[2]

 ひととおりアリバイを訊いたところで、田中が被害者である谷山についての証言をした。

「刑事さん、実は谷山、ここで働く前は半グレにいたんですよ」

「田中!」

長谷川が咎めると、田中が反論の意を示す。

「いいじゃないですか。どうせ調べればわかることなんですから。今言っちゃった方がいいでしょう」

「詳しく聞かせてください」

小野がペンと手帳を構えて身を乗り出す。

「「スカルドッグ」っていうグループなんですけど、最近あいつ、そこのメンバーらしい男と話してるのを見たんですよ」

「羽華町で幅利かせてる半グレだな」

猪瀬が指で顎を摩った。

「なんでスカルドックのメンバーだってわかるんです?」

舞が田中に問いかける。

「奴ら、体のどこかに骨をクロスさせたデザインのタトゥー入れてるんですよ。ほら、海賊のマークみたいな。俺が見た男にもそのタトゥーがあったんで」

「なに話してたかわかりますか?」

今度は小野が訊いた。

「なんか男が『またグループに戻って来ないか』っていうような誘ってる感じの話をしてました。あと、『誰もいないとこで見張りすんのは退屈だけど楽だから』ってことも。谷山が乗り気だったかはわかりませんけど、その関係でトラブルにでもなったんじゃないでしょうか」

それを聞いて猪瀬が呟く。

「半グレ・・。まずそこから当たってみるか・・・」

なにかに思い当たり、姿勢を戻した勇が聴取の輪に入る。

「長谷川さん、僕からも質問があるのですが」

「お前は訊くな!」

勇の問いを遮り、猪瀬は一喝した。

「わかりました。では後ほど伺います」

「伺うな。お前は引っ込んでろ!」

猪瀬が苛立たしげに言っているところで、手帳に証言内容をメモしていた舞は、ボールペンのノック部分をカチカチ鳴らしていた。

「あれ?インク出ない」

舞がボールペンを上下に振ると、誤って振り落としてしまった。田中と福間の足元にボールペンが転げ落ちる。勇がしゃがんでそれを拾った。一瞬、勇の身体からだが止まるが、すぐに立ち上がり、ボールペンを舞に返した。

「すみません」

舞が謝すると、勇は上着の内ポケットから万年筆を取り出した。

「これ、お貸しします。使ってください」

「どうも」

差し出された万年筆を舞は受け取った。すると、勇は田中と福間のもとへ行ってしゃがみ込み、ふたりが履いている白い靴に顔を近づけて、しげしげと見た。

「これ、安全靴ですか?仕事の際は、いつもこれを履いてらっしゃるんでしょうか?」

「はい、そうですが」

問いかけた勇に、福間が簡潔に言ってうなずいた。

「では仕事以外、つまり普段でも履いてらっしゃいますか?」

勇の更なる問いに、今度は田中が答えた。

「俺はそうしてます。履き慣れた靴の方が作業しやすいんで」

続く福間の答えは違った。

「俺はプライベート用と分けてるんで、作業のときはここで履き替えてます」

聴取の邪魔と感じた猪瀬が、勇に怒声を浴びせる。

「おい!つまんねえこと訊くなよ。引っ込んでろっつっただろ!」

「はいはい」

おとなしく後ろへ引き下がった勇を、猪瀬は横目で見ると、聴取していた四人に告げた。

「申し訳ありませんが、しばらくここの営業は控えてもらいます」

「そんな!?困ります!三年前から経営状態が良くなくて、皆生活が苦しい中でも頑張っているのに、営業できないなんてなったら、会社が潰れてしまいます」

長谷川は当惑した表情になった。

「できるだけ早く再開できるよう、こちらも尽力しますので、どうかご協力ください」

猪瀬は頭を下げた。小野も深く腰を折る。

「・・・なら、せめて事務作業だけでもさせてください。取引先にもその旨伝えて日程などを調整しないといけないので。お願いします」

頼み込む長谷川に、猪瀬と小野は顔を見合わせた。

「わかりました」

猪瀬は長谷川の方を向いてうなずいた。

「あの、もうよろしいですか?すぐに先方に連絡しないと」

慌てた様子で長谷川が腕時計を見ていると、猪瀬が言った。

「はい。またお話をお聞きするかもしれませんが、今日のところはこれで結構です」


 舞と勇、猪瀬と小野の四人が工務店の外に出る。

「スカルドックの溜まり場は羽華町の歓楽街だったな」

猪瀬が小野に訊いた。

「ええ、たしか所轄の話だと、潰れたガールズバーを拠点にしています」

「よし、早速行ってみよう。杠葉、お前刑事課だろ。場所知ってるんじゃないのか?」

「いやあー・・・」

舞が腕を組んで首を傾げていると、勇が代わりに答えた。

「五丁目の<ウイングビル>という建物の三階です。ついでながら、ガールズバー時代の店名は<ランナウェイ>でした」

「教えていただきどうも・・。ついてくんなよ」

猪瀬は捨て台詞を吐くと、小野と覆面パトカーに乗り込み走り去っていった。

「行ったことあるんですか?そのガールズバー」

舞が興味津々に訊ねた。

「いえ、行ったことはありません。興味がないので。ですが、スカルドックについては興味があったので、在職中、調べたことがありました」

「興味本位で半グレを・・。刑事でもなかったのに・・・」

少々呆れた様子の舞に対し、勇は左右を見回した。

「では、僕たちもスカルドックのメンバーに会いに行きましょう」

勇が足を踏み出す。

「猪瀬さんについて行くんですか?」

舞は勇と並んで歩きながら話しかけると、勇が人差し指を立てた。

「スカルドックは拠点となっているビルのほかに、出入りしている場所がもうひとつあります」

勇は説明を続けた。

「貯蔵室とでも言うべきでしょうか。あのグループは警察の家宅捜索に対処するために、犯罪の成立要件に該当しそうな証拠、例えば詐欺や恐喝に利用するための顧客情報の資料、データなどを全てその場所に保存してあるという噂を以前、聞いたことがありました。場所は拠点のあるビルの近くです」

