第86話 歩きにくいのなら飛べばよい

 日が明けて、また月曜日が始まった。


 朝食を食べてから僕達は足早に、永田さんが準備してくれた車に乗り込んだ。


 移動するための車を用意してもらえた。


 永田さん曰く、俺達の移動を把握できるからこっちがいいらしい。


 家の近くだと青空ダンジョンと漆黒ダンジョンの二つなので、少し離れた場所に向かう。


 車で走ること一時間でやってきたダンジョンは、青空ダンジョンのような賑やかさはなく、漆黒ダンジョンのような廃れた雰囲気をかもし出していた。


「ここは沼地ダンジョンです。泊まりにはあまり向いていないダンジョンなので、非常に不人気でございます」


 やはり訳ありか……漆黒ダンジョンは序盤簡単で中盤から高難易度だから人気がなかったっけ。


「ひとまず潜れるとこまで潜ってくるので、終わりそうな時に連絡します」


「かしこまりました」


 マホたんから普段から色々準備した方がいいと、リンの胃袋中に色んなものを入れてくれて、すぐに対処できる。


 みんな長靴を履いて、それぞれタオルを持つ。


 準備をして早々に沼地ダンジョンに入った。


 ダンジョンの中は沼地というだけあって、ものすごい湿気でジメジメしており、どこか雰囲気も暗い。


 地面は水浸しになってて長靴じゃないと靴がドロドロになりそうだ。


「ここって何層まであるのかな?」


「十層だった気がするけど、移動に結構時間と体力を使うと思う」


「そっか……やっぱりそうだよな」


 泥の中を歩くってそれだけで体力を使うからな。


「リン。魔物をよろしくな」


「あい……」


 頭に載っているリンをぽよんぽよんと撫でてあげた。


 魔物は沼地らしいというか、大型蛙の魔物で、現れた瞬間にリンが倒してくれる。


 女性陣はみんな見て見ぬふりをしていた。


 やっぱりこういう系の魔物は嫌われるよな……。


《配信を開始します。》


『配信乙~!』


 いつもと変わらない配信乙からのみんなを呼ぶコメントが流れる。


『今日は沼地か』


「ああ。今日から色んなダンジョンを攻略しようと思ってる。だからフロアボス戦の配信になる日は時間がまばらになるかも」


『おkおk! 速めに教えてくれると助かる~』


「次回の配信予定時刻を確認しておいてくれ~!」


 一通り説明をして、沼地をどんどん進む。


 それにしても歩きにくいし、ステージも中々広い。


 こりゃ……一階の時点で誰もいないのは当然なのかも。漆黒ダンジョンよりも人気なさそう。


「このダンジョンのうまみってなんだ?」


「ないわね」


『沼地ダンジョンとか罰ゲーだぞwww』

『リン様がいないと戦いもすげぇ大変だと思うぞ~』

『リン様☆彡 最高~!』


 そりゃそうだよな……せめて地面を踏まずに戦う方法があれば…………。


「あ。あれを使えば、もしかしたら楽になるかも?」


「エムくん? どうしたの?」


『なんか残念美女の声、久しぶりに聞いた気がする……?』

『最近アル中美女に出番奪われてるからなww』

『確かにな。脳筋聖女までいて美女さでは勝てないよな』

『でも初日のシホヒメってなんか光ってて、すげぇ目立つよな~』

『わかるわかるwww』


 ひょっこりと顔を出しただけでコメントが盛り上がる。


 それくらいシホヒメが愛されている証拠だな。


「地面がこういう状態だから歩きにくいなら、歩かずに飛んでいけばいいと思って」


「…………」


 シホヒメはそっと俺のおでこに手を当てる。


「熱はないわね」


「頭は冴えてるよ! むしろ冴えてるから言ってるんだよ!」


「そっか。でもね? エムくん。人は飛べないよ?」


「なんだその飛べない人はただの豚みたいな言い方」


「な、何故それを……」


 目を大きく見開くシホヒメ。


『夫婦漫才乙www』

『最近エム氏の配信はラブコメ波動を感じるんだよな』

『でも色気が一切ないのは逆にすごい。こんな美女だらけなのに』

『美女といえば俺はナナちゃん推しだな』


 うむ。俺もナナちゃん推しだ。君とは仲良くなれそうだ。


「はあ、ひとまず――――今日使うのはこれだっ!」


「炭酸飲料?」


 取り出したのは100mlの炭酸が入った瓶。名を【エンジェルブロッサム】という。


「あ~! 以前私が飲んだ飲み物だ!」


「そう! これは我が妹がスーパー天使になる飲み物である! これがあれば、天使になれる! これなら飛んでいけるだろう?」


「うんうん! 天使だと空を飛べるからできると思う!」


 最近数百連を引く日々で溢れるハズレ。その中の一つの【エンジェルブロッサム】をみんなに渡す。


 百個は余ってるからいくらでも変身し放題だ。


 ナナは最近獣人モードが気に入ってるらしいから、そっちを優先させていた。だから余りまくってたんだよね。使い道が見つかって本当によかった。


 みんなぐいぐいと飲み、体が光に包まれて天使に変身していく。


 シホヒメも目を丸くしてぐいぐいと飲んだ。


 光に包み込まれたシホヒメが変身したのは――――


『シホヒメだけ何か違うな』

『天使というより、何か神々しくない?』

『あれか、女神とか?』


 コメントの言う通り、シホヒメだけが不思議と天使ではなかった。


 みんなは天使の羽や天使の輪、白いワンピース衣装に対して、白いドレス姿で頭には金色の王冠のようなものが装着され、背中には後光が広がっている。


「シホヒメだけ天使モードじゃなくて……女神モードか?」


「え、えっと……そうなのかな?」


 首を傾げる女神シホヒメがめちゃくちゃ可愛い。今までのシホヒメの可愛さも凄まじかったけど、それとは比にならないほどに可愛い。いや、美しい。


「ちゃんと空は飛べそう~」


 白いドレスが泥まみれになるのかと思いきや、意外に泥に当たっても汚れていない。


「まあ、飛べそうならいいか。じゃあ、俺も飲むか」


 そして、俺も【エンジェルブロッサム】を飲んだ。

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