第33話 想い、過去、絆

 目の前の虹色のチケットが消えて、俺の頬に涙が流れた。


「…………なあ。俺は最低な人間だな。笑ってくれていいぞ」


『笑わねえよ。エム氏の本気。しかと受け取った』

『俺達はその選択を応援するぞ~』

『よくやったエム氏』

『エム氏☆彡 エム氏☆彡』


 俺の周りに大量のコメントが流れる。


 今でもこの選択に後悔していないかと聞かれれば、後悔していないと断言するのは俺にとってはあまりにも難しい選択だった。


 目の前のシホヒメの頭を優しく撫でる。


「シホヒメ…………悪かったな」




 ◆




 試練を終えて、俺は家に戻って来た。


 迎え入れてくれた綾瀬さんは両目が真っ赤に染まっている。


 もしかしたら俺達の配信を見てくれたのかも知れない。


 部屋に眠っている妹の前に向かう。


「奈々……ごめん…………」


 妹の前で土下座をした。――――――シホヒメと共に。


「本当なら奈々の病気を治す薬を選ぶべきだと思う。十年間も辛い現状に耐えている奈々の辛さを考えれば、兄として一番選ぶべきは奈々だ。でも……ごめん……俺にはそうすることができなかった」


「ごめんなさい……私のせいで奈々ちゃんの薬を手に入れるチャンスを……無くしてしまって……本当にごめんなさい……本当に……ごめんなさい……」


 部屋にシホヒメの涙ぐんだ声が響き渡る。


 奈々にどれだけ謝っても許されないと思う。でも今の俺達ができるのは謝ることだけだ。


 俺の頭に乗っていたリンが奈々の頭に飛び乗る。


 そして、彼女は俺にだけ聞こえる声で奈々の言葉を伝えてくれた。




 ◆




 俺が選択したのは、UR【アブソリュートポーション】だ。


 内容はどんなに酷い傷も一瞬で治すポーションだ。


 俺の中でシホヒメの命と妹の人生を天秤に掛けた時、揺らぐことなく、シホヒメの命を取った。


「シホヒメ。悪いな…………シホヒメにこんな重荷を背負わせてしまって」


「ううん。私はエムくんの女だもの。ちゃんと一緒に背負わせて? 私、これからも頑張るから」


「…………ありがとう」


 眠れない辛さを知っている彼女だからこそ、今の奈々の辛さを誰よりも理解しているはずだ。


 絶好のチャンスを自分の命と天秤に掛けざるを得なかった現状に、彼女も涙を流した。


 口にはしていないけど、心の中で何度も謝り続けているのが分かる。


 俺にできるのはただこれからも奈々のために生きていくことだけだ。




 ◆




 五年前。


 高校入学式。


 誰もが期待を胸に来るはずの入学式だが、とある男子生徒と女子生徒はそうではなかった。


 榊陸。


 彼は妹の薬を自身の力であるガチャで引けないか模索を続けていた。


 ダンジョンに入れるのは成人のみ。今のままでは難しい上に生活も難しい。


 だからこそ、学生の身分を最大に利用して生活を送りながら成人を迎えてダンジョンに潜る選択をした。


 一方、如月志保も眠れない毎日に殆ど思考が停止した状態で入学を果たしていた。


 限界がきてようやく眠れるが、それでも熟睡とは程遠かった彼女は学校生活なんて全く興味がなかった。


 二人の学校生活が始まり、そう遅くないタイミングで周りと隔たりが生まれ始めた。


 そんなとある日。


 普段から静かな場所を好んでいる志保は図書館でボーっとしていた。


 図書委員が嫌そうな表情を浮かべて、本も開かずただテーブルでボーっとしている彼女に向かった。


「あ、あの……」


「ほえ……?」


「ここは図書室です。本を読む場所になっていますので、本を読まれないなら別な場所に…………」


「ほえ…………」


「あまりにしつこいと先生を呼びますよ? もう何回目ですか……はあ……」


「ほえ……」


 志保はボーっとする中、怒られている自覚はあるようでその場を後にしようとした。


 その時、


「あの。すいません。俺が呼んだんです」


 そこに立っていたのは――――陸であった。


「えっ?」


「ちょっと調べものをしてて、彼女に意見を聞いてもらっていたんです」


