第2話 確定演出

 次の日も変わらずにダンジョン配信を送る。


 配信サイト兼アプリであるコネクトは、配信者の支援を目的としていて、その中でも特に探索者の支援が大きい。通常配信は公平性のため六十分までとなる。


 探索者ギルドで発行している探索者の証がある場合、その倍になる仕組みだ。


 なので最長でも百二十分、つまり二時間配信が最長だ。中でも人気がある人気配信探索者の配信時間を避けるのがコツとなっている。


 俺はいつも朝の十時から十二時まで配信している。これには色々理由があるが、ひとまず、この時間帯で頑張っている底辺配信者兼底辺探索者なのは変わらない。


 ダンジョンは天井五メートルくらいで横幅十メートルくらいの通路が入り組んでいる洞窟になっている。


 今日もジメジメした雰囲気のダンジョンを進むと、俺の獲物――――ダークラビットが現れた。


『おお~今日も兎狩りか~初心者くん!』

『この光景も一年以上見ていると、逆にホッとするな』


「うるせぇ! これでも最近は簡単に倒せるようになったんだぞ!」


 そもそもだ。俺はギフト持ちではあるけど、戦闘系ギフトじゃないから戦闘力は皆無だ。普通の一般人だよ!


 ダークラビットが俺に気付いて飛びついてくる。血気盛んなものだ。


 両手で持ったロングソードで飛びついてくる兎魔物を避けながら斬り捨てた。


『おお~様になってきたものだな~』

『そりゃな、一年中兎狩りし続けているからな~』


 くう…………俺だってもっと深くに潜ってウルフとかベアとか色々倒したいんだよ!


