[4]
勇の後ろで、舞が話し出した。
「笹井さんは三年前、強盗の被害に遭っていました。今住んでいる家に越してくる前です。本人は無傷でしたが、家屋に押し入られて拘束されたようでした。後日、その強盗は逮捕されましたが、笹井さんはかなり恐怖を感じていたようです。無理もないですけど」
「なるほど、だからあれを・・・」
合点がいった勇は、椅子の肘掛けに腕を置いて背中をもたれた。
「多分そうでしょうね」
舞はそう言いながら、勇が見ているパソコンの画面を覗き込むと、インターネットサイトに掲載された笹井の受賞歴が表示してあった。
「ところで、例のタブレットの解析は終わりましたでしょうか?」
勇が上体を舞の方に向けた。
「はい、ついさっき」
白手袋をはめた舞がリュックからタブレットを取り出して説明した。
舞がタブレットを操作し終えると、勇に訊く。
「これ、決まりですよね」
解析結果を聞いた勇が意を決したように言った。
「舞さん、明日、笹井さんのお宅へ伺いますので、一緒に来てください。僕は獅央さんに捜査一課の皆さんを連れてくるよう連絡しておきます」
「正念場ってとこですね」
舞も覚悟を決めたようだったが、ひとつ付け加えた。
「でも、私にもわからないことがあります。鴨志田さんはもうわかってるんですよね、詳しく話してくれなかったでしょ。そのときはちゃんと話してくださいね」
「もちろんですよ」
勇は口元を緩めた。
翌日、喫茶店<R>の出入り口前で、勇はスマートフォンである報告を聞いていた。
「そうですか。ありがとうございます」
電話を切った勇のもとに舞がやって来た。
「確認取れました。岸部さんの声で間違いないそうです」
「わかりました。では行きましょうか」
ふたりは覆面パトカーに乗り込んだ。
笹井邸のリビングには、舞と勇、当主である笹井の三人のほかに、警視庁捜査一課の
「鴨志田!警察辞めたくせにまだこんなことやってんのか!」
猪瀬が憎まれ口をたたくが、勇は黙ったまま手を後ろに組んで窓の外を眺めていた。
「偶然です」
舞がしれっと言った。
「ん?あんた誰?」
猪瀬が訝しい目を向けると、舞が警察手帳を提示した。
「羽華署強行犯係の杠葉舞です」
「所轄?あいつとつるんでんのか?」
「まあ・・、成り行きで」
舞はそれとなくごまかした。
「あっ、キュートすぎる警察官!」
小野が声を上げて舞を指差した。指された舞は、そのことには触れるなと言わんばかりの険しい顔で小野を睨んだ。
「すみません」
萎縮した小野が手を引っ込めた。
「まあ、いいや。鴨志田、俺ら一課長からは詳しく聞いてねえんだよ。これ事件性がないんじゃなかったのか?」
猪瀬が勇に訊ねると、笹井が割って入った。
「そうですよ、あれはただの勘違いなんです。なのに、なんでまた」
今まで沈黙していた勇が口を開いた。
「いえ、これは殺人事件です」
勇の言葉に、猪瀬はぶっきらぼうに返す。
「殺人ね・・。お前が言うんならなんか根拠があるんだろ。同期のよしみだ、聞いてやる」
「えっ!?ちょっと」
狼狽した声を出す笹井を猪瀬が手で制した。
「この騒動があった日から岸部さんという人物が行方不明になっています。笹井さんはその人、ご存じですよね?」
振り向いた勇が訊くと、笹井は首を振った。
「岸部なんて男、知りませんよ」
「おや、僕は男だとはひと言も言っていませんよ」
鎌をかけられたと気づいた笹井は思わず目を背けた。
「確かに、岸部さんは男性です。あなたはここで彼を殺害した。おそらく衝動的でしょう。計画的ならば、もっと適した方法や場所があるはずですから」
勇の言葉に、笹井は強く抗弁した。
「私が殺したとして、動機は?証拠はあるんですか?」
「ええ。まずは・・・」
勇が上着の内ポケットから、折り畳まれた一枚のコピー用紙を取り出して広げて見せた。用紙にはひとつ、ロゴマークが描かれている。
「このロゴ、見覚えありますよね?」
