第67話 奪われたエリクシール

 ダンジョン病を患っている人達は全員が個室で待ってくれている。


 建物は全部で五階まであり、各階に五十人が泊まれる個室があり、二階と三階が全て個室になっている。


 最初の部屋で案内の女性がノックをして扉を開いた。


 中には一人の若い青年がベッドに横たわっていた。


 ダンジョン病は必ずしも若い人達だけというわけではない。


 十年前に発症した年齢はみんな様々だ。


 ただ、少なくとも浅田さんの研究によれば、起き上がった後は強力な才能を身に付けていると思われる。いや、強力な才能を身に付けたからこそダンジョン病を患ったのかもしれない。


 部屋に親族は誰一人入れていない。これは同情・・を断つためだ。親族は全員一階の広間に集められている。


「リン。よろしくな」


「あい……」


 リンが触手を二本伸ばして、俺と彼のおでこにそれぞれ付着させた。


「初めまして。俺はエム。話は聞いていますね?」


「はい……聞いております……」


「では質問を答えて頂けますか?」


 時間短縮の意味合いでも、この一週間、彼らには俺から提示する契約・・を結ぶことになる。


 法的な問題はないが、リン曰く、俺の言葉にはかなりの強制力が生まれるらしい。


 それも彼らには包み隠さず伝えている。


 ――――それでも起き上がりたいのかどうか。強い力を手に入れて罪のない人に振りかざさないかなどの項目に全て同意・・・・した者だけにエリクシールを与える予定だ。


「はい……エムさんの条件に……全て……同意します……お願いします……」


 リンのモノマネではあるけど、彼の感情がダイレクトに伝わってくる。


 奈々から聞いた通り、十年間暗く狭い部屋の中に閉じ込められ、誰とも話せず、何もできず、ただただ一人が考えるしかできず、外の様子は耳や触感でしか判断できない孤独の世界から、早く解放されたいと願っている。


「分かりました。約束を守れるなら『ダンジョン病』を治します」


 そして、エリクシールをガチャ袋から取り出した――――――






 ――――――その時。






 俺達を見守っていたSP四人のうち三人が動き始める。


 突然のことで手に持ったエリクシールを一人のSPに奪われた。


 奪われる直前、麻痺棘を飛ばしたリンだったが、もう一人が壁となった。


 リンについて研究している。


 エリクシールを奪ったSPの男は窓に向かって飛び込んだ。


「回収」


 彼が窓に飛び込んだ瞬間にエリクシールを回収する。


 離れていて、別の人が持っていたとしても、俺のガチャから出たガチャ品なら回収できる。


 残ったもう一人のSPが実力行使に出ようとしたが、時すでに遅し、リンの棘が刺さっていた。


 窓から飛び降りたSPは、外の軍人によって捕まってしまった。


 すぐに浅田さんが慌ててやってきた。


「エムくん! ケガはなかったかね!?」


 見るからに驚いている。犯人は浅田さんではない?


 念のため、小さな声でリンに鑑定をお願いしている。


「ご主人しゃま……彼……本当に……驚いているよぉ……」


 浅田さんが敵側・・の人間じゃなくて本当によかった。


「大丈夫です。エリクシールも無事ですし、一滴も漏らしていませんからダンジョン病も大丈夫です」


「それはよかった……まさか長年わしに仕えていたSPがこんなことをするとは……」


「たぶん……操られてた……」


「浅田さん。リン曰く、彼らは操られていた可能性があるみたいです」


「操る……? …………まさか」


 浅田さんの顔が一気に曇る。


「エムくん。防衛をより強硬にするので、彼らを頼む」


「分かりました。浅田さんも頑張ってください」


 何か納得したように病室から外に向かう浅田さん。


 人を操るという言葉に反応していたから、目当て・・・があるのかもな。


 ひとまず、俺はダンジョン病に向き合う。


 再度エリクシールを取り出して、ベッドに眠っている青年の口元に一滴垂らした。


 念のためエリクシールはすぐにガチャ袋に入れる。


 青年の体から眩い光と共に無数の光の羽根が周囲に広がる。


 数秒して、青年が目を覚ました。


「初めまして。エムです」


「こ、ここは……やっと…………僕は……ううっ…………」


 目から大きな涙を流す青年。


 彼は俺に何度も感謝を口にしてくれて、約束は必ず守ると何度も言ってくれた。


 奈々もずっとこういう思いをしてきたはずだ。一緒に見守っていた奈々の目元にも涙が浮かんでいた。


「次の方が待っているので、先に失礼します。ご両親は後程こちらに来ますのでお待ちください」


「はいっ……ありがとう…………」


 俺達が出るまで涙ながらにずっと感謝を言われ続けた。


 一人の孤独がどれだけ辛いのか……垣間見れた。


 それから各部屋を回り、約束事を確認した。




 ――――知ってはいたけど、誰一人拒否する人はいなかった。

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