第66話 ダンジョン病
奈々の初めての日常配信が終わり、街を散歩してから家に帰ってきた。
というのも、奈々が次に配信したい場所をリサーチするためでもある。
シホヒメのおかげで、どの店なら配信がよくて、どの店なら配信がダメなのかを知ることができた。
眠くないシホヒメの頭脳明晰さには助かるばかりだ。
夕方になる頃に家に戻ると、美保さんが美味しそうな夕飯を準備して待っていてくれた。
さらに奈々の初配信を祝してケーキまで用意してくれて、誕生日会のようなパーティーを行った。
風呂の時間が終わり、二階にあるテラスに出ると、奈々がデッキチェアで夜空を眺めていた。
「奈々」
「お兄ちゃん?」
持ってきた温かいココアを渡す。
「ありがとう~」
俺も奈々のすぐ隣にデッキチェアを持ってきて体を預ける。
夜空にはたくさんの星々が輝いていた。
「星が綺麗……」
「だな」
ココアの甘い香りと涼しい夜風、夜空に輝く星。
「なあ。奈々」
「うん?」
「ダンジョン病ってどういう感じだったんだ?」
以前から聞きたかったことを聞いてみる。
十年間ずっと意識があったのに眠っていた奈々がどういう思いだったのか知りたい。
「ん……凄く怖い場所かな? 真っ暗で何も見えなくて、変な箱の中に取り残された感じ…………でも不思議と暇ではなかったかも?」
「ん? 暇ではなかった?」
「うん。何というか、とても不思議なんだけど、どこからか色んな声が届いて、色んな知識を教えてくれたというか。だからダンジョンの事とか、戦いの事とか、色々教えてもらった気がするよ」
「気がするってことは、実際教えてもらったわけではないのか?」
「そうだね。実際声が聞こえたわけでもないから。でもお兄ちゃんの声も感触もちゃんと伝わっていたよ? お兄ちゃんが私に語り掛けてくれた言葉、全部覚えているもん」
「あはは……それはちょっと恥ずかしいかな」
「でもそれがなかったら、私はきっとダメになったと思う――――お兄ちゃん」
「ん?」
「私を見捨てないでくれてありがとうね」
俺はゆっくり左手を伸ばして、奈々の頭を軽くコンと叩く。
「俺が奈々を見捨てるわけないだろ。最愛の妹なんだから」
「えへへ~お兄ちゃんの妹で本当によかった!」
「こちらこそ。奈々が俺の妹で本当によかったよ」
「まだ私、お兄ちゃんのために何もできてないんだけど?」
「そんなことはない。奈々がいてくれたから、俺は生きる希望があったし、帰る場所があった。もし奈々がいなかったら、両親が亡くなってから俺は何で生きてるか分からなかった気がするよ」
「ふふっ。私もそうかも~」
奈々が俺の左手を握って、自分の頬に当てる。
温かい奈々の頬が手から伝わってくる。
「お兄ちゃん。明日、頑張ろうね」
「そうだな。奈々と同じ思いをしている人がたくさんいるから、みんな助けてあげよう」
「うん……!」
俺達はしばらく夜空の星を眺めた。
◆
次の日。
朝食を食べて待っていると、チャイムの音が聞こえてくる。
「エム様~永田さんがいらっしゃいましたよ~」
「ありがとうございます。今から出ます」
「は~い」
今一度気合を入れて、外に出る。
浅田さんの秘書の永田さんが出迎えてくれた。
挨拶を交わして、いつもの大きなファミリーカーに乗って、ある場所を目指す。
数十分走ると、ビルが立ち並んでいた景色から一変して、田んぼや山が見えるのどかな景色に変わった。
車はやがて広大な施設に着いた。
物々しい雰囲気で、高い壁に囲まれた施設。
重厚な扉が開いて中に入ると、大きな建物がちらほら、軍人と思われる人達も見えた。
映画でしか見た事がない景色に驚きながら、みんなで周りをキョロキョロ眺める。
俺達を乗せた車は最奥に進み、白い壁の建物の玄関前に止まった。
車を降りて中に案内される。
「エムくん。いらっしゃい」
「浅田さん。お待たせしました」
浅田さんと握手を交わす。
総理大臣とこうも簡単に握手を交わせるって凄い気がする。
「本日はよろしく頼む」
「はい。よろしくお願いします」
浅田さんとの挨拶を終えて、すぐに本日の目的を遂行する。
ここに集まった――――九十九人のダンジョン病に掛かった人々との面接及び治療だ。
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