第3話 UR

 いや、人間って驚いた時って本当になんの言葉も出ないんだなと改めて分かった。


 まさか自分の口から「は?」しか出ないとは…………。


 目の前に虹色に輝いているカプセルを見つめて、一体何が起きているのか理解するのに数十秒もかかった。


 もちろん、言うまでもなく目の前には『URウルトラレア来たああああああ~!』などの弾幕が流れている。


 その時、ちらっと見た画面には《視聴者数:152》と書かれていて、一気に150を超えていた。


『はよう開けろ~!』

『虹色ってすげぇ演出だな~』

『どんなものが出るのかクソ楽しみなんだが!』


 本来ならこういう時こそ、応援を頼むべきなんだろうけど、俺の頭の中には妹を治す薬が出てくれるかも知れないと、頭がいっぱいになってしまって、すぐに屈んで虹色のカプセルに触れた。


 虹色カプセルは眩い光を放ち始める。


『眩しいなおい』

『演出凝り過ぎ』

『神ってどうして光るものって好きなんだろうな?』


 お前ら、意外と冷静だな!?


 おかげで俺も少し緊張がほぐれたので、光が止むのを待つ。


 眩しいくらい光を発していたカプセルから、どんどん光が弱くなっていった。そして、そこに見えていたものは――――


「黒い……塊?」


『変な玉来たあああああ~!』

『黒玉?』

『この前ゴ〇が出て、今度は金〇ってか?』

『金じゃなくて黒な』


「金玉じゃねぇよ! そもそもデカすぎだろ!」


『違いねぇwww』


 いや、今はそんなやり取りをしている場合ではない。


 急いで現れた黒い塊に手を伸ばした。


 触れた瞬間、世界が一瞬だけ止まり、ドクンと大きな心臓の音を響かせる。


 い、今のは一体……?