「そ、そうだったんですか?」


「ええ。ほら」


 そう言いながら陸が見せるのは――【ダンジョン攻略本】である。


「卒業したら探索者になる予定ですので、彼女に意見を聞いていたんです。彼女も探索者を志していますから」


「そ、そうだったんですか……」


「ええ」


 図書委員は納得いかない表情を浮かべて渋々その場を後にした。


 志保の正面に座る陸。


「…………ありが……とう?」


「大したことじゃない。ゆっくりして行ったらいいんじゃないかな」


 それから陸は本を読み続けて、志保はボーっとしていた。


 目の下が黒く目は充血して常に眠そうに睨むような目。さらに目立つのは――――自然な金色の髪。ある意味、学校内でもっとも有名な志保は普通から見たら異質なものであった。


「ねえ……怖くないの……?」


「ん? 何がだ?」


「…………私」


「別に。普通じゃねぇ? 色々目標があるんだろう? 中身も知らないのに他人をとやかく言うべきではない」


「…………君って強いんだね……名前は?」


「はあ……同じクラスだぞ? ――――俺は榊陸」


「さかきりく…………私は志保」


「知ってるよ。如月さん」


「そっか……ねえ。何読んでるの?」


「ダンジョン攻略本」


「ダンジョンか……探索者になるの?」


「ああ」


「どうして?」


 静かな図書館でも二人の小声は二人にしか聞こえない程に小さい。


 その現状が、陸が誰かに心を開いた結果になったのかも知れない。


「妹がダンジョン病なんだ。それを直す――――あの呪いを治すためのアイテムがダンジョンから出るかも知れないから」


「呪い……?」


 志保の瞳に少しだけ光が灯る。


「ああ。ダンジョンはまだ全てが攻略された訳じゃない。ダンジョンを攻略するとマジックアイテムと呼ばれるアイテムが落ちるらしい。今のところは武器と鎧しか拾ってないみたいだが、それには特別な力があるらしい。眠っている妹を呪いを解呪できるアイテムを絶対見つけたいんだ」


「それって……眠れるようなアイテムも出るの?」


「眠れるようなアイテム? 知らないが――――この本によると呪い・・の武具も落ちるらしいぞ。中には握ってるだけで強烈な眠気を誘う剣もあるって」


「っ!? そ、それって本当!?」


「うわあっ!?」


 急な大声を出した志保のせいで静かな図書館に声が響き渡る。


 すぐに図書委員に「お静かに」と怒られる。


「ご、ごめんなさい……」


「いいって。もしかして眠れないのか?」


「…………うん」


「うちの妹とは反対だな。でもこの呪いの剣を手に入れれば、簡単に眠れるかもな」


「!? うん。私、探索者になる」


「そうか。頑張れ」


「うん。頑張る。――――りっくんも頑張って」


「り、りっくん!? お、おう……」


 この日を境に彼女が図書館に来ることはなかった。


 しかし、如月志保の心の中には、既にこの時から探索者になると決意していた。次の日から眠そうな目で今にも倒れそうな彼女がふらふらしながらグラウンドを走り続けて、それがさらに拍車をかけて彼女に近づこうとする生徒はいなかった。


 だが、彼女は探索者になるために、何日でも潜れるように体力作りを三年間も繰り返した。


 ただ陸を通じて教わった情報を信じて――――。




――――【後書き】――――

 遂に試練突破のところまで書けて非常に嬉しいです。それもここまでたくさん応援してくださった読者様のおかげです。

 この話を持ちまして続けていた毎日更新を少し緩めようと考えております。

 最近連載中の作品も色々滞っておりますが、商業化を目指して次のコンテストの準備中であったためです。

 この先もより面白い話を投稿できるように頑張ります。


 シホヒメ編の次は――――――


 楽しみ!だと思った方はぜひ作品フォロー並びにレビューの★を三つ付けてくださると嬉しいです~!

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