少年探偵ガジェットとぬいぐるみの謎

加藤ゆたか

少年探偵ガジェットとぬいぐるみの謎

 俺は少年探偵・青山一都かずと

 俺には秘密の探偵道具『ガジェット』がある。この『ガジェット』を使えばどんな難事件も解決だ。

 人は俺を少年探偵ガジェットと呼ぶ。



「ガジェットくん、今日は依頼がありません! 何して遊びますか!?」


 ガラガラガラ!

 助手少女のラヴが事務所の扉を勢いよく開けて入ってきた。


「嬉しそうに言うな、ラヴ。」

「えへへ、すみません!」


 俺はいつものようにラヴをたしなめる。ラヴは元気な女の子だが勢いが有り余って暴走しすぎることがある。

 とはいえ、依頼がなければ探偵の仕事が暇なのは確かだ。

 俺は探偵事務所にしている小学校の教室の中を見渡した。今日はもう宿題は終わらせたし、ラヴは期待の目を輝かせて俺のことを見ているし……。


「いっせーのせ、でもやるか?」

「あー、指スマですか? いいですね!」

「いや呼び方、いっせーのせって言わないか?」

「うちでは指スマです。」

「そうか……。」

「私からでいいですか!?」


 ラヴは俺の前に座って向かい合わせになり拳を作ると、上目遣いに俺を見て聞いた。俺の作った拳にラヴの拳が触れそうな距離だ。

 放課後の教室は日常とは切り離された空間になる。教室は探偵事務所。俺は少年探偵ガジェット。ラヴは助手少女。客の少ない喫茶店のように、ゆっくりと時間だけが流れる場所……。



「あのー、探偵クラブってここでいいの?」


 その突然かけられた声にビクリと驚いて、俺たちは教室の入り口を見た。


「……あ、隣のクラスの黒木さん。」

「青山くん、久しぶりだね。」


 教室の入り口には隣のクラスの黒木さんが立っていた。黒木さんとは三、四年生の時に同じクラスだったことがある。


「もしかして依頼か?」

「うん。依頼書も持ってきたよ。」


 黒木さんが封筒を差し出す。


「あ、ありがとうございます!」


 慌ててラヴが黒木さんから封筒を受け取って、俺のところまで持ってきた。


「赤川さん、邪魔しちゃった?」

「いやいや、全然! 大歓迎です! あと、ここではラヴちゃんと呼んでください。」

「ラヴちゃん。」

「そう。ラヴちゃん。」


 赤川愛子あいこ。ラヴの本名だ。

 俺とラヴは六年間ずっと同じクラスだったので、当然ラヴも黒木さんと同じクラスだったことがある。

 ラヴが黒木さんを椅子に座らせて、水筒からお茶を出した。


「ねえ、二人はいつも一緒なの?」

「え!? な、なんでそんなこと聞くんですか?」

「だってさ、さっき……。」

「それは、もちろん! 私はガジェットくんの助手少女なので!」

「でも教室で二人きりってさ……。」

「こ、ここは探偵事務所! ガジェットくんが少年探偵! 私が助手少女! それだけです!」

「そっか。」

「そうです! ね、ガジェットくん?」

「え? ああ。ごめん、聞いてなかった。」


 俺は早々に黒木さんから受け取った依頼書の封を開けて中を確かめていた。

 封筒から出てきた桃色の可愛い便せんにはこう書いてあった。

 怪異の調査。


「怪異?」

「うん。私の部屋のぬいぐるみなんだけど……。」

 

 俺とラヴは思わず顔を見合わせた。ぬいぐるみの怪異。つまり、お化けとか妖怪ということか? 確かに俺の秘密の探偵道具『ガジェット』を使えば解けない謎は無いが……。


「やっぱり、ビックリしたよね? 冗談だと思ったよね?」


 黒木さんはハハハと笑ってそう言ったが、その顔は眉間に力が入り眉は下がっていて困っている人間の表情になっていた。

 もちろんそんな黒木さんを探偵の俺が放っておけるはずがない。


「いや、信じるよ。詳しく話してくれ。」

「ありがとう、青山くん。」


          *


「それじゃ、そのぬいぐるみの置き場所が変わっていたのか。」

「うん。」

「お母さんや家族が動かしたという可能性はないんですか?」

「聞いたけど違うって。」


 いつも机の上に飾っていたぬいぐるみが朝起きたら枕元に置かれていた。

 そういうことが何度かあったらしい。


「では、実際にぬいぐるみが動いているところを見たわけじゃないんだな?」

「それは、そうだけど……。でも、くまちゃんが自分で動いたとしか思えなくて。」


 くまちゃんというのはぬいぐるみの名前だ。

 普通に考えれば家族か誰かのイタズラ。しかし黒木さんは一人っ子で疑うなら両親しかいない。黒木さんは何度か聞いてみたらしいが父親も母親も知らないと答えたそうだ。それならば両親が嘘をついてまで娘を怖がらせる動機がわからない。