「そこ行くんですか?もしかしたら半グレの連中が大勢いるかもしれませんよ。いくら私でも渡り合えるかどうか・・・」

懸念を示す舞に、勇は安心材料を呈する。

「心配ないでしょう。先ほど従業員の田中さんが“誰もいないとこで見張り”ということを男が話していたと口にしていました。実を言うとその噂にはもうひとつありまして、保存場所には見張り役のメンバーひとりしかおらず、ほかのメンバーは用がない限り立ち入らないと。つまり、最低でもひとり、多くとも数えるほどしかいない可能性が高い。それに舞さん、捜査一課を目指す人間がそんな弱気でどうするんですか」

舞と勇は道路脇の歩道に出た。

「さあ、噂の真相を確かめましょう」

勇はタクシーを捕まえようと右手を上げた。そのとき、舞のスマートフォンが振動した。羽華警察署長の獅央誠司せいじからだった。

―杠葉君、鴨志田とはもう会ったか?

「はい。今、一緒にいます」

―今朝、工務店で遺体が見つかった件、きみの担当だろ?

「ええ。係長から指示を受けて」

―その件なんだがね。正式に殺人事件として扱うことになった。よって、杠葉君にはまた、鴨志田と組んで捜査に当たってもらいたい。

「もうそんな感じになってます」

舞は投げやりに言った。

―そうか、そうか。じゃあ、よろしく頼むよ。

獅央は用件を話し終えたあと、一方的に電話を切った。

「やっぱりそうくるんじゃないかと思ったよ・・・」

舞がスマートフォンを片手に天を仰いでいると、勇の前にタクシーが停まった。


 羽華町の歓楽街でタクシーを降りた舞と勇は、並んで通りを歩いていた。

「私が払ってもよかったんですよ。どのみち経費で落ちるんですし」

タクシー代は勇が支払っていた。それがなんだか悪いと思ったのか、舞が控えめに言った。

「気にしないでください。あっ、ここです」

勇が指差す。そこは古びた雑居ビルだった。

「たしか、一階の突き当りにある部屋と記憶しています」

ツカツカと勇がビル内へ入っていく。舞も辺りを窺いながら後をついて行った。


 一階の奥へ歩みを進めると、≪立入禁止≫と張り紙のある、アルミ製のドアの前に行き着いた。勇がゆっくりとノブを回すと、ドアが開いた。勇は少し開けたところでノブを離した。

「舞さん、先に入ってください」

勇は声を潜めてドアを手のひらで指した。

「え!?もしかして鴨志田さん、ここまで来てビビったんじゃないでしょうね」

舞が小さな声で言うと、勇は静かに笑って返した。

「違いますよ。僕が入ったら下手をすれば不法侵入になってしまいます。ですが、舞さんが捜査の過程で入ったのならば、特に問題はないと思ったので」

(本当にそう思っているのか)といった怪しげな目つきで舞は勇を見た。

「わかりましたよ」

舞は音をたてないようにドアを開けて部屋の中に入っていった。その中には数架のラックがしつらえてあり、棚の上にはいくつものコンテナボックスが所狭しと並べられている。

「鴨志田さん!」

声を低く抑えつつ、舞は大きく勇に手招きしたが、当の本人は手を後ろに組んだまま入ろうとしない。

「やっぱビビってんじゃん」

舞は呟くと、蓋が開かれたコンテナボックスの中身を見た。数冊のファイルやタブレットが隙間なく入っている。そのうちの一冊を舞は手に取って開いた。それは氏名や年齢、ほかに住所や電話番号が記載された名簿だった。名簿の一番上に≪ターゲットリスト≫とある。さらにコンテナボックスを探ると、銀行は同じだが、名義がそれぞれ違う預金通帳が何冊か出てきた。

「これ、全部詐欺に使う物?」

舞が考えていると、部屋の奥から足音がして、ひとりの男と出くわした。

「誰だ、あんた。ここ立ち入り禁止だぞ」

上下とも派手な模様の入った黒いジャージ姿のその男、野村のむらがタバコを手に言った。よく見ると、野村の首筋に、田中が見たという骨が交差したタトゥーが入っている。舞はファイルと預金通帳をコンテナボックスの上に置いた。

「スカルドックの人ですね」

舞が野村に訊ねた。

「だったらなに?あっ、もしかしてあれか、ウチがやってるピンサロの面接に来たとか?悪いけどそれここじゃないんだよねー」

タバコの煙を吹かしながら、野村が薄笑いを浮かべていると、舞は黙って警察手帳を開いて示した。それを見た野村の顔色が一気に変わった。途端、野村は持っている火のついたタバコを舞に投げつけた。舞が一瞬怯んだ隙に野村が駆け出し、横をすり抜けて部屋を出て行く。

「鴨志田さん!そいつ捕まえて!」

舞が声を上げて、急いで後を追おうと部屋を出ると、勇が直立不動で立っていた。

「さっきの男は?」

「あっちに走っていきました」

勇がビルの出入り口を指差す。

「もう!捕まえてって言ったでしょ!ったく!」

舞は仏頂面で文句をぶつけると、ダッシュで走っていった。

「これは僕も行った方がいいんでしょうか・・・」

勇の心はあたふたしていたが、やがて意を決したように走り出した。

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