第89話 火山ダンジョン

 火山ダンジョン。


 中に入ると、最初にやってくる熱風に驚く。


 一瞬で全身から汗が噴き出て、着ている衣服が汗ばむ。


「いや~ん。汗ばんで服が~」


「おい。シホヒメ。やめろ」


 わざとシャツを伸ばして胸の輪郭を強調するな!


 それにしても火山ダンジョンって熱いな。


 俺達が立っているのは火山の中というわけではなく、外だ。


 つまり、遠くに噴火している火山が見えており、常に大爆発が起きて雷のような音が聞こえてきて、驚かせる。


 それもあって、俺達が歩くのは、黒めの灰色の岩がたくさん並んだ山道だ。かなり広いので山道というのは少し違うかもしれないが、勾配は上に向いている。


 その中でも一番幸いなことは、歩いている周りに溶岩やマグマがないことだ。


「うぅ……相変わらず、ここは暑いわね。ディンとヤオは得意そうにしてたけどね。意外とリリナも得意そうよね?」


「うん? そうね~熱いのは嫌いじゃないからかな? どちらかというと、昔行った雪原ダンジョンの方が苦手かしら」


「ふふっ。あの時は火魔法を使って暖めてくれって言ってたもんね」


「懐かしいわ~」


 雪原ダンジョンか。覚えておこう。


 汗だくのまま、俺達は進み始めた。


 意外にも他のパーティーもちらほら見えている。


 このダンジョンが流行っている理由。それは――――


 俺達の前に身長二メートル級の爪が炎に包まれている熊魔物が現れた。


 見るからに強そうで、聞いた話では実際に強い。


 ちょうどそのタイミングで配信も始まった。


『配信乙~!』

『今日から火山ダンジョンか~!』

『みんな汗だくで笑ったw』

『エム氏以外、全員エ〇くて吹いたww』


 うちの妹をそんな目で見るなっ!


「シホヒメだよっ☆」


『おお~シホヒメ絶好調☆彡』

『残念美女☆彡 残念美女☆彡』

『リン様があああああああ』


 ん?


 ひと際、目立つコメントが見える。


 リンがどうかしたのか……?


 俺の頭に乗っているリンに手を伸ばして降ろした。


 そういや、熊魔物が現れたのに、いつもの棘が発射されていないな?


「うわあっ!? リン!?」


「ご……主人……しゃまぁ…………」


「ナナ! 先行攻撃を頼む!」


「分かった! お兄ちゃん!」


 ナナが飛び出して、続けてみんなも熊魔物に向かう。


 そんな中、俺はいつもの弾力がなく、ふにゅふにゅしたリンを大事そうに抱きかかえた。


「リン? どこか痛むのか?」


「ううん…………あついぃ…………」


 …………そっか。暑くてこうなったのか。


「病気とかそういう類じゃなくて本当によかった」


「あい……リン……元気…………じゃなかた……」


 自然と苦笑いがこぼれた。


「リン。火山ダンジョンでは戦わずにゆっくりしてくれ」


「あい……」


 リンをまた頭に戻すと、熊を倒して中魔石を嬉しそうに持ち上げるナナが見えた。


 ――――そう。


 火山ダンジョンがこれだけ暑くても大人気な理由はこれだ。


 一層の時点で現れる魔物は強く、中魔石をドロップするからだ。


 例えば、中魔石だけなら漆黒ダンジョンでもいいわけだが、十層まで行き来しなくちゃいけない上に、五層から難易度が跳ね上がる。


 それを鑑みたら、火山ダンジョンの一層で狩ると非常に効率がいいのだ。


 マホたん情報だが、火山ダンジョン一層だけで組んでいるビジネスパーティーとなるものがあるらしく、一日数十万荒稼ぎして過ごす探索者も多くいるみたい。


 臨時パーティーでもなくビジネスパーティーという言葉にちょっと驚いた。


 それから俺達はリンの力を借りずに火山ダンジョンを突き進んだ。


 配信が終わる間際にガチャを回す。


 空中に現れたガチャ筐体は、久しぶりに赤色の筐体だった。


『SR確定キタァァァァ!』

『今週ずっとRだったよな~久しぶりにみたわ』

『枕枠一つ減ったな! 残念美女☆彡』


 チラッと見たシホヒメだが、いつもなら落ち込むはずなのに、そういう表情は浮かべていない。


 こう……達観した表情で筐体を見ている。


 仮に白だとしても、枕が出ない日もあるからな。仕方ないのかもしれない。


 黒と白のカプセルが落ちまくり、最後の最後に、赤カプセルがまさかの二つドロップした。


「二つ!?」


『久々の大当たりすぎる~! 今日は応援なしな!』


「応援はしてくれよ!?」


 終わる間際の応援ポイント数はいつもより激減している。


 まあ……仕方ないよな……。


 一つ目の赤カプセルを開くと中から現れたのは――――黒い兎耳だった。


『兎耳キタァァァァ!』

『これ絶対またエ〇いやつだろwww』

『猫耳は猫獣人。兎耳は兎獣人?』


 二個目を開くと、今度は細いレイピアが現れた。


 レイピアの周囲にバリッバリッと音を立てて、氷が現れては消えている。


 以前出た武器は、爆炎剣だった。ということは、まさか……!


氷水ひょうすい細剣さいけん:氷水属性の刀身を持つ細剣。突くだけで氷を相手に与える》


「おお! 氷水細剣らしい! 氷属性だ!」


『まさかのエム氏が攻略してるダンジョンに合わせて当たりを引くとは』

『俺らのエム氏は……もういないな』


「ここにいるわ! てか最近ハズレしか引いてないし、たまにはいいだろ!」


『それもそうだなwwwてか、おめでとう~』

『おめでとう~』

『エム氏☆彡』


 …………なんだか、今日のリスナー達は優しい……な?


『明日の配信で兎耳楽しみにしてるぜ~!』

『ナナちゃんの兎耳を想像して寝るわ』


 変なこと想像するな! 俺も想像しちゃうじゃねぇか!


 配信も終わり、俺達は続けてダンジョンを攻略した。


 途中で昼飯を食べて、また攻略を進めて夕方になる前に、三層の入口にやってきた。




「いや……さすがに長いな」


「ずっと上り坂だし、魔物も強いものね」


「マホたん。ここってたしか、十層までだったよな?」


「そうね。十層までだけど――――ここからが本番って感じ」


「はあ……早いとこ、急いで決着を付けたいんだが、仕方ないか」


 幸いなことにリンの胃袋の中に大量の飲み水と氷を確保してきた。マホたん達のアドバイスがなければ、一層で引き返していたと思う。


 キャンプを設置して、少しでも暑さを凌ぐための冷やし中華を作ったが、全く効果はなく、作り終わった頃にはすでにぬるい中華になっていた。


 テントの中の地面に氷水細剣を突き刺すと、ずっとバリッバリッと氷が砕ける音と共に、涼しい空気がテント中に充満して、エアコンになってくれた。

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