第84話 シホヒメの涙

「エムくん……助けて……」


 リンから伝わった声に俺は何一つ迷うことなく、シホヒメの左手に装着していた呪いの腕輪を取り外した。


「綾瀬さん! 急いで回復をお願いします!」


「了解っ! ――――アークヒーリング!」


 綾瀬さんの両手から眩い光が溢れ出てシホヒメの全身を包み込んだ。


「シホヒメ! 大丈夫か!」


 シホヒメの体を抱き寄せる。リンが伝えてくれた言葉。リンではなく、シホヒメの心の声だ。


 俺達が見守る中、シホヒメの瞼が動いて、ゆっくりと目を開けた。


「シホヒメ! 俺が分かるか!?」


「エムくん…………」


 シホヒメの目に大粒の涙が浮かび上がる。


 それは呪いによって辛かったから――――ではない。シホヒメは痛みでは泣いたりしない。


 彼女が泣いているのは…………


「大丈夫だ。俺が絶対にシホヒメの呪いを解くアイテムを引いてやるから、だから心配しなくていい。俺を信じて付いて来てくれるか?」


「うん…………」


 シホヒメは大粒の涙を流しながら力なく俺を見上げてきた。


 安眠枕で眠ることは可能だ。けれど、それがいつまで出るとは限らない。現に、俺の成長・・によって、一番ハズレである安眠枕の出現率は低下した。俺にとっては良いことだとしても、シホヒメにとっては絶望にも等しいはずだ。


 いずれ、安眠枕を出すのに何百連も回さないと出なくなる日が来て、やがて一切出なくなる日だってくるかもしれない。


 そんな中、現れた呪いの腕輪。付けた者に深い眠りを与える腕輪を引いたはずなのに、それがシホヒメには全く意味を成さなかった。


 希望が絶望に変わる。


 いくら明るいシホヒメでも絶望に生きる力を失うのは当然かもしれない。


 気が付いたら、俺はシホヒメを精一杯抱きしめていた。


 俺の胸で涙をぐっとこらえて静かな声で泣くシホヒメの声が、胸に響いてくる。


 九年前、妹がダンジョン病で倒れてから、リンのおかげで会話できるまで九年かかった。あの日の奈々から伝わってきた嬉しみの気持ちは、絶望あってこその気持ちだと分かった。


 今のシホヒメからは、その時に垣間見えた感情が、ダイレクトに響いてくる。


「絶対に大丈夫だから。さあ、今日はゆっくり眠ろう」


「うん…………」


 安眠枕を取り出して、彼女を眠らせてあげる。


 眠りにつく最後の最後まで、シホヒメは涙に濡れた目で俺の目を見つめ続けた。


 恐怖で少し体を震わせていて、最後まで俺の手を握りしめていた。


 眠りについたシホヒメの濡れた頬をハンカチで拭いてあげる。


「リン」


「あい……」


「知らせてくれて本当にありがとうな」


「あいっ……」


 俺と奈々でリンを優しく撫でてあげる。


「リン。俺のガチャからシホヒメを治す薬は出るか?」


「ご主人しゃま…………ううん…………出ないよ…………」


 奈々の時とは全然違う返事。でも返ってくる答えはわかっていた。以前にも聞いたことがあったからな。


「彼女を治す可能性があるアイテムもないんだな?」


「あい……」


「…………なら、UR指定チケットを手に入れる方法は知らないか?」


「新しいダンジョン……フロアボスを……いっぱい……倒す……」


「それって初めてUR指定チケットが出た時みたいな感じか? 試練とか」


「あい……ご主人しゃま……強くなる……試練に勝つ……チケットもらえる……」


 僕のガチャでは彼女を治す術はない。なら治すというより、安眠枕の上位版枕を手に入れる方向で動こう。URにあるかは知らないが、チケットがあれば確認できるはずだ。


「よし、今後は新しいダンジョンを攻略する方向にしよう。幸い、俺達にはリンがいるから、荷物の心配はないし、護衛の心配もない。攻略は時間がかかるだけで難しいとは思わなかったからな」


「お兄ちゃん。頑張るのは大賛成だけど、試練のことは忘れないでね? 前回の試練も命がけの試練だったでしょう? 今後訪れる試練だって…………」


 奈々が俺を心配してくれるのが分かる。


 シホヒメも大切だ。でも奈々を悲しませるわけにはいかないからな。


「ああ。それも知っているさ。でも今度は大丈夫。だって、あの時は俺とシホヒメしかいなかったし、急な出来事だったから。今は奈々もいるし綾瀬さんもいるし、マホたんとリリナもいる。試練までリンに一番頑張ってもらわないといけないけど、試練は俺が頑張る番だから」


「うん……! 私も頑張る!」


「奈々の獣人モードは本当に助かるからな。今後戦いで俺を担いで跳び回ってもらうことになるかも」


「お兄ちゃんを?」


「ああ。前回だと攻撃の全ては俺を狙っていた。それなら俺が走り回るより、奈々に運んでもらった方が絶対安全だし、俺も空いた手を動かすことができるからな」


「そうだね! じゃあ、明日からお兄ちゃん運び方の練習する~!」


「明日は休息日だけど、そこの練習はするようにしよう。綾瀬さんも明日の予定はそこも踏まえた上で組んでもらえると助かります」


「まかせてちょうだい! 仲間のために私もがんばるわよ~!」


 こうして俺達の次なる目標が決まった。


 UR指定チケットで選ぶべきは、安眠枕系統のものか、はたまたエリクシールなのか、悩むことは多いが……悩んでいても答えは見つからない。


 どちらも目指して日々を頑張っていこうと思った。

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