「わかった。まずはそのぬいぐるみを調べてみよう。」


 俺はランドセルを背負った。学校の外に出るのだから当然下校になる。


「青山くん、これから私の家に来てくれるの?」

「ああ。ぬいぐるみを学校に持ってきてもらうわけにはいかないからな。」


 黒木さんが困っているのは本当だろうし、探偵としてなんとか助けになりたい。

 それに俺の不思議な探偵道具『ガジェット』は俺だけしか使えないカバンから取り出すのだが、出す時には目の前に事件に関係する物があった方が解決の近道になりやすいのだ。


「ラヴ、行くぞ。」

「はい!」


 ラヴが慌ててランドセルを背負う。

 黒木さんも自分の教室からランドセルを取ってきた。

 

「それじゃ、青山くん、ラヴちゃん。私の家まで案内するね。」


 こうして俺たちは黒木さんの家に向かったのだった。


          *


「あら、お友達? 今日なんにもお菓子用意してないけど。ごめんなさいねえ。」

「お母さんはいいから。ジュースだけ後で持ってきて。」

「はいはい。」


 黒木さんの家には黒木さんのお母さんがいて出迎えてくれた。

 俺たちはお邪魔しますと挨拶をして、そのまま二階の黒木さんの部屋に向かう。



 部屋の壁紙は白、床はフローリングでピンク色の丸いカーペットが敷かれている。ベッドと学習机の上にはぬいぐるみがたくさん飾られていた。

 黒木さんはベッドの上にランドセルを投げるように置いてそのままベッドに腰掛ける。

 

「ランドセルはその辺に置いていいからね。」

「ああ。」


 壁には少女マンガ雑誌の付録のポスターが貼られていて、小さな本棚にも少女マンガが並べられている。部屋は片付いているようだ。

 俺は学習机の上のぬいぐるみを順番に観察する。


「このキャラクター、ラヴの部屋にもあったよな?」

「え!? あ、そう、そうですね! 私も持っています!」

「流行ってるんだなー。」

「そうですねぇ!」

「へえ。青山くん、ラヴちゃんの部屋に入ったことあるんだ?」


 まあ、ラヴとは幼なじみだし、今でもよく遊びに行っている。ラヴはゲームが好きなのでよく誘われるのだ。


「そうだな、週に何回かは遊びに——」

「ところで! 動くぬいぐるみというのはどれですか!?」


 ラヴが俺の発言を遮るように黒木さんに質問すると、黒木さんはベッドの枕元の犬のぬいぐるみを持って見せた。


「これ。これがくまちゃん。」

「えぇ? 熊じゃないんですか?」


 ラヴが当然の疑問を口にした。

 

「うん。くまちゃんは私が小さいころにおばあちゃんからもらった大事なぬいぐるみなの。犬だけど、なぜか小さい私はくまちゃん、くまちゃんって言ってたんだって。変だよね、今でもくまちゃんって呼んでいて。」

「いや、可愛いじゃないか。」

「え?」


 小さい頃ってそういうことあるからな。っと、痛ってっ! ラヴのランドセルが俺の足の甲にぶつかった。


「ラヴ、気をつけろよ……。」

「そうですね、ガジェットくん!」


 なんか変だぞ、今日のラヴ。

 まあ、それはさておき、俺は黒木さんから問題のぬいぐるみを受け取って調査に入る。見た目は少し古くなった犬のぬいぐるみ。モーターや電池が入っていて動くという仕掛けがあるわけでもない。縫い目がほつれた様子も無いので、ずっと大事にされてきたのだろう。


「どう? 青山くん?」


 黒木さんが俺に聞いた。

 

「うーむ。」


 まあ、わかってはいたが、ぬいぐるみをいくら観察しても解決しそうもないな。

 よし。ここは俺の秘密の探偵道具、『ガジェット』の出番だろう。

 俺はカバンの中身を探った。

 俺がこのカバンを使う時、中から事件を解決するために必要な『ガジェット』をひとつ取り出すことができるのだ。

 俺はカバンから『ガジェット』を取り出した。

 

「虫メガネ?」


 カバンの中からは、一見変わったところもなさそうな大きな虫メガネが出てきた。


「えーっと、えーっと。虫が……日光で……いや……。ごめんなさい、ガジェットくん。今日は思いつかないです。」


 ラヴは俺が『ガジェット』を取り出すといつも少し外れた発言をするのだが、今日は自粛したらしい。まあ、ラヴが思いついても言わなかった内容は想像がつく。今回のぬいぐるみは黒木さんの大事な品だし、ラヴは気遣いができる助手少女だからな。


「大丈夫だ、ラヴ。いつもそうだが、それを考えるのは俺の役目だ。」


 俺の『ガジェット』は何かしら便利な機能が付いた道具である場合が多い。

 ただし、使い方は自分で考えなければならない。

 カバンから出てきた虫メガネを観察した。虫メガネの持ち手には青いボタンがついている。


「押してみよう。」

 

