第75話 配信者エム氏を巡る争い

 漆黒ダンジョンから青空ダンジョンに移ってから三日が経過した。


 青空ダンジョンは一層が広く、下層も二十層まで存在していて一日で最下層にはたどり着けないそう。


 普段なら帰りも考えて潜るから上層には人が多くても下層にいけば、殆ど探索者の姿はいなくなるらしい。


 俺達は【帰還の羽根】があるので、毎日配信時間が終わってもより深部を目指している。


 魔石の効率は漆黒ダンジョンよりもずっと低下した。一番の理由は、魔物の密度・・が漆黒ダンジョンの半分以下だからだ。


 それでもガチャを回すよりも旅を重視しながら、三日間楽しみながら、午後は昼ご飯の日常配信を行って、ジムに行って体力づくりをする三日間だった。




 木曜日の朝。


 うちに訪れたのは――――まさかの浅田総理と秘書の永田さん。


 いや、一般市民の家に総理がやってくるなんて凄い驚きだ。そもそも、俺みたいな底辺配信探索者だった者が、こうも総理と何度も顔を合わせるって凄いな。


「エムくん……! お願いだ! あれ・・を譲ってくれえええ!」


「ひい!? 浅田さん! 落ち着いてください! 永田さんも『いつに入ろうか様子を窺う』的な表情を浮かべないでくださいよ!」


 あの威厳ある総理が俺の足にしがみついている。


 永田さんも余った足にしがみつこうとして、俺に言われたからがしょぼくれた表情になる。


 すると、今度は後ろから俺の左足に絡んだ者がいた。


「エムくん! お願いだ! 私はあれ・・がないともう生きていけないの!」


「元祖は私だよみたいな言い方やめろおおおお!」


 二日目のシホヒメはクマができた目がしがみついてきた。


「もぉ! 二人とも! お兄ちゃんが困ってるでしょう~! 早く座りなさい~!」


 口を尖らせた奈々が怒ってくれて、ようやく落ち着きを取り戻した。




「ごほん。エムくん。今日は大事な話があってきたんだ」


「はい。朝一で総理が訪れるくらい大事なことでしょうからね」


「ついに先日エリクシールを強奪しようとした者の正体を突き止められた」


「はい」


「そこで先日もらったお酒はまだ残っているだろうか?」


 いやいや、話の前後が繋がってませんけど!?


 一緒に聞いていたマホたんとリリナが激しく反応をみせる。


「えっと、お酒と犯人と繋がりでも……?」


「いや、まったくないな」


「…………一応まだ在庫はありますけど」


「おおお! ぜ、ぜひ売ってはくれないだろうか! ある分全部売ってほしいのだ!」


 俺と総理の間に二人が割り込む。


「ダメッ!」


「エムくんの酒は私達の物よ!」


「こらっ!」


 ガチャ袋からいつ使えるのかと思っていたピヨピヨハンマーを二つ取り出して、二人の頭に叩き込んだ。


 もちろん痛みは一切ないし、『ピヨ~ッ』って音が鳴るだけだ。


「ま、まさか……君達も……あの酒を!?」


「ふふっ。私達は総理よりも早かったんですよ?」


 今度は浅田さんと永田さん二人と、マホたんとリリナ二人の間に凄まじい火花が散り始めた。


 いやいや……お酒くらいで何をそこまで……?


「みんな! また喧嘩したら、お兄ちゃんに言って、お酒全部海に捨てるわよ~?」


 四人が絶望した表情を浮かべて、目にも止まらぬ速さでソファーに座り込んだ。


 奈々が最近過激になってきた気が……? いや、きっと気のせいだ。


「最近お酒が出る確率が高くなってきたんで、十分な量は確保できると思います」


「枕もお願いします!」


 うん。聞かなかったことにしよう。


「そ、そうか。でも売れる分をできるだけ売ってほしい。頼む」


「えっと……それなら――――魔石で交換はいかがですか?」


「魔石か。ガチャを回すためか?」


「はい」


 難しい表情を浮かべる浅田さん。


「魔石は国に関わっている以上、少し難しくてね」


「そうなんですか?」


「ああ。エムくんは魔石が普段どういう風に使われるのか知っているかい?」


「たしか、発電所の燃料が魔石になっているでしたっけ」


「その通りだ。昔は燃料問題で自然破壊とか色々あったが、今は世界的に魔石で発電機を動かせるようになり、クリーンなエネルギーとして重宝されているのだ。そうなると、魔石というのは、国にとってとても大切なエネルギー源だ。それをわしが私利私欲のために仕えないのだ」


 私利私欲…………一応自覚はあったんだ。


「分かりました。それなら、魔石じゃなくていいので、浅田さんに全てお任せします。それに、いつも国を守るために頑張ってくださる浅田さんに、こういう形で協力できるなら俺も嬉しいですから」


「エムくん……! わしは嬉しいぞ!」


「では定期的に浅田さん達に渡すお酒は確保しておきます」


「感謝する!」


「それはそうと、犯人が見つかったって件を教えてもらえませんか?」


「ああ。彼の名前はアンドレアス。ギフト【操り師】を持つ――――傭兵だ」


「傭兵!?」


 マホたん達は聞き覚えがあったのか、納得する表情を浮かべる。


「ダンジョン病はなにも日本だけの問題ではない。各国が抱える問題なのだが、回復方法が見つかった。だからそれを奪おうとして使われたのがアンドレアスだ」


 それは聞いたことがある。


 世界各国にダンジョン病を患っている人がいて、世界的に研究が進んだからこそ、奈々の時も意識があって生きていたと教えてもらうことができた。


「アンドレアスが所属するのは、傭兵集団【ギフターズ】だ。全員が強力なギフトを持っており、傭兵として依頼されたことはなんでもするのだ。ちなみに、彼らにいま依頼されているのは――――エムくん。君を攫うことだ」


 …………。


 …………。


 それを先に言えええええええええ!

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