第87話 【悲報】エム氏、天使の薬を飲んだら――

 俺の体を光が包み込む。ただし――――何故か黄色い光ではなく、黒い闇だった。


『禍々しくて草www』

『エンジェルとは一体……?』


 闇が消えるとともに自分の体の感覚を確かめる。


 ナナに話は聞いていたけど、なるほど。こういう感覚なのか。


「って! なんで俺の羽は天使の羽じゃなくて悪魔の羽なんだよ!」


「お兄ちゃんが悪魔になっちゃった!」


『【悲報】エム氏、天使の薬を飲んだら悪魔になる』

『エム氏らしいというかwwめちゃうけるwww』

『小悪魔的なあれか? でも男が小悪魔だと全然可愛くないな?』

『悪魔エム氏、何か小悪党っぽくてめちゃ似合ってね?』

『似合う分かるwwwwwwww』


 俺を弄ぶ無数のコメントが流れる。


『シホヒメも真逆すぎてめちゃ面白いんだけどww』

『あれか。また夫婦漫才かwww』


 俺とシホヒメをセットにするなよ!?


 てかシホヒメ!? どうしてそこで顔を赤らめるんだ!?


「お兄ちゃん? 空は飛べそう?」


 ナナに言われて体を浮かせてみる。


 意外にも飛ぶ感覚が分かるので、すんなりと飛ぶことができた。


『悪魔が女神と天使を率いるのジワるwww』

『リン様は薬飲まないのか?』


「ん? リン?」


 言われてみれば、リンは俺の頭の上に乗っているから【エンジェルブロッサム】は渡さなかった。


「リン? 薬ほしいかい?」


「えっ……?」


「ほら、みんな薬で天使の姿になってるから、リンがほしいならあげるよ?」


「…………うん……ほしぃ……」


 そう話したリンは姿を人型に変えて、巨大なたわわを俺の顔面に押し付けてきた。


 い、急いで薬をっ!


 薬を取り出してリンの顔付近に渡すと、埋もれた顔の上からゴクッゴクッと飲む音が生々しく聞こえてきた。というか、彼女の体を通して伝わってくる。


 リンの全身が光に包み込まれる。


 他のメンバーは黄色い光なのに対して、リンも俺と同じく黒い闇だった。


『リン様も闇かよ~!』

『リン様が悪魔になっちゃう!? 小悪魔!?』


 俺から離れた闇が晴れて中から現れたのは――――


『エロすぎ吹いたwwww』

『また規制かからないのかよwww!』

『そういう生物として判断されてるんだろうな。強制規制もかからないのすげぇ』

『エッロwwww』


 リンの姿に無数のコメントが反応を見せる。


 巨大なたわわは健在で普段は黒いドレス衣装で見えない肌の部分を惜しみなく見せるリンは、背中に悪魔の羽を生やして腰の後ろから一本の尻尾を生やしている。


 さらに衣装は布というよりは紐状なのかと思えるほどに際どい衣装で胸から下部まで繋がったレオタードのような衣装だ。


 まさに――――サキュバスと言っても過言ではない。


「えへ♡ ご主人様? こ~ふんした~?♡」


「し、して…………るけどさ。さすがにその衣装は目に毒だって!」


 俺はわりと全力でリンから逃げるために前方に飛んでいく。


 後ろから「あ~ん、ご主人様~♡ 待ってよ~♡」と言いながらリンが追いかけてくる。


 ナナ達も全力で追いかけてきて、その後ろから配信カメラも必死に追いかけてきた。


 当然、コメントでは「白だああああ!」とか「黒だああああ!」ってコメントが無数に流れたのは言うまでもない。




 天使と悪魔の姿になって湿地をずっと飛ぶ配信となった。


 道中で魔物を見つけては、ちょいちょい狩りながら進んだけど、リンは人型に変化へんげすると触手を使わずにパンチやキックで戦うため、いつもの楽な戦い方ではなくなった。


 ただ、やはりシホヒメとマホたんの強烈な魔法のおかげであまり苦労はしていない。


 魔石は地面に落ちてしまうが、【エンジェルブロッサム】で変身すると、不思議と泥などはくっつかないので、簡単に拾いあげられる。


 その日は一気に十層まで攻略を進めた。まだ薬の効果は続いているが夕飯の時間なので攻略は終わる。


 今日泊まる場所は入口の傍にある休憩地帯。湿地ダンジョンに入って他の探索者は見かけていないので、ここでキャンプを開いても迷惑にはならないはずだ。


 ジメジメしているけど、夕飯の準備を進めて日常配信をおこなった。


 湿地で一泊して、朝飯を食べてまた【エンジェルブロッサム】を飲んで空を飛んでいく。


 それにしても足で歩くのと違って飛ぶってものすごく楽なんだな。


 幼い頃、空を飛ぶ鳥を羨ましいと思ったことがある。大空を自由に飛び回る鳥。そこまではできないが、今の俺は空を飛んでいる。


「エムくんが何だか嬉しそう?」


「お、おう。子供の頃に空を飛びたいと思ってたからな」


「分かる~私もそんなこと思ったけど、スカートだから無理だな~とか思ったことあるよ?」


「女子は大変そうだもんな。昨日の配信中もリスナー達興奮してたもんな」


「中が見えちゃうからね。あれ? エムくんも顔が赤くなってるよ~?」


「い、いや……」


「――――見たい? 見てもいいよ?」


「見ないわああああ!」


 シホヒメの頭に軽めのチョップを当てて、道を急いだ。


 午後から二十五層にたどり着いてようやく最深部に着いた。


 四度目のフロアボス、ダンジョンでいうと三つ目のダンジョン攻略は無事に終わった。


 宝箱もなく、試練もなく、ただ二日の攻略を行っただけの湿地ダンジョンとなった。

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