいくつか聞き取りを行う。

「実はこの社内に金庫があって、中に多額の現金が入っているという情報を得たんですが、本当ですか?」

「はい」

長谷川はうなずいた。

「ひょっとしてそのお金、脱税したお金ですか?」

「はい・・・」

再び長谷川はうなずいた。

「そのことを従業員の方は?」

「知りません。私が自発的にやっていたので」

「でも、事務の方、東さんは気づいていたのでは」

「いえ。税に関する書類は私ひとりが処理していたので、気づいてはいないはずです」

舞が聴取していると、勇が長谷川に訊いた。

「その金庫、どこにありますか?」

「あそこです」

長谷川は自席の後ろにあるキャビネットを指した。

「よろしければ、見せていただくことは可能でしょうか?」

「わかりました」

立ち上がった長谷川は、自分の机の上に置いてある青いキーケースを取ってキャビネットへ向かう。舞と勇もついて行った。長谷川がケースにあるフックに取り付けられた数本の鍵から一本を出すと、しゃがんで鍵穴に入れた。

「施錠されているんですね」

勇の問いに長谷川が答える。

「はい。この際だから白状しますけど、金庫は自宅にもうひとつあって、現金を半分ずつ入れて保管しているんです」

長谷川が開錠して引き戸を開けると、テンキー式の頑丈そうな金庫が入っていた。そこで舞が質問をした。

「事件当日はこの金庫の中身、無事だったんですか?」

「ええ。一銭も盗られていません」

勇が長谷川の持っているキーケースを指した。

「長谷川さんは鍵を全てこのケースに収納されているんですか?」

「はい。そうです」

さらに勇が長谷川に訊いた。

「ケースはいつもどこにしまっているんですか?」

「仕事のときは、いつも机の上に。それ以外はポケットに入れてますね。ああ、でも昼休みで外に出たとき、つい机に置きっぱなしにしてしまうことがあります。この前も休憩が終わってここに戻ってきたら、これがなくなってて、どこ探してもなくて、社員に訊いても知らないって言うし、すごく焦りましたよ。でも、次の日の夕方ごろに机の上に置いてあって、鍵も全部あったので、誰かが見つけて置いといてくれたんだろうと思ったんで、安心感からか、それ以上気にすることはありませんでした」

「なくなったのはいつごろですか?」

舞が質問した。

「あれはたしか、事件が起きる三日前でした。それと今言いましたが、これが戻ってきたとき、鍵は全部あったんですけど、順番がばらばらでした」

「長谷川さんがキーケースを所持していること、あと、それを机の上に置いていることは、ほかの従業員の方たちはご存じなんですか?」

今度は勇が訊ねた。

「ええ、皆知ってますよ。私が皆に、鍵はひとまとめにして、すぐわかる所に置くなり、しまうなりしておけって進言してるくらいですから」

それを聞いた勇の眼鏡のレンズが光った。

「長谷川さん、ひとつ見ていただきたい物が。舞さん、電話で頼んでおいた遺留品、お借りできましたか?」

勇が舞の顔を見た。

「はい。沢渡さんに頼み込んでやっと」

舞がリュックからビニール製の証拠品袋を取り出す。中には被害者が手に持っていた鍵の束が入っていた。勇が長谷川に訊ねる。

「この鍵なんですが、心当たりありますか?」

机の上に置かれた遺留品をまじまじと見て、長谷川が呟いた。

「会社の物じゃないですけど・・。あれえ、似てるなあ・・・」

長谷川はキーケースに取り付けられた数本の鍵と見比べると、ふたりに言った。

「確信はありませんが、これ、全部私が持ってる鍵の形に似てます」

合点がいった顔になった勇が続けて訊いた。

「長谷川さん、従業員の顔写真、できれば全員が写っている写真などはありますか?」

「それなら、去年の忘年会のときに撮った写真がスマホに保存してあります」

長谷川はスマートフォンを出して、その集合写真を見せた。

「この写真のデータ、僕のスマホに送ってもらえますか?今アドレスを教えますので」

勇もスマートフォンを取り出した。


 工務店を辞した舞と勇が覆面パトカーの前に着くと、舞が言った。

「長谷川さん、ちゃんと脱税したこと認めますかね」

「刑事である舞さんはともかく、こんな僕にも話してくれたんです。あの人を信じましょう」

勇はスマートフォンを操作しながら答えた。

「鴨志田さん、ちょっと訊いてもいいですか?」

怪しんだ面持ちの舞が、覆面パトカーのルーフに片手を置く。

「なんですか?」

スマートフォンを上着の内ポケットにしまった勇が舞を見る。

「まさか、もう犯人知ってるとか」

「はい。おおむね」

勇に面と向かってあっさり返された舞は、ルーフを叩いて仰け反った。

「まただ!わかってるなら私に教えてくださいよ!署長の命令とはいえ、一応パートナーなんですよ私。そういう秘密主義的なとこ、やめません?」

「僕が推測したことをひとつずつ確認していきたかったので」

「教えてくださいよ。誰なんです?」

関心を示す舞に、勇は申し入れをした。

「教える代わりに、舞さんにやってほしいことがあります。先ほどの写真、舞さんのスマホに送りましたので、ここの付近にある合鍵を作製してくれる店舗を回って、写真に写っている人物の中に、複数の鍵を持ち込んできた者がいなかったか聞き込みしてくれませんか?僕は車を持っていないので時間がかかってしまいます。それに、これからおやっさんの手伝いをしなければなりません。お願いできますか」