「日本総合競技大会のロゴです。私がデザインしました。ご存じでしょう」
笹井が当然のように答えた。
「違います。そういう意味で訊いたのではありません」
勇は用紙の下に記された文字を指して読み上げた。
「《平成五年、辰丸商事企業ロゴ案、岸辺
推論を述べる勇に、笹井の目が一瞬泳いだ。
「岸部さんは近いうちに職場を退職されると聞きました。もう働く必要がないからという理由で。笹井さん、あなた、岸部さんに脅されて金銭を要求された。つまり、
問い詰めた勇に、笹井は弁解した。
「私は盗作なんてしていない。たまたまデザインが同じだっただけだ」
「それにしては、異なる部分が全く見受けられません。あなただって先ほど、自分のデザインだとおっしゃっていたじゃないですか。本人が間違えるくらいです、同一と考える方が自然と、僕には思えるのですが。でしたら、大会を主催した委員会の皆さんに渡して、ご参照していただきましょうか」
そう言って勇がロゴを見つめていると、笹井が反抗したような強い口調で訊いた。
「強請られたって証拠は?」
「あります」
笹井の顔を見据えて、勇は断言した。
「舞さん」
勇が合図を出すと、舞はリュックから、ビニール製の証拠品袋に入ったタブレットを取り出した。勇が説明を始める。
「これは岸部さんのお宅にあったタブレットで、購入者情報から本人の物だそうです。解析を依頼したところ、録音アプリがインストールされていました。このアプリはスマホの録音機能と連動して自動的に音声が記録される仕組みになっていました。調べましたら、何件かの音声データが見つかりました。内容は盗作に関しての詰問やそれを認めた謝罪の口述、強請りと思われる金銭の受け渡し条件といった、ふたりの男性の会話でした。ひとりは岸部さんの声でした。こちらに来る前、岸部さんの勤め先に寄って店主の方に確認済みです。おそらく、あなたに言い逃れさせないためか、盗作を示唆した音声を抜粋してマスコミにでも売ろうとしたんでしょう。いずれにしても、岸部さんにとっての保険だった。そして最後の音声データ、騒動が起きた日時に録音されたデータに犯行の一部始終が記録されていました。ちょっと聞いてみますか。舞さん」
舞は白手袋をはめて、証拠品袋からタブレットを出して電源を入れると、笹井が咄嗟に止めに入ろうとした。
「待ってくれ!」
その動きを猪瀬と小野が押さえた。
「笹井さん、落ち着いて」
猪瀬が言った。焦燥する笹井の前で、舞がアプリを起動して再生ボタンをタップすると、音声が室内に流れた。
―あんた、もうひとつ親父のアイデア、パクっただろ?見つけちゃったんだよねー。これ、賠償額上乗せでいいよね?
岸辺らしき男の軽蔑した声がした直後、ガンッという鈍い音が響いた。
―ぐっ!
その男のうめき声が聞こえたあと、音声は静寂したままだったが、別の男の声がポツリと聞こえた。
―殺して・・、しまった・・。どうしよう・・・。
舞がボタンをタップして音声を停止した。
「最後の声、笹井さん、あなたですね?」
静かに勇が訊くと、舞が最後通牒を突きつける。
「声紋鑑定すれば、はっきりしますよ」
笹井は膝からくずおれた。
「この音声は笹井さんの自白と考えても差し支えないと、僕は思います」
勇がひとつ付け加えた。
「おい、じゃあ、あれは?」
猪瀬が勇に疑問をぶつける。
「遺体はどこへ消えたんだよ。駆け付けた警官が遺体を隠したんじゃないかと思って、家中のそれらしい場所捜しても見つからなかったって聞いてるぞ。だから通報者の思い違いで、事件性は薄いって」
「笹井さん、遺体はどうしたんですか?」
小野が尋問するも、笹井は項垂れてなにも答えない。
「代わりに僕が説明しましょう。ご案内します」
勇の案内で、一同はリビングを出た。
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