第41話 頬を赤く染めて下を見るな

 みんなで一緒にスーパーに来たのは初めてだ。


 頑なに奈々の車椅子を手放さなかった綾瀬さん。


 実は奈々の頭に乗ったリンと綾瀬さんが楽し気に会話をしているのだ。


 リンの触手は意志を伝える力があるようで、綾瀬さんのおでこにも細く伸ばした触手が付着している。


 ずっと奈々のお世話をしてくれた綾瀬さんだからこそ、姉妹のような仲良さだ。


 今日はカレーにでもしようと思って色々買い込んで、リンのためソーセージ売り場にやってきた。


「それにしてもリン様はいつもこのソーセージなんですね?」


 見慣れた一番安い長いタイプのソーセージを籠に入れながら、シホヒメが話す。


 にゅるっと伸びた触手がシホヒメのおでこに付いた。


「っ!? ほ、本当ですか!?」


 触手で伝える時って声がしないからリンが何を言っているのか俺は分からない。


 一体二人は何の話を…………。


 次の瞬間、綾瀬さんとシホヒメの顔が真っ赤に染まる。


「分かりましたっ! これからこのソーセージだけにします!」


 綾瀬さんが頬を染めて俺を見つめる。


 主に下を。


 ………………まさか……な。


 ひとまず買い物を終えてスーパーから家に戻る途中、行き交う車の一台が俺達の隣に急停止した。


 黒い高級ファミリーカーの後部ドアが横スライドで開く。


「待たれよ~! エム殿~!」


 どこかで聞いた事がある声と共に、金髪をなびかせて美男子が中から飛び出してきた。


「ディンさんでしたか。久しぶりですね」


「おお~! 名前まで覚えてくださったんですな。お久しぶりですぞ!」


 相変わらず金髪美男子なのに口調が変なのな。


 後ろからムスっとした三人のメンバーも降りてきた。


 神官の女性がマホたん、小柄の魔女っ子がリリナ、ディンさんと同じ金色の長髪イケメン男が…………。


「誰だっけ」


「僕はヤオっていう~!」


「ヤオさんですね」


 久しぶりに会った四人は相変わらず凸凹コンビというか、本当に日本最強クランなのか疑いたくなっちゃう。


「エム殿! 配信見ましたぞ!」


「っ!?」


「あの魔女との激戦は痺れましたぞ! シホヒメ殿も元気そうで何より」


「えへへ~」


 シホヒメが嬉しそうに笑う。


「それよりも、ですぞ。エム殿」


「お、おう?」


「帰還の羽根。どうやら本物だったようですね?」


 ああ、そういやこいつってそれが目的だったもんな。


「ええ。使える時は使っているけど、今のところ不発はないですね」


 すぐに目を光らせたディンが俺の手を握る。


 ううっ……男に握られると――――


 次の瞬間、後ろの奈々の頭に乗っていたリンから棘が放たれる。


「おっと、危ない」


 簡単そうに避けたディンが少し離れる。


「これはこれは僕としたことが、嬉しくてつい……失礼しました」


 …………今までリンの攻撃が外れたことはなかった。いや、リンの攻撃は外れていない。外れたんじゃなくて避けられたんだ。


 最強クランのリーダーというだけあって、その実力は本物だと分かる。


 後ろから無数の棘を出して怒るリンが見える。


「おっと、レディーリン。僕は君のご主人様を奪ったりはしないよ」


 ビタッと止まった棘が一気に収縮する。


「さて、こんなところで立ち話を続けるのも何だし、用件を言いましょう。帰還の羽根をぜひ売ってください!」


 やはりそう来たか。


「その件ですが、ガチャ品を売る事はしないと決めました。ですから売ることはできません」


「…………それでは困ります。僕はパーティーメンバーの安全を最優先する義務がある。帰還の羽根はその一番の切り札だ。何が何でも手に入れたい」


 急に真剣な目で話し始める。


 前回は止めていた仲間達も今回は暖かい目で見守っている。


 恐らく帰還の羽根がどういうものか理解したからだろう。


「言い値で構いません。何なら魔石が欲しければ魔石を持ってきます。それならガチャを回して帰還の羽根をもう一つ手に入れることもできるし、場合によっては妹君が入院していた病院よりも良い病院を紹介しましょう。その代金も全て私達が持ちます」


 確かに魅力的な提案だ。


 しかし、もし妹を預けることになった場合、それはある意味では人質とも言える。とてもじゃないが受けられない。


「残念ながらもう妹と離れるつもりはありません。これからは妹も仲間としてずっと一緒にいるつもりです」


 リンの柔らかい触手が奈々の頭をポンポンと叩く。


 また謝っているのだろうな。謝らなくてもいいのに。


「お金もいらない。魔石もいらない。それでは僕達が困ってしまいます…………貴方は自分の力がどれだけ凄い力なのかまだ理解していないようだ」


「俺の……力?」


「帰還の羽根にしても、ダンジョンから一瞬で外に出られる利点はあまりにも大きい。危険な時の切り札として、物資を運んでもらう必要もなく最下層まで向かい、一瞬で帰って来れる。これ程大きなアドバンテージはないし、我々探索者に取って魅力で、これからの攻略法を大きく塗り替えることになるんです。貴方がガチャで引く帰還の羽根だけでもね」


 だけというからには――――


「妹さんが付けている二つの腕輪もそうだ。もしある程度の初心者なら腕輪を着用するだけで素人でも、ましてや才能なしですら魔物を倒せてしまう。まだ能力は分からないけど、爆炎の剣も相まって、両腕輪があれば才能なしでも喉から手が出る程欲しがるでしょう」


 全く予想だにしなかった訳ではない。もしかしたら欲しがる人もいるだろうと思った。


 それを最強クランのリーダーから言われると、より鮮明に現実となった。


 その時、俺達を見守っていた綾瀬さんが俺達の間に割り込んできて、とある提案をした。

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