第36話 枕戦争の始まり
配信が地獄絵図のまま終了したが、意外にも応援ポイントは多めに入って、四桁を越えた。
「エムくん? あの赤いカプセルはどうするの?」
そういえば、最後のSRのカプセルは開いてなかった。
「早速開けてみるか」
「配信じゃなくてもいいの?」
「と言ってもここに放置しておくわけにはいかないし、もうカプセルは落ちてるから」
リンも納得したようで、特に反対ではないみたいだ。
地面に落ちた赤いカプセルに触れると、中から眩い光が溢れた。
そこから現れたのは――――青い腕輪だった。
「また腕輪?」
するとリンが触手を伸ばして青い腕輪を俺の腕に嵌める。
「リン?」
「これ……大事……」
「そ、そっか。ありがとう」
《物理耐性腕輪:物理に対する耐性を得る》
前回は魔法耐性腕輪だったけど、今回は物理だな。
「エムくん~☆ 帰ろう?」
「もう寝るつもりか!?」
「えへへ~」
三つ出た枕のうち一つを大事そうに抱きしめて満面の笑顔を浮かべる。
帰還の羽根を使ってダンジョンを後にして、ソーセージを買いに行ってから家に戻った。
「い、いや……お願い……」
目を潤ませて俺を見上げるシホヒメの枕を強制的に奪い取る。
「すぐ寝るのは駄目だ! 風呂に入って飯食って寝ろ!」
「枕……そんな…………」
子供かっ!
「とりあえずキタミナミも飯食って帰れよ」
「「はいっ!」」
泣き崩れるシホヒメを放置して調理を始める。
そういや、こいつって、いつ服を着替えているんだ? 匂いとかしないのでどこかのタイミングで着替えているんだと思う。
調理が終わってテーブルに食事を並べる。
「おい。シホヒメ。いつまでいじけてるんだ。枕欲しくないのか?」
「!? 欲しい~!」
「うわっ! 初日は眩しいから笑うな! まず飯を食え」
「は~い!」
「ほら、これはキタミナミな。リン。ご飯の時間はちゃんとテーブルに座れ~」
「「いただきます~!」」
頭の上のリンをテーブルに移動させる。
茹でたソーセージを素手の親指と人差し指で持ってリンにあげる。これもリンからの要望だ。箸を使うなと言われた。
「美味しいか?」
「うん……おいし…………」
今日も頑張ってくれたリンを撫でてあげる。
「綾瀬さん。口に合いますか?」
「うん! す、すっごく美味しいよ!」
綾瀬さんも気に入ってくれたようでよかった。
それにしてもこんなに大勢で食べるなんて初めてのことだな。
賑わいがちょっとだけ心地がいい。
布団で眠っている奈々も賑やかな食卓が少し嬉しそうだ。
すぐに一緒に食事が取れるようにするから、もうちょっとだけ待っていてくれ。
食事が終わってキタミナミは魔石集めにダンジョンに行くと帰っていった。こいつら……どこまでもシホヒメに貢ぐ気だな!?
「シホヒメ。寝るならちゃんと綺麗にしてから寝ろよ」
「うん!」
そう言いながら当然のようにクローゼットを開けると、見慣れないスーツケースが三つ並んでいた。
「…………」
こいつ……スーツケースまで全部白いのを買ってる。
いやいや、つっこむべきはそれじゃなくて、いつの間にかクローゼットが占拠されていることだ。
シホヒメがちらっと綾瀬さんを見つめて「ふふっ」と笑みを浮かべて風呂場に向かった。
「…………」
「…………」
「陸くん」
「ダメに決まってるでしょう!」
何が言いたいか分かるよ! 俺とシホヒメが出ていった部屋の扉を交互に何度も見てれば、誰でも察しが付くでしょうが!
「陸くんの意地悪……」
「いやいや、綾瀬さんの部屋はすぐ隣でしょう!?」
「! そ、それなら!」
「解約するとか考えないでくださいよ」
わっかりやすいなおい!
意気消沈する綾瀬さんは見て見ぬふりをして、妹の頭を撫でる。
気が付けば、帰ったら一人だったこの部屋に妹も帰って来て、ずっとリンが一緒にいてくれて、シホヒメと綾瀬さんがいて賑わうようになったものだ。
シャワーを浴びて帰ってきたシホヒメはいつの間にかパジャマ姿だ。
初日なだけあって光り輝いているシホヒメのパジャマ姿にはドキッとしてしまう。
「お待たせ~」
「いや、待ってはない」
「えへへ~エムくん~早く寝よう?」
ううっ!? 何という破壊力。しかし、ここにはリンもいて、奈々もいて、綾瀬さんもいるのが救いだ。
「はあ……まあいっか」
ガチャ袋から枕を取り出す。
枕を見たシホヒメは相変わらず、いい笑顔になる。
こいつに渡すとまた俺の布団で寝るかも知れないから、妹の隣にあるシホヒメの布団に置いた。
その瞬間――――――
シホヒメが布団に飛び込むよりも前に、俺の頭に乗っていたリンがシホヒメの布団に目掛けて飛び込む。
俺の頭から布団までの距離はたった一メートルと七十。
目にも止まらぬ速さで布団に飛んだリンが到着する前に人型に変身する。
ふわりとリンの丈の短いスカートが俺の視界を埋め尽くしながら、そのまま枕にダイブした。
「枕あああああああああああああ!」
いくら初日のシホヒメでも絶叫してしまうくらい衝撃的な出来事だった。
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