第45話 九年ぶり

「――――チェインライトニング!」


 シホヒメから強烈な雷魔法が放たれて、ダークワームに直撃する。


「ワームは一度外に出ると地下には潜らないよ! でも一度動き出すと止まらないから気を付けて!」


「分かった!」


 シホヒメのアドバイスを受けて、俺も全力で走り出す。


 雷魔法を受けた巨体がシホヒメを目掛けて倒れ込む。いや、突撃攻撃だ。


 ダンジョンでは基本的に命懸けだ。最初に一層で死にかけたこともあった。それでも目の前の恐怖の方がずっと怖い。


 あの巨体に潰されればおしまいなのが分かる。


「――――バリア!」


 後ろから綾瀬さんの声が聞こえて、倒れ込んだダークワームが巻き起こした砂の波を魔法で防いでくれた。


「リンちゃん! 私のバリアで暫くはナナちゃんを守れるよ! リンちゃんはエムくんを手伝ってあげて!」


 綾瀬さんの指示に、待ってましたと言わんばかりに飛び出したリン。


 凄まじい速度で地面に横たわるダークワームに向かっていく。


 ダークワームの目標となったシホヒメは、戦い慣れているのか、遠くに避けていた。


 俺はそのまま根元に向かって全速力で走り続ける。


 クランメンバー全員が一人一人強い。俺が心配しなくてもみんなが自分の役目を全うできる。ならば、俺も自分の役目を全うしなければ……!


 ダークワームとリンが激突する。


 高層ビル程ある巨体にボールくらいの大きさのリンの体がぶつかる。普通に考えれば小さなボールがぶつかったからと言って超巨体がびくともしないのは明白だ。しかし、結果は真逆。轟音と共にリンがぶつかった場所が大きく凹んだ。


 続けて触手を無数に伸ばしたリンが巨体を滅多打ちにすると、ダークワームが悲鳴に近い声を上げる。


 シホヒメも負けじと次々魔法を放つ。


 俺も自分でできることをする。妹に恥ずかしくない兄を見せたいからな。頑張っているメンバーにも。


 ようやく辿り着いたダークワームの根元に爆炎剣を刺しこんで、全力で走り始めた。


 爆炎剣で傷つけた傷跡から炎が上がり、ダークワームの体を一周させる。


 俺が一周する頃にはダークワームの動きが止まり、その場でびくびくと動きながら徐々に動きがなくなっていった。


 ダークワームの体が徐々に消えかかり光の粒子に変わっていく。


 虹色に変わっていく粒子の中、リンがとんでもない速度で俺に飛んで来ては抱き着いた。


「リン!? ありがとうな」


「あい……」


 リンを抱き締めたまま、奈々達が待っている場所にやってくる。


「シホヒメ。アヤさん。ありがとう。ナナもよく頑張った」


 二人とも満面の笑顔を浮かべ、奈々もどこか笑顔になった気がした。


 ダークワームがその場に消えて、一枚の紙が上空から俺に向かってひらひらと落ちて来た。


「ん? …………ええええ!?」


「「ええええ!?」


 思わず声を荒げてしまったのは――――まさか、落ちて来たのが虹色に輝く【UR指定チケット】だったからだ。


 あの日、シホヒメを助けた日、このチケットには色んな思いが込められていた。


「り、リン!」


「あい……」


「ど、どの……どのアイテムなら――――奈々を…………」


 どうしてか続けて言葉が出てこなかった。涙が溢れて、急な出来事に色んな感情が込み上がってきて、どうしていいか分からない。


「ご主人しゃま……【エリクシール】……」


 俺はチケットをガチャ画面に入れた。


 目の前にいくつかのアイテムが表示されるが、その中から【エリクシール】を選ぶ。


 どんなアイテムがあるのか見る余裕なんてない。何ならエリクシールというアイテムがどういう効果があるのかすら分からない。


 それでも、俺はリンの言葉通り、迷うことなくエリクシールを選んだ。震える手を必死に抑えて。


 虹色に輝くガチャ筐体が現れる。


 コメントには『おめでとう~!』とか『UR確定~!』など、無数に流れて弾幕となり上手く読めない。


 ゆっくりとハンドルを回すと、現れた虹色のカプセル。


 大事そうに両手に抱えて開くと、中から綺麗な水色の液体が入った小さな瓶が一つ現れた。


 ゆっくりと妹に向かって歩く。




「奈々。やっとだ……やっと……君を治す薬を…………待たせてごめん」


「ううん。奈々ちゃんはそんなこと思ってないと思う。でも私より本人から直接聞いた方がいいと思うから」


 綾瀬さんが俺に笑顔を向ける。


 シホヒメも笑顔で俺達を見守ってくれる。


 ゆっくりと瓶の蓋を開いて、奈々の口に運んだ。


 瓶を傾けると、たった一滴がこぼれて奈々の口に落ちる。


 一滴の雫が奈々の口に当たると、奈々の体から眩い光と共に無数の光の羽根が周囲に広がっていく。


 まるで奈々を祝福するかのように、俺達を祝福するかのように。


 奈々の綺麗な黒髪が徐々に色を変え――――銀色に変わっていく。


 一秒。


 二秒。


 三秒。


 たった数秒がこんなにも長いと感じたのは人生初めてで、俺は心の中で祈り続けた。どうか妹が目を覚ましますように――――

















 そして、妹がゆっくりと目を開けた。


「お兄……ちゃん?」


 久しぶりに聞く妹の声に、溢れる涙を止めることができず、俺は妹の手を握ったまま何度も「ありがとう」と声をあげた。


「ううん……私こそ……ずっと寝てばかりでごめんね?」


 そんな妹に目には大きな涙を浮かべたシホヒメが首を横に振った。


「うん…………お兄ちゃん……本当に――――――






 ありがとう」


 その日、妹は長年のダンジョン病から回復する事ができた。

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