第80話 青空ダンジョン攻略

 テントはかなり大きめのもので、野宿なんだから見張りだったりを考えたら小さなテントになると思っていた。


 みんなで並んで眠っても余裕がある。


 端からシホヒメ、俺、奈々、綾瀬さん、マホたん、リリナの順で横たわる。


 いつもシホヒメの部屋でみんなで寝ているけど、狭いテントの中だとどうしても気になってしまう。


 シホヒメは安眠枕を置いてあげたけど、意外にもすぐに眠らなかった。


「え、エムくん! は、早く寝よう?」


「いや、先に寝ていいよ」


「う、うぅ……」


 あのシホヒメが眠らないなんて驚いてしまったけど、夜番のことを考えると、シホヒメをさっさと眠らせて俺達で決めたかったのに、肝心のシホヒメが寝ないという……。


 その時、リンが俺の頭をぽよんぽよんと叩いて呼んだ。


「ご主人しゃま……」


「うん?」


「見張り……私……ひとりで……十分だよぉ……」


「えっ!? どういうこと!?」


 するとリンの体から一本の触手がテントの最上部に伸びた。


 外を覗いてみると、リンの触手がテントの上からひょっこりと姿を見せている。


「魔物……近づいたら……私が倒す……」


「リン……! ありがとう。でも寝なくて大丈夫なのか?」


「大丈夫……」


「リンがそう言うならお言葉に甘えちゃうけど……もし何か俺にできることがあったら教えてな?」


「あい……」


 いくつか腑に落ちないことはあるが、一旦はみんなで眠ることにした。


 少し暗いテントの中だが、夜空になった空から明るく照らす月明りで、天井に伸びたリンの触手が見えた。


 もう一度リンを撫でてあげる。


 となりでは何故か俺の腕を離さないシホヒメが目を輝かせている。


 俺が横たわると同時に、腕を抱きしめたまま安眠枕で眠りについた。


 幸せそうに眠るシホヒメに思わず苦笑いがこぼれたけど、暗闇でも分かるくらい幸せなオーラが見えるのは、何だかこっちまで幸せになりそうだ。


 もう片手には奈々が抱きついてきた。シホヒメに影響されたらしい。


 そういえば、妹と手を繋いで眠ったのはいつぶりだろうか。シホヒメには……きっかけを作ってくれたことに感謝しないとな。


 初めての野宿は配信からテントでの眠りまで何もかも初めての経験だったが、とても楽しかった。




 翌日。外が少し明るくなった頃に目が覚めた。


 相変わらず両手には、抱きついたまま眠っているシホヒメと奈々。二人とも寝相が良すぎないか?


 ふと隣を見ると、マホたんとリリナは結構寝相の悪さで眠っていて、綾瀬さんの姿が見えなかった。


 二人の手をゆっくり解いて外に出ると、綾瀬さんは朝食の準備をしてくれていた。


「綾瀬さん」


「陸くん? もう少し眠ってていいわよ?」


「いえ。目が覚めたので。手伝います」


「ありがとう」


 いつからだろうな。あまり眠らなくなったのは。


 体が自然に起きてしまうから、長く眠るのは性に合ってない。でも熟睡できているので、眠くなったりはしない。


 みんなの分のサンドイッチを丁寧に作っていく。


 綾瀬さんは時折俺を見て笑顔を浮かべてくれる。


 準備中に魔物が近づいてくると、テントの中から伸びていたリンの触手がいつものリンと同じく攻撃して魔物を一撃で倒す。


「なるほど。ああやって守ってくれたんだな。ありがとう。リン」


「リンちゃん。ありがとう~」


 綾瀬さんは意外にもリンには触れない。


 以前シホヒメが触れようとして麻痺させられたのは記憶に新しい。リンが触らせてくれるのは俺と奈々だけだ。


「あい……」


 気怠そうな返事は、いつもと同じく眠そうなのか、今日は眠らなかったからなのか、よくわからない。


 みんなが起きるまで綾瀬さんとお茶を飲みながら待って、みんなが起きて朝食を食べてまたダンジョン攻略を開始した。


 配信までまだ時間があるが、どのみち移動している配信になるので先に攻略を開始する。


 六層から七層の半分を歩いた頃に配信が始まった。


 昨日よりも人が増えており、遂にはダンジョン攻略配信でも視聴者数が一万人を超えた。


「「「「エムくん~! 視聴者数一万人おめでとう~!」」」」


「みんな。ありがとう。リスナー達もありがとうな」


『『『『おめでとう~!』』』』


 元々リスナーを増やしたいというよりは、応援してくれるリスナーがいれば良かったので、とくだん目標にはしていなかったけど、一万人という大台を超えたことは純粋に嬉しい。


 十二層に着く頃に空が暗くなり始めて、昨日同様に夕飯の日常配信を行って、昨日同様眠りについた。


 シホヒメは余った枕は取っておくことを選んで、膝枕をしてくれた。


 いつもの部屋と違ってテントの中でシホヒメの温もりが後頭部に伝わると、何だか心臓が変にドキドキしてしまう。


 青空ダンジョンに入って三日目。


 今日はいつもとは違う時間帯に配信の予定だ。


 朝一で十二層から始まり、昼過ぎに最下層の十五層にたどり着いた。


 昼食も簡単に食べてから十五層の最奥を目指す。


 意外にも他のパーティーもちらほら見える。


 そんな俺を見てマホたんが声をかけてくれた。


「みんなフロアボスを攻略に来てるよ。それといくつかパーティーが一緒になってるでしょう?」


「ふむ」


「みんなで夜番をシェアしているの。自分のパーティーだけだと四人で夜番をしなきゃいけないけど、ここまで三パーティーで来れば、十二人で夜番を分けれるから、かなり負担が少ないのよ」


「そっか……マホたん達もそうしていたのか?」


「私達も背中を預けられるパーティーがあればそうしたけど、基本は四人だけだったわね。リリナの警戒魔法を発動してもらって、みんなで寝てたわ」


「へぇ~そんな魔法もあるんだ」


「ふふっ。リンちゃんがいれば最高なんだけどね~リンちゃんがいればなんでもできるから」


「リンはやらんぞ~」


「ご主人様大好きリンちゃんは奪えないよ~」


 頭に載っていたリンを手繰り寄せて抱きしめる。


 程よい弾力性がとても気持ちいい。


 いくつかのパーティーを通り抜けて十五層の最奥にたどり着くと、漆黒ダンジョン最奥にあったのと同じ、フロアボスへの扉が現れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る