第49話 変わる環境

「な、ナナ!?」


「えへへ~お兄ちゃん~」


 投げられる槍を全て避けながら、こちらに笑顔で手を振る。


 ギリギリ全ての槍を避けている。


 何というか、弾くとかでもなく、かすりそうで全くかすりもしない。


「やっぱり大丈夫みたい~」


「だ、大丈夫……? い、一体何が……」


「えへへ~私の――――才能かな?」


 妹の言葉に衝撃を受けた。


 才能を授かる人はかなり少ない。でもいないわけではない。


 妹が才能を授かったとて、何らおかしい事ではない。


 そして、目の前の妹は、間一髪で全ての攻撃を避けていた。顔色一つ変えず、むしろ楽しそうに。


 無理しているようには見えないので、ひやひやしながら見守る。


 心なしか、コメントでは『ナナちゃんすげぇ~!』と盛り上がりを見せる。


 くっ……兄として、心配で心配で…………。


 それから狩りを続けていく。


 配信時間の終わり際、最後の百連を回す。


 久しぶりの百連はハズレばかりだった。シホヒメにとっても。


「ま、枕…………」


 力が抜けて地面に横たわって泣いているシホヒメをよそに、コメントは盛り上がった。


『残念美女どんまいすぎてワロタw』

『ある意味これが一番のハズレww』

『どんまい~』



 《配信が終了しました。》



「シホヒメ~帰るぞ~まだ在庫一個残ってるから」


「うう……枕…………」


「ほら! 女の子がダンジョンで横たわったりするな! ああ~! 服とかゴミだらけじゃん!」


 立たせたシホヒメの前方が真っ黒になっている。


 ハンカチを取り出して、拭いてあげる。


「エムくん…………」


「明日も百連引けばいいんだから、気にすんだ。リンもばりばり戦ってくれるし、明日は十層に向かおう」


「うん…………えっと、なんでここは拭いてくれないの?」


「拭けるかっ! バカやろう!」


「拭いてくれて……いいのよ?」


「いやだ!」


 ハンカチを投げつけてやると、キャッチしたハンカチを抱え込んで、顔を赤らめる。


 おいやめろ!


 ひとまず落ち着いたので、【帰還の羽根】を使ってダンジョンから外に出た。




「おいおい……これは何の騒ぎだ……」


 出てすぐに黒いスーツとサングラスの人達が俺達を囲んだ。


 一応リンがいるので心配はしていないが、一体何が……?


 すると、スーツの人達の一角が開いて、一人の中年の男性がこちらにやってきた。


「急な訪問失礼する。初めまして。エムくんであってるかな?」


「はい。…………って! 浅田さん・・・・!?」


「顔を覚えていてくれて感謝する。浅田あさだ源一郎げんいちろうだ」


 まさか……こんなところで、こんな大物・・と会えるとは思いもしなかった。


 彼は浅田源一郎。


 一言で言えば、日本の――――総理大臣だ。


 つまり、日本のナンバーワン。日本の顔。日本の脳だ。


 ちなみに、選挙では俺も彼に投票している。


「どうして浅田さんのような方がここに……? というか俺に用が?」


「ああ。君に用があってね。敵対するとかではない。とても大切な話があってね。ぜひ時間を貰えないだろうか」


 いやいや、総理大臣の方が余程忙しいだろ! 時間をあげるもなにも、こっちが作るに決まってるだろ!


「もちろん構いません。配信も終わってますし」


「それは良かった。ではこちらに。お嬢さん達もぜひ一緒に」


 後ろに控えている立派な車に乗り込んだ。


 走り出した車は、目的地を知らされないまま、どこかに向かった。


 暫く走った車が止まったのは、とても立派なホテルだった。


 中に案内を受けて、慣れない高級ホテルの中に入っていく。


 豪華な飾りを通り過ぎながら、案内を受けて入ったのは、貴賓室だった。


 俺なんかがこんな接待を受けることって、何かあったっけ!?


 そう思いながら、ソファーに座っていると、浅田さんと共に何人かの人が部屋に入って来た。


「ああ。かけたままで結構。わざわざ来てもらってすまないね」


「いえいえ。それで俺にどんな用ですか?」


「うむ。単刀直入に言うと、君が手に入れた、ダンジョン病を治す薬についてだよ」


 ダンジョン病を治す薬……つまるところ、エリクシールだな。


「以前の配信で全て使ってないように見えたのだが、確か名をエリクシールと言ってたかな? 残っていたりするかね?」


 これは素直に答えるべき……だよな。さすがに総理大臣だしな。


「ええ。まだたくさん・・・・残っています」


 そう答えると、浅田さんの表情が笑みに染まった。


「実はエムくんにお願いがあってね。国内にはダンジョン病で苦しんでいる人が大勢いる。今まで治った試しがなくてね。そこで、君が保有する薬を国に譲っては貰えないかね」


 やはりそういうことか……。


 妹を復活させることができて、シホヒメの不眠も治せないなら、正直俺が持っていても意味はない。


 この薬で誰かが助けるなら譲るのもやぶさかでない。


 ただ……一つだけ懸念点がある。


 そんな俺の考えることを見抜いたように、一枚の紙を前に取り出した。


「こちらが我が国で観測できているダンジョン病を抱えた九十九人のリストだ。個人情報にはなるが、彼らを助ける方法が君しかいない以上、君になら渡して問題ないだろう。君が助けたい人だけでも構わないし、こちらに任せてくれても構わない。どうか彼らの力になってもらいたい」


 人数は九十九人。


 エリクシールは元々・・百回分である。


 そのうち一回分を妹に使っているので、丁度九十九回分残っている。


 一息ついて、もう一枚の紙を取り出した。


「まずはエムくんが協力したという情報は極秘扱いにしよう。その上で、こちらからはセキュリティ対策万全な活動拠点と、この先の活動の支援も約束しよう」


 そこには建物の詳細やエリクシール代金として0がずらりと並んだ額などが書かれていた。


「浅田さん。薬が欲しいのは分かりました。ですが国がここまでしてくれる理由が分かりません」


「もちろん国民を守るため――――と言いたいが、さすがにそれだけでは納得すまい。九十九人を助けるメリットがあるのだ。国のためにも」


 そう話した浅田さんは、とんでもない情報を俺達に教えてくれた。


 どうしてエリクシールを求めるのか。それで日本はどう変わるのか。


 その全てを聞いた上で、俺は答えを出すまで時間をもらうことにした。

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