第52話 悪影響は広がる
次の日。
朝食を食べて支度をしていると、チャイムの音が鳴ったので玄関を開けると、まさかの人が立っていた。
「お久しぶりです……榊さん」
「お久しぶりです――――大家さん」
オールバックの真っ白な髪で背中が曲がったおばあちゃん。彼女はこのアパートの大家さんだ。
意外な人の訪問に少し驚いた。
「何か御用ですか?」
「はい……連日マスコミが訪れて……」
「あ……」
「申し訳ありませんが……すぐに家を出て欲しくて…………」
こればかりは仕方がないか。
俺達だけの被害ではなく、アパートに住んでいる大家さんや隣人さんの迷惑に掛かるなら仕方のないことだ。
「分かりました。今日中に出て行きます」
「すいませんね……」
「いえ。格安で部屋を貸してくれた大家さんには、本当に感謝しているんです。それに、収入も安定していたので、これ以上迷惑をかける前に出たいと思ってました」
大家さんはとても良い人で、俺達兄妹の事情を知り、家賃を通常よりも半額で部屋を貸してくれた。
そろそろ正規の家賃を支払おうと考えていたが、これ以上迷惑を掛けたくはない。
「えっと、これを……」
そう言いながら封筒を出してきた。が、その中身が何を意味するのかくらい分かる。
「大家さん。やめてください。これは俺のせいなんですから、大家さんがそこまでしてくださらなくてもいいんです。妹も復活して、ちゃんとお金も稼いでいますから。これまで置いてくださって本当に感謝しています」
「榊さん……」
「ですから、そのお金は大家さんのために使ってください」
何とか大家さんを説得して、追い払う謝礼金は受け取らず、返すことができた。
「みんな。今日で家を出よう。リンは家の物と収納してくれるか?」
「うん……する……」
普段なら動かないリンがここ最近目覚ましく働いてくれる。
肝心な時は誰よりも頑張るリンだ。
そもそも家具とか殆ど揃ってないので、布団とか衣服、食器類を飲み込んでくれる。
俺達は片っ端から急いで大掃除を始めた。
それから急いで家を出て、大家さんに鍵を渡して急ぎ足でダンジョンにやってきた。
いつもなら時間に余裕があるのだが、今日はギリギリの配信だ。
《配信が開始されます。》
『配信乙~!』
『リン様☆彡』
『シホヒメは残念美女モードじゃないらしい』
『初日ほんと可愛すぎ問題』
『いやいや、それよりナナちゃん最強』
『銀髪すげぇ~』
コメントに対してみんな手を振ってあげる。
意外にもリンもぴょこんと手を出してふにふにと手を振る。
シホヒメもナナも一緒に手を振った。
『アヤすげえええええ!』
『やべ……ナースの格好とかエム氏何のプレイだ!』
『いやいや、すげぇ似合ってるんだけど!』
最近配信中のメンバーの人気に差を感じていると、食事中に不満をこぼしていたアヤ。
俺が冗談半分で「綾瀬さんならリアルナースですし、回復魔法も使えるし、ナースの格好ならめちゃ人気出そうですけどね~」と言ったら、「エムくんはそっちの方が好き?」と聞かれて、「ま、まぁ……男ならナースには憧れと言うか、お、俺だけじゃないはず……」と答えた。
まさか、本当にナースの格好で参戦するとは思いもしなかった。
「私、元々看護師をしていたんだよ~? 今日からパーティーの体調管理はこのアヤに任せて~★」
いやいや、最後ちょっと黒いですけど!?
でも反響はかなり良いみたいだ。
『病んでそうな看護師姉ちゃんキタぁああああああ!』
『見て貰ったらこっちまで病みそうで最高すぎる!』
『やっぱ女性は大人の魅力だな……』
そこに意外な闘志を燃やすのは、シホヒメだったりする。
「こらこら、安眠枕が切れたから、今日明日で引けないとまずいから、急いで十層まで向かうぞ!」
「「「は~い」」」
『攻略頑張れ~!』
『あれ? 腕輪はアヤが着用しているんだな』
「あ、ナナには必要なさそうなので、アヤに付けてもらったんだ」
すっかり説明しておくのを忘れた。
それにしてもリスナーが増えすぎて、こういうところをしっかり見てくれる人も多くなったな。
それから急いで十層に向かった。
向かう間、シホヒメの前衛としてナナが立ち、全ての攻撃を軽々と避けて的になり、シホヒメの魔法で敵を殲滅していく戦法をとった。
十層までたどり着けば、あとはリンに倒してもらうだけなので非常に楽だ。
いつもなら一時間はかかる道のりが数十分で着いた。
意外と……俺も最近のダンジョンで激しく動いていたからか、ここまで来れるんだなと驚くくらいだ。
「一旦、十分だけ休憩して、一時間狩りして、ガチャを回すぞ!」
「「「は~い!」」」
リンにレジャーシートを出してもらって休憩をする。
『リン様、便利すぎだろ! アイテムボックスとかチートやんw』
『そういや新聞にもなったけど、リン様にマスコミが返り討ちにあったらしい』
『リン様最強すぎん? 一家に一匹リン様欲しいんだが!?』
『エム氏~! リン様を売ってくれ~!』
「売らねぇよ! リンは誰にも渡さんぞ!」
ったく……! リンはモノじゃねぇんだぞ!
休憩時間はナナが注いでくれる美味しいお茶を飲みながらのんびりした。
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