第11話 ブラックスライムの特徴

 ブラックスライムことリンには色んな特徴がある。


 一番大きな特徴は、とにかく動かない。いや、動かないというのは少し語弊ごへいがある。敵がいたら攻撃してくれる。俺を守るためだ。


 それは非常にありがたく、リンはその可愛らしい姿も相まって、配信の視聴者リスナーにも人気がある。


 それでも彼女は動くことがないので、俺の手で投げ込んで攻撃を行う必要がある。


 魔物に命中したら、彼女を回収するついでに魔石も拾う。


 拾う度にリスナーからは『奴隷頑張れよ~』とコメントが流れる。悪い気はしないが、一応リンは俺の従魔だ。従魔のために主人が走り回る様はリスナーには面白いらしい。


 リンの二つ目の特徴は、触り心地がとてもいい。さらに妹と念話で話ができる。おかげで俺は数年ぶりに妹と会話を楽しんでいる。たまに手を伸ばして頭を撫でてくれるリンの感触はとても柔らかくて優しい。


 三つ目の特徴。リンは自分の体を変形することができて、自分が望む相手をくっつける事ができる。例えば俺の頭の上に乗っている時も、俺にくっついてどれだけ激しく頭を振っても落ちない。


 では今のリンはどこにいるかというと、俺の背中にくっついている。厳密には俺とシホヒメの間だ。


 おかげでシホヒメが俺の背中から転げ落ちずに済んでいる。


 周りから少し怪しまれるけど、今回で二回目なのであまり気にならずに、このまま家に連れていった。


 布団の中に投げ込むと、暫く経ってまたロボットのように立ち上がる。


「――――エムくぅん?」


「落ち着け」


 目の前にリンを差し出すと、シホヒメの表情が一気に曇る。


「シホヒメ。枕は欲しいか?」


「はいっ!」


 女児のように可愛らしく正座したまま手をあげる。


「ではこれからこの布団に枕を置くから、そこで眠れよ?」


「あいっ!」


「じゃあ――――ほらっ」


 シホヒメは声にならない声で何かを叫びながら枕に飛び込んだ。


 はあ…………どうせ今回も明日まで起きないだろうから、このままにしておくか。


 幸せそうに眠っているシホヒメを置いて、家を出て病院に向かう。




 病室に入ると、今日もベッドで眠っている妹の姿が見える。


「ただいま~奈々」


 すぐにリンが飛んでいき、びよーんと触手を伸ばして妹のおでこに触れる。


「おかえり……お兄ちゃん……」


 これが俺が引いたURブラックスライムのリンの一番の特徴。モノマネだ。ちょっと気怠さな声ではあるが、妹の喋り方をよく捉えている。


 リンって実はモノマネが得意なのか?


 そんなこんなで、俺は妹とリンと楽しい時間を過ごした。




 ◆




 その日の夜。


 配信者エムことさかきりくの家では、静かに眠っている持ち主と、いつの間にか仲間になったシホヒメこと如月志保が眠っていた。


 そんな家のリビングに忍び寄る影があった。


「……うふっ♡」


 冷蔵庫の中に入っていた数少ない食料を手に取り、口元に持っていく。


 妖艶な口は、美味しそうなソーセージを頬張る。


「あぁ……美味しい……」


 まるで舐めるかのようにソーセージを食した彼女が暗いリビングの中をゆっくり動くと、暗闇でも分かるかのように巨大なたわわが自分の存在を主張する。


 歩き音一つ聞こえないのに、動くたびに揺れ動くそれは、ぼよんぼよんと音を立てて静かなリビングに響き渡る。


 彼女・・は満足したかのように家の主が眠っている部屋に入っていく。扉は全く開かないのに、彼女は部屋の中へと入っていった。


 ゆっくりと歩いた彼女は眠っている榊陸の上に乗り掛かる。が、まるで重さがないようで陸は目を覚まさずに眠り続けている。


「えへへ……」


 彼女はゆっくりと手を伸ばして陸の顔を触り続ける。


 それが気持ちいいかのように陸の顔に柔らかな笑みが浮かんだ。


「…………♡」


 彼女は気が済むまで陸の顔をベタベタと触り続けた。




 ◆




「ちくしょ!」


 とある部屋で持っていたペットボトルを投げつけた男は目の前の画面に激しい怒りを露にしていた。


「お、俺が狙っていた女なのに……クソがあああああ!」


 その画面には一枚の画像が貼られていた。


 そこには――――気絶してアへ顔のまま大の字で倒れているシホヒメの頭の上に乗ったブラックスライムの画像だった。


 そのタイトルには『残念美女と動かない従魔スライム』と書かれていて、《いいね:1,973》と書かれている。


「許せねぇ……俺が狙っていた女を横取りしようなんて、覚悟しとけ! クソがああああ!」


 大きな声を叫んだ彼の周囲の壁一面には、目の下が真っ黒のクマができているシホヒメの写真が無数に貼られていた。




 ◆




 次の日。


 起き上がると、リンが俺の胸にくっついて眠っていた。


 いつも枕の隣で眠らせているのに、起きると胸にくっついている。もしかしてリンって寝相でも悪いのか?


「おはよう~!」


「お、おはよう……」


 安眠枕で眠ったおかげなのか、朝から笑顔にキラキラと光のようなものが見える。いや、まじで。


「よく眠ったみたいだな」


「うん! これもエムくんのおかげだよ~」


「それならよかった。ひとまず、朝食にして配信の準備にするか」


「は~い」


 一度くっつくと俺の力では剥がせられないリンが、もにょもにょと動いて俺の肩の上に移動する。


 普段はペットボトルくらいの重さだけど、くっついている時はもっと軽く感じるので、たまにくっついていることを忘れてしまう。


 こいつ……トイレに行くときも一緒に付いてくるんだよな……。


 朝食のために事前に買っておいた食パンとソーセージを取り出――――そうとしたら、冷蔵庫にソーセージが見当たらない。


「あれ? ん~? 確かソーセージ買っておいたんだけどな……」


「どうかしたの?」


「シホヒメ。もしかして、買っておいたソーセージ食べた?」


「私、ずっと寝てたよ? それに人ん家の冷蔵庫なんて勝手に開かないよ?」


 さも、私そんな非常識なことしませんよ? と言わんばかりの表情だが、お前からそう言われると色々複雑だ。そもそも自分の家だとか言わなかったっけ?


 仕方ないので、ガチャで手に入った肉をスライスしてベーコンの代わりにして食べることにした。

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