 両手で黒い塊をゆっくりと持ち上げる。温度は少し暖かい。


 ゆっくり持ち上げたそれを顔の前に持ってきた。


『一体なんだよそれ~』


「えっと……? 卵? 少し暖かいや」


『黒い卵来たああああああ』

『いや、来てないから』


 一体これは何なのかと思っていると、塊は想像とは裏腹に全身に波を打った。


 そして、俺が見つめる方向に二つの――――が現れた。


「ご主人しゃま……はろぉ…………」


「喋ったああああ!?」


『喋った来たああああああ~!』

『喋る金玉来たあああああ!』

『いやいや、黒玉だろ。てかそれなに?』

『未確認生命体か~』


「わたし……ぶらっくすらいむ…………」


「ブラックスライム!? 魔物か!?」


「ちがう……従魔だよぉ…………」


 少し気怠そうな甲高い声は、オスかメスかというならメスかな。


「魔物じゃなくて従魔? 従魔ってなんだ?」


『おお~従魔か! ガチャって従魔が出るんだな~すげぇ~』

『もしかしてエム氏って従魔と会話してるのか~いいなぁ』

『エム氏。帰ったらテイマーと従魔でググっとけ』


「ググっ……分かったよ。ちゃんと検索して色々調べておくよ」


『今日はいいもん見れたわ~じゃあな~でも応援はなしな』


 くっ…………こいつら……人の不幸には同情してくれる癖に、URを引いたらすぐにこれだ。


 もしかしたら応援ポイント100を突破するかも知れないと思ったのに、まさかの32だけだ。


 でもこんな俺でも32も応援してくれる視聴者リスナーがいるだけで十分幸せだ。0よりはずっといい。


《時間になりましたので、配信は終了となります。お疲れさまでした。コネクト運営より》


 配信終了の画面を確認して、俺は足早に家に帰って行った。




 ◆




 テーブルの上にブラックスライムを乗せて眺める。


 はあ……欲を言えば、妹の病気を治せる薬だと良かったんだけど…………。


 まずブラックスライムで分かった事は二つ。一つ目は自分から全く動こうとしないこと。二つ目はガチャ袋に入らないことだ。


 重さは飲み物が入った350mlの缶ジュースくらいの重さなので、見た目と比べてずっと軽い。持って運んでも苦にはならない。


「ご主人しゃま……ねみゅぃ…………」


 ずっとこんな調子で動こうとしない。ずっと寝てる。


 人差し指を伸ばして、ポヨンとした体が突いてみると、押した場所から水辺の波紋のように全身に広がる。感覚的には柔らかくて癖になる感触だ。


 何度かポヨンポヨンと体に波紋を拡げるが、一向に動こうとしない。


 ひとまず、リスナーから言われた【テイマー】と【従魔】を検索してみる。


 色んなことが書かれていたけど、とにかくブラックスライムのために色々調べてみた。


 結果、要約すると、テイマーというのはギフトの一種で魔物をテイムして自分の従魔にすることができるギフトらしい。


 従魔というのはテイムされた魔物の事を指し、テイマーの命令を聞いて一緒に戦ってくれたりするらしい。感覚的にはドッグトレーナーとドッグのような存在だと言えば分かりやすいかも知れない。


「なあ、ブラックスライム」


「あぃ……」


「明日から一緒に戦ってくれるか?」


「え……やぁ…………」


「戦ってくれないのかよ!」


「うぅ……動くの……めんどい…………」


 め、めんどい……なんて怠けるスライムなんだ。


 そもそも従魔ってテイマーの命令を忠実・・に聞くって書かれていたんだけどな。


 それにしてもまさか【N】ばかり出ていたのに、ここで【UR】を引くとは思わなんだ。


 ガチャというものを詳しく説明しておくと、種類は全部【URウルトラレア】【SSRスーパースペシャルレア】【SRスーパーレア】【レア】【ノーマル】の計五つ。


 URが0.01%、SSRが0.1%、SRも0.1%、Rが1%、最後のNが98.79%だ。


 まさか一年以上Nばかりを引き続けて、ここで一気に飛び級してURを引くとは……。


 これでブラックスライムが従魔として一緒に戦ってくれるなら、毎日ガチャを二回引けるかも知れない。


 そんなワクワクした気持ちで次の日を迎えた。




 ◆




『おお~ブラックスライムが馴染んで…………はないかw』


 配信が始まってすぐにコメントが横に流れる。


 言われた通り、ブラックスライムは現在俺の頭の上に乗っている。


 とことん動きたくないようで、頭にくっついて離れない。スライムだからかくっつくと頭を激しく振っても落ちない安心仕様だ。


 って! 落ちないとかじゃなくて戦いに参加しろよ!


「ご主人しゃま……がんば…………」


「応援じゃなくて体を動かせ!」


「重いもん……」


「全然重くないだろ! むしろ軽いくらいだよ!」


『まさか従魔に戦い断れるやつ?』

『てか従魔が命令聞かないってウケるんだけどww』

『せっかくのURがある意味ハズレで笑ったw』


 一番言われたくなかったコメントが…………。


 ひとまず狩りに集中する。今日もガチャを引いていかないといけないからな。


 今日もダークラビットの狩りを始める。


 何十匹かのダークラビットを倒した頃、いつもより体が重いのを感じた。


 頭の上にブラックスライムを乗せていたのが思っていたよりも無理だったか? 缶ジュースくらいの重さとはいえ、頭の上を何かを乗せて戦うって意外と疲れるな。


『今日はヘタレてるな~』


 ううっ……視聴者にまで分かるくらい疲れているのか。


 その時、飛んできたダークラビットに足がもつれてしまって倒れてしまった。


「しまっ……!」


 ダークラビットは強靭な牙を持ち、噛まれただけで大怪我をしてしまう。


 うつ伏せに倒れてしまって、視界からダークラビットが消えて地面が見えてしまった。


 こ、このままではダークラビットに頭をかじられてしまう!? 急いで起き上がらなければ!


 しかし、どうしてか体が重くて起き上がることができなかった。

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