第85話 貴方はいつだって…………

 休日の二日は綾瀬さんが組んでくれた通りの日程で過ごした。


 最初こそランニングが辛かったけど、少し慣れたのか走っててそう大変でもなかった。


 それと土曜日に一つ大きな変更があった。


 配信で頂いた配信ポイントによる給料の使い道を、少し変えることになった。


 配信毎に何十万円と手に入るので、それをメンバーそれぞれに分けていたけど、マホたんやリリナですら酒さえくれれば、給料はいらないし、いま過ごしているシホヒメの家で寝泊まりはできるしということで、みんなの給料をお小遣い程度に絞って、余った額は全て――――魔石を購入することにした。


 その理由をわざわざ口にはしていない。みんなメンバーであるシホヒメのために拒む事なく受け入れてくれた。


 マホたんとリリナは酒がもっと飲めるって嬉しそうにしてたけど。


 土日は狩りに行っていないので魔石が貯まらないが、代わりに魔石をたくさん購入してガチャを回すことにした。


 ちなみに魔石は普段から結構な数が売買されている。色んな使い道があるらしいが、代表的なものは自家発電などがあるそうで、それが意外にも広く使われていたりする。


 魔石のおかげで、全世界に供給できる電気量は確保できているからこそ、物価も色々安定しているし、そのおかげで個人で魔石を発電させてる人も多くなってきた。


 その一番の理由は、やはり災害。何かがあって電気が供給されないと、全ての家電製品が使えなくなるので、魔石による自家発電機は今ではものすごく重宝されているのだ。


 美保さん曰く、シホヒメの家にも発電機はあって、もしもの時は一か月は電気が賄えるように地下倉庫に魔石を貯めているらしい。


 本当は土曜日に渡すつもりだった一週間分の給料から、お小遣い程度の額だけ渡して、残り額は全て魔石に変換させた。


 百連を三十回も回す羽目になったけど、辛かったのは、安眠枕が全然出なかったこと。


 三十回回してようやく三つ出たので、土曜日に使って二つしか残らなかった。


 それにしても三千連か…………昔なら毎日一連しか回せられなかったのにな。


 日曜日の夜。


 珍しくチャイムが鳴って、やってきたのは浅田さんの秘書の永田さん。


 日曜日だというのに、休みなく働いているのかな……?


「こちらは先日売っていただいたお酒の代金になります」


「いやいや! ハードケースに入るくらいの額!?」


「酒というのは造るのに長い年月がかかります。熟成させればさせるほど美味しいものができると言っても過言ではないですが、それでも途中で失敗して味を大きく下げてしまうケースもあります。そして、エムさんの酒はその最高峰に至る酒です。ガチャからいくらでも出るとはいえ、その味は最高峰であることに変わりはなく、むしろこの額ですら安いかもしれません」


「あ~分かる~エムくんの酒って、世界で一番高い酒よりも美味しかったよ」


 さらっとマホたんのフォローも入る。


 君…………世界で一番高い酒を毎日たかっているのだが……?


「じゃあ、マホたんにはこれから一日一杯までな」


「エムくぅうううううう!? 私、何かしたのかな!? なんでも謝るし何でもするからそれだけは勘弁してください! お願いします!」


 目にも止まらぬ速さで俺の足にしがみつくマホたん。


 ちらっとマホたん越しにシホヒメが見えた。


 シホヒメ……相変わらず元気がないな…………。


「冗談だ。それより永田さん。毎回こんなに俺に渡したら破産しません……?」


「酒で人が破産することはよくあります。マホたんさんもそうでしょうからね」


「あ、あはは…………」


 マホたんは大量の汗を流す。


「浅田さんや永田さんの力になれるのは嬉しいです。それに酒の貯蔵量はますます増えていくばかりなので、飲めるペースは今までと変わらなくできますが、それでお二人が破産してしまっては困るんです」


「ですが! 我々はもうエムさんのものに夢中なんです!」


「お前も紛らわしい言い方するなあああ! あっ」


 思わずゾンビヒメノリに突っ込んでしまった。


 俺もずいぶんとシホヒメに毒されたな。


「こほん。ひとまず、お二方が破産しない範囲でなら売ってあげます。それに値段はもう少し下げても構いません」


「なんと……! ですが、こんな美味しい酒をこんな安い値段で買ってしまうと、俺達以外の人達も買い占めかねないのです……!」


「なるほど……分かりました。では値段はそのままでいいですから、浅田さんと永田さんに売る分だけ、いつもサービスしますよ」


「っ!? か、感謝します!」


 今回もたくさんの酒を取り出してあげると、永田さんの目が輝いた。


 それを大事そうに車に運ぶ永田さんは、とても嬉しそうだ。


「あ、永田さん。一つ相談があるんですが」


「はい? どうぞ」


「実は、俺達、これから色んなダンジョンに潜ることになります。もしかしたら一週間で帰ってこれないかもしれないので」


「なるほど……青空ダンジョンの攻略も二日前に終わりましたものね」


 いや、何で知ってるんだよ……あれか、配信見てくれているとかか。


「はい。そんな感じです。明日からはまた別なダンジョンを攻略します」


「分かりました。では、一週間貯蔵分をさらに購入させてください」


「いいですよ」


 出してあげた量と同じ量を出してあげるとまた目を輝かせて、大事そうに酒を運んだ。


 美保さんも一緒に手伝ってくれて、それを見た妹も楽しそうに手伝ってあげた。


「え、エムくん……? 明日からダンジョンを攻略するって……?」


 シホヒメが不思議そうに俺を見つめた。


「シホヒメ。明日から色んなダンジョンを攻略する」


「そっか……」


 初日だから光り輝いているけど、元気のないシホヒメ。正直、こういうシホヒメは初めて見るから何だか俺まで悲しくなるが、こればかりは仕方がない。シホヒメのために何ができるか分からないけど、今はとにかく可能性がありそうな品のURを目指そうと思う。


「エムくん……」


「うん?」


「私……邪魔じゃない?」


 俺はゆっくり手を伸ばして、彼女の頭を優しく撫でてあげた。


「約束しただろう? 絶対助けてやるって。こう見えてもちょっと時間がかかったけど、ちゃんと奈々も助けたんだから。シホヒメも頼りにしてくれよな。まあ、少し頼りないかもだけど」


「ううん。そんなことない。エムくんはいつだって…………私の英雄だよ」


「ん? 何かいった?」


 シホヒメはただ笑顔で頭を横に振った。


「さあ、私も酒運ぶのを手伝うわよ~! エムくんも手伝って~!」


 シホヒメに少し笑顔が戻った。

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