勇の言うおやっさんとは、勇が居候している写真館<ハイカラ>の館主、黒木吾郎くろきごろうのことである。

「わかりました」

応えた舞は、自分のスマートフォンを見て、写真のデータが受信されているのを確かめた。

「ということですので、先に写真館まで送ってくれませんか?話はその途中で」

「いいですよ」

ふたりが覆面パトカーに乗り込むと、運転席に座った舞が出過ぎたひと言を発した。

不躾ぶしつけですけど鴨志田さん、友達いないでしょ」

「親友と呼べる人がいたのは、中学生のころまでですかねえ・・・」

助手席にいる勇はしんみりと返事をした。


 勇を写真館まで送ったあと、舞は覆面パトカーを運転しながら、合鍵を作製する店舗を一軒ずつ回った。そして四軒目の鍵屋で聞き込んだところ、そこの店主が重要な証言をした。

「あー、いた。五本も持ってきて、明日中に仕上げてくれって無茶言ってきたお客さん。そういうの珍しいから覚えてるよ」

職人気質といった風貌の店主が答えた。

「それはいつですか?」

「四、五日前だったかな」

「この鍵ですか?」

証拠品袋に入った鍵の束を、舞がカウンターに置いた。店主はそれを熟視して言った。

「・・・多分これだね。ひとつ刻みが特徴的なのがあるんだよ」

「その客、この写真の中にいますか?」

舞はスマートフォンに先ほど勇から贈られた集合写真を表示させて示した。

「えーと・・、あっ、この人だ。こっちも商売だからさ、注文どおりにしたよ。でもあの日は大変だったなあ」

店主の指差した人物を見た舞が呟く。

「この人が・・。鴨志田さんの言うとおりだった・・・」


 翌日、事件現場となった工務店の作業場に、舞と勇が立っていた。ふたりの正面には、長谷川をはじめ、田中、福間、多江の四人。傍らには、猪瀬と小野がいた。

「獅央署長からの頼みで来たけどなあ、こっちは忙しいんだよ。なんで俺が行かなきゃいけねえんだよ」

猪瀬が憎まれ口を叩く。

「前にも言いましたけど、名指ししたわけではありません。文句なら獅央さんに言ってください」

手を後ろに組んだ勇は反論した。

「で、犯人がわかったって?誰なんだよ」

猪瀬が訊くと、勇が血痕の四本線が付着した角材を手のひらで示す。

「現場保存はきちんとされています。置かれているこの角材も遺体発見時のまま」

歩き出した勇は、近くにあるもうひとつのサイズが同じ角材の前に立った。

「裏の廃材置き場で見つけました。これに、血痕と思しき文字でなにか書かれています」

勇が指を差す。角材には、赤い線が縦横に引かれており、暗号じみていて判別できなかった。

「舞さん、手伝ってくれますか?」

「はい」

舞と勇のふたりが、その角材を血痕の線が付いた角材まで移動させると、上に重ねて、線と線を合致させた。すると、定規で書いたような直線と直角の赤い文字で≪タナカ≫と読むことができた。

「犯人はこの人です」

勇が言い放つと、皆の視線が一斉に田中の方へ向く。

「ちょっと!それだけで俺が犯人なんて。誰かが俺に罪を被せようと書いたかもしれないでしょ!」

田中が強く抗議した。

「その可能性も考えました。ですが、被害者の谷山さんはもうひとつメッセージを残していたんです。舞さん」

舞がリュックから、鍵の束が入った証拠品袋を取り出して掲げた。

「あっ!遺留品。勝手に持ってきちゃったの?マズいでしょ」

小野が弱った声を出した。

「勝手にじゃありません。ちゃんと鑑識さんの了解を得ています」

舞が応酬すると、勇が説明する。

「この鍵、長谷川さんに見ていただいたところ、自分の持っている鍵とよく似ているとおっしゃっていたので、もしやと考え、舞さんに付近の合鍵を取り扱っている店舗を回ってもらいましたら、田中さん、あなたが複数の鍵を持ち込んで、合鍵を作製するよう依頼していたお店が見つかりました。珍しいお客さんだったようで、店主の方もあなたを記憶されていたそうです」

勇は自分のズボンの左ポケットを叩いた。

「遺体のポケットに血が付着していました。おそらく谷山さんは、これをそこから取り出し、握りしめることによって、田中さんが犯人だということを示唆していたと、僕は思います」

そこで勇は少し話題を変えた。

「田中さん、確認なんですが、その靴はいつも履いてらっしゃるんですよね」

「ええ」

「盗まれたり、誰かが間違えて履いて行ってしまったことは?」

「ありませんよ」

二、三度うなずいた勇は続けて訊いた。

「ということは、あなた以外でその靴を履いた人間はいない、ということよろしいですか」

「当たり前でしょ。俺のなんだから」

田中には、勇の話していることの意図が読めない。

「わかりました」

勇はそう言うと、人差し指を立てた。

「でしたらもうひとつ、田中さんが事件現場にいたという根拠になりえるものがあります」

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