第65話 ナナの日常配信

 配信が終わり、俺達は【帰還の羽根】を使ってダンジョンから外に出る。


「じゃあ、向かおうか」


「うん!」


 嬉しそうに声を上げた奈々がスキップしながら歩く。


 こういうところは十年前と変わらないんだな。


 そういや、十年間どういう感じだったのか聞いたことなかったので、聞いてみようか。


 喜びを全面的に出してる奈々を、後ろから見守りながらその後を追った。


 俺達がやってきたのは――――――牛丼チェーン店である。


「わあ~! ここがあの有名なスギ家だ~!」


 正直俺もあまり来たことがない。食費はガチャでなんとかしていたし、お金は全て入院と家賃に当てていたから。


「俺も来るのは久しぶりだから楽しみだな」


「お兄ちゃんと牛丼~!」


 ぴょんぴょん跳ねる奈々の頭を優しく撫でてあげる。


「奈々ちゃん~はい~」


 シホヒメが手に持っていたスマートフォンを奈々に見せる。


「わあ! シホお姉ちゃん、ありがとう!」


「ふふっ。奈々ちゃんは可愛いね~」


 スマホを受け取り、操作する奈々の頭をなでるシホヒメ。


 事前に教えてもらった通り操作すると、どこからともなく――――撮影用コウモリ型カメラが飛んできた。


「来た~!」


「奈々ちゃん。メンバー登録しないと、全員モザイクになっちゃうよ~」


「あっ! そうだった!」


 またスマホを覗く。


 そこにはカメラに写っている俺達の姿が映っていた。


「お兄ちゃんと、シホお姉ちゃんと、リンちゃんと、リカお姉ちゃんね」


 一瞬リカお姉ちゃんって? ってなったけど、綾瀬さんの下の名前だった。


 あまり使わない名前だと忘れてしまうな。


 ペンネームもアヤだし、そこは違う名前の方が良かった気がするな。


「はい~登録終わりました~」


「これでいつでもこのメンバーは映れるね~では早速――――配信を始めようか!」


「おう~」「「は~い」」


 カメラの下に《配信を開始します。》という画面が現れる。


 ダンジョン外での配信は初めてなので、少し変な感じがする。


「こんにちは~怠惰スライムの日常チャンネルで~す!」


 奈々が可愛らしく手を上げる。


 か、可愛いっ……!


『うおおおお~! ナナちゃんチャンネル来たぁぁぁぁ~!』

『ダブル配信とか最高かよ~!』

『午後からナナちゃんが拝める……最高!』

『ナナちゃん×リン様。最高。ぐふっ』


 コメントが無数に流れる。


 これは周りの人々も見えるので、牛丼屋に入る人達もちらちらと見てくる。


 実は探索者支援配信サイト【コネクト】から送られてくるカメラは非常に高性能・・・だ。


 俺達が見えているコメントも、カメラから表示しているし、撮っている映像も登録していない人は全員が強制モザイクになる。音声や服装までも違うものになったりする。


 なので一切身バレはしないので、コウモリ型配信に気を取られる人はいない。


 ちなみに、店内撮影だが、店によって事前に撮影許可が出ている店とダメな店がある。


 それらは事前に調べることができるし、ダメな店はカメラは中に絶対に入らないし、規約違反として配信強制停止にもなる。


 牛丼屋に入っていく。


「いらっしゃいませ~空いた席にどうぞ~」


 明るい女性店員さんが出迎えてくれる。


「は~い!」


 奈々の返事に店内の人々がこちらに視線を移す。


 微笑ましい奈々に周りから笑みがこぼれる。


 可愛いは正義というか、誰も嫌な顔一つしない。


 小さく鼻歌を歌いながら席に着いた。


『ナナちゃんご機嫌だね~』

『スギ家見慣れてるのに眩しいな。おかしいな』

『あれ? うちの近くのスギ家はこんなんじゃないぞ?』


 探索者支援配信として有名だが、実際目にする機会はあまりないのか、周りの人達がちらちらとコメントを覗く。


 配信は大半がダンジョン内で行われるので、日常配信はあまり行われないのもあるからだ。


「私、これがいい~!」


「スマホと同じ要領で押すと選べるよ」


「こう? わあ! なんか色々設定できるよ?」


「細かく選べるようにしてるのが、この店の売りだからね。俺は全盛りかな」


「じゃあ、私も~」


 それからシホヒメとアヤも好きなものを選ぶ。


 注文のボタンを押してワクワクするナナを見守る。


 ちなみに、音声にも調整が掛かるので、俺達の声は小さく喋っても配信ではわりと正確に聞こえる。


「シホヒメとアヤはよく来るのか?」


「私も初めてだよ?」


「初めて!?」


「私はたまに付き合いで来ていたけど、久しぶりかな~」


 シホヒメが初めてというところが意外だった。


「うちはほら、お姉ちゃんがいたし、元々食欲もなかったから」


「あ……眠いとどうしても食欲もなくなるよな」


「うんうん。今はエムくんのおかげで、もうびんびんだよ?」


 いや、女子がびんびんってなんだよ。


「アヤは職場の頃か」


「うん! 出て来るのが速くて来たがってた同僚も多かったから」


 丁度その時、「お待たせしました~」の声と共に、牛丼が運ばれて来た。


 いや、本当に速いな。まだ注文して数分しか経ってないぞ?


「ありがとうございます!」


 ナナの挨拶に店員さんも満面の笑みを咲かせた。


 牛丼は俺が普通盛りで、ナナがご飯少なめ盛り、シホヒメがチーズたっぷりタイプで、アヤが辛そうなキムチ乗せタイプだった。


 アヤって意外と辛いの好きだったんだな。覚えておこう。


「美味しい~! 初めて食べたけど、甘くて美味しい~」


『スギ家が初めて……?』

『ナナちゃんってダンジョン病だったよな。そっか。十年か』

『うわああああ! 運営のバカやろぉぉぉぉ! 応援ボタン連打させろおおおお!』

『あれ……家の中に雨降ってて前が見えないんだが……』


 ナナが夢中になって牛丼を食べる姿にほっこりしながら、初めてだと言っていたシホヒメも「意外に美味しいわね」と初めて牛丼屋配信がほっこり配信となった。




 シホヒメが提案したナナの日常配信。


 ダンジョン病を克服して十年間のブランクを取り戻す日常配信が始まったのだ。


 ちなみに、日常配信中のリンは、俺ではなくナナの頭の上に乗っている。


 リスナーにとってはこれが一番のご褒美なのかも知れない。


 ちなみに、ナナの初配信の応援ポイントは、まさかの5,000を超えた。

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