 俺はボタンを押してみた。

 すると、虫メガネは光を出してレンズの向こうを照らしだした。

 

「な、なに? 眩しい!」

「これって、もしかして虫メガネで観察する対象がよく見えるようにですか!? なんかおじいちゃんの家にもあったような!」


 俺の秘密の探偵道具『ガジェット』がそんな新聞を読むのが便利になるだけの道具なわけないだろ。

 俺は虫メガネの光をぬいぐるみに当ててみた。

 虫メガネを通して見たぬいぐるみから、光の線のようなものが出ているのが見える。


「なんでしょう、これ?」

「線は……窓の外に続いているな。」

「窓の外?」


 俺たちが窓を開けて光の線の先を目で追うと、線は道に沿ってどこまでも続いていた。


「どうする? 追いかけてみるか?」

「うん。私、どこに続いているか知りたい。」

「よし、わかった。行ってみよう。」


 俺たちは黒木さんのお母さんが持ってきてくれたジュースをストローで飲み終えると、また挨拶をして黒木さんの家を出た。



 幸いにも、ぬいぐるみから出ている光の線は道路から外れるようなことはなかった。まるで俺たちを案内しているかのようだ。

 俺たちは虫メガネでぬいぐるみから出ている光を見失わないよう慎重に進んだ。


「しかし、これはどこまで続いてるんだ? あまり遠いようなら黒木さん、また明日に……。」


 俺がそう言って振り返ると、少し離れて黒木さんとラヴが二人で何かを話していた。


「……二人ってさ、やっぱり……。」

「……ち、違うって……。」

「……でも赤川さんはさ……。」

「……そ、それは……その……。」

「おーい!」

「あ、ごめん。青山くん。」

「すみません、ガジェットくん!」

「まったく……。もう一度言うぞ。まだ、どこまで続くかわからないからさ。今日はここで——」

「あ、待って! この辺ってもしかして……。」


 急に何かに気付いた黒木さんが走り出した。


「やっぱり、ここ! おばあちゃんち!」

「え?」


 黒木さんが指差した先の家に、確かに光の線は続いていた。


「もしかして、ぬいぐるみをくれたおばあちゃん?」

「では、そのおばあちゃんが何か仕掛けをしたんでしょうか?」

「でも、おばあちゃんは先月亡くなっちゃったんだよ……。」

「ええ!?」


 黒木さんのおばあちゃんの家は人気がなく、玄関は暗く閉ざされていた。


「今は誰も住んでないの……。」

「じゃあ、これって……幽霊の仕業ってことですか?」

「まさか、おばあちゃんが?」


 俺は改めて虫メガネのレンズを家に向けて観察した。光は庭の方に続いている。


「黒木さん、これを見てくれ。」


 俺は虫メガネを黒木さんに手渡した。

 黒木さんは虫メガネのレンズを覗き、そして庭先で俺と同じものを発見したようだった。


「げんきかい……? これ、おばあちゃんの字だ!」


 そして、溢れるように黒木さんの目から涙がこぼれだす。


「私、本当は寂しくて。おばあちゃんが死んじゃって。それでしばらくの間くまちゃんを抱いて寝てたの……。くまちゃんを元の位置に戻してからも、おばあちゃん、天国で私のこと心配してくれてんだ……。」


 幽霊や天国が本当にあるのかは探偵でもわからない。しかし今、目の前で起きていることはまごうことのない奇跡だった。


「おばあちゃん。私、元気になったよ……。」


 黒木さんはぬいぐるみをいつまでもその場所で抱きしめて泣いていた。


          *


 俺とラヴの帰り道。

 

「私、幽霊、初めて見ました。」

「俺もだ。」

「いるんですね……。」

「まあ、不思議な探偵道具があるんだから、幽霊だっているだろ。」

「なるほど……。」


 黒木さんの家からはラヴの家の方が近かったので、俺はラヴを家まで送っていった。

 下校中の中学生くらいの制服を着た女子数人とすれ違う。気のせいか彼女たちは俺とラヴを見てキャッキャと笑い合っていた。


「そういえばさっき黒木さんと何を話してたんだ?」

「え? それは秘密です!」

「秘密?」

「探偵なら自分で謎を解いてみてください。」

「……そうだな。もしかして、今日ラヴの様子が少しおかしかったのと関係が——」

「あーあーあー! ガジェットくん、やっぱりその謎は宿題にさせてください! 絶対に私から言うので。おやすみなさい!」

「えぇ? ……おやすみ。」


 ちょうどラヴの家についたところだったのでその話は途中で打ち切られた。

 ……まあ何にせよ、俺はこのカバンから取り出せる不思議な探偵道具『ガジェット』でこれからも難事件を解決に導く。

 明日も少年探偵、出動だ!


 ――おわり。

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