『おい。一歩避けるのが遅れていたぞ。もっと間合いを大事にしろ』


「お? 師匠。久しぶりっす。すいません。気を付けます」


『師匠キタァァァァァ~!』

『偉そうに語る師匠キタァ~!』


 視聴者にはいくつか種類がいると思ってる。


 一つは煽って楽しむ視聴者、一つはただ眺めて楽しむ視聴者、一つは心配してくれる視聴者、最後は師匠。


 俺の構えがあまりにも酷いみたいで色々教えてくれた人だ。おかげで剣術のケの字も知らなかった俺でも今はダークラビットくらい簡単に狩れるようになった。


 地面に落ちたダークラビットの亡骸が黒い粒子状になり、周りに散っていく。


 その跡地に残っているのは、キラリと光る小さな宝石が一つ。大きさはビー玉くらいの大きさでこれは【魔石】という。


 魔石の使い方としては、国に売ることで1ポイント分の量で十円に換金できる。


《【ガチャ】に【魔石】を充填させますか?》


 と画面が表示されて、手に持った魔石を画面に入れる・・・


《ガチャポイントが1充填されました。合計ポイント1になりました。》


 これでガチャポイントを充填させて、100ポイント溜まったらまたガチャを回す。


 次々道を進みながらダークラビットを倒していく。このダンジョンの一層はダークラビットしか出てこない。もうここに通って一年以上が経つ。


 魔物を倒していくとレベルが上がるけど、最弱魔物であるダークラビットでは経験値が1ずつしか獲得できずに、レベルは一年間でまだ4にしか上がっていない。


『そういや童〇~昨日の使ったのかよ~』

『使えるわけねぇだろ~』

『いやいや、こういう陰キャって実は相手がいたりするのさ』


 まーた根も葉もないことを…………。


「そんなもん使えるわけないだろ! 今の俺はガチャ以外興味ないんだっつうの」


『ガチャ廃人発言来たァァァァ!』

『廃人さんちーっす~』


 廃人というのは、同じことをずっと繰り返している人に尊厳・・を込めてそう呼んでいる。が、そう気持ちいいものではない。


 次々魔物を倒して、本日の分のポイントが溜まったのでまたガチャを回す。


 やはりというべきかガチャを待ってましたとコメントが流れて、視聴者数が遂に100を超えた。


 最近少しずつ数字が伸びている気がする。


 いつも通りガチャ画面を開いて、ガチャを回す。


 上空にガチャ筐体が現れてゆっくりとハンドルが周り、口からガチャカプセルが一つ落ちた。


『今日も黒確定~!』

『またハズレかよwwww』

『ここ一年でハズレ以外出てねぇな~ハズレしかないガチャかよ~』


 地面に落ちた黒いカプセルが開いて中から現れたのは――――


「ラバーカップとかいらねぇよ! もう何個目だよ! うちのトイレなんて一つしかねぇんだよ!!」


『すっぽん来たぁぁぁぁ!』

『またトイレの詰まり直すやつかよw』

『もう何個目だよ~そんないらないだろ~!』


「いらねぇえええええ」


『可哀想すぎて今日もちゃんと応援入れてあげるか』


 俺が絶望していても応援のコメントが流れてどんどん応援数が増えていく。


 もちろんこれで配信終わりの二時間が経過するので、今日の配信はこれでおしまいだ。


 はあ……一体何個目のラバーカップだよ…………トイレ一個しかないし、俺一人だからたくさん使うわけでもないし……詰まらないだろうよ……。


 そして、その日は帰っていつものルーティンをこなした。




 ◆




 数日後。


 今日も今日とてガチャを回すためにダンジョンにやってきた。


 いつもの配信を開始して、ダークラビットを倒し始める。


 どれくらいだろうか。数十体倒した頃、後ろから物音が聞こえてくる。ここで人と鉢合わせになるのは珍しい。


 配信で他の人を映すのはマナーとしてよくないとされているので、カメラを移動させる。基本的に全自動だけど、プライベートを守っているので、手動で決められた場所に移動できるのだ。


 足音が近づいてきて、そこから四人の男女が歩いて来た。


 装備からして高レベルの探索者のようで、俺では到底買えるはずのない高級そうな雰囲気を醸し出していた。


「ん? 配信探索者か。こんな下層で?」


 金髪のチャラい系の男が俺を指差して声を出した。


『こんな下層でしか狩れないんですぅ~ww』


 横に流れるコメントを見た男が「ぷふっ!」と俺を指差して笑い始める。


 その時、メンバーの中に懐かしい顔を見つけた。


 最後列にいる彼女は、綺麗な髪を金色に染めて淡麗な容姿が目立っている。彼女の名前は如月きさらぎ志保しほ。俺と高校生の時の同級生だ。


 ものすごく美少女だけど、変人として有名でクラス中で浮いていた彼女は最後まで友人ができなかった。気がする。というのも俺も関わってないからよくわからない。いつも眠そうにしているし、人は無視するし、可愛い見た目なのにいつも目の下にクマができている。夜遊びしているとクラス中で噂が流れていたっけ。


「こんな雑魚に銭投げるやつとかいんの?」


 まるで動物園の見せモノみたいに見つめる男に、コメントも混じり合い悪ふざけが始まった。


 底辺配信探索者になった頃、いつかこういう日が来るとは覚悟していたけど、配信者になって一年で初めてのことで、頭が真っ白になってしまった。


『童〇~頑張れ~』

『あんな陽キャに負けるなww』

『早く去って欲しいよな~』


 彼が歩みを止めているので、他のメンバーも俺を見つめて来る。もちろん、彼女も。


「おい、そろそろ行くぞ。あまり他人に迷惑をかけるな」


「へいへい~さあ、行こう。志保姫~」


「…………」


 ゆっくりとパーティーメンバーが遠ざかっていく中、彼女だけがその場に残り、俺を見つめていた。


 もしかして俺のこと、覚えていてくれたのか?


 そんな彼女は俺に一言だけ言い放った。


「変態」


 そして、その場から足早に去っていった。


『変態って言われたww』

『童〇が変態なわけないだろww』

『変態は草』


 へ、変態!? 俺が!?


 突然言われた言葉に呆気に取られていると、後ろからダークラビットの気配がして、急いで剣を振り切った。


 アクシデントがあったけど、気を取り直して先を進む。


 コメントでは相変わらず『変態』だの『童〇』だの『底辺探索者』だのともてあそばれ続けた。


 そして、本日最後の百匹目のダークラビットを倒して魔石をポイントに変える。


 ガチャ画面に切り替わり、もう何度目かも分からない《1連を回す》のボタンを押した。


 いつもなら演出を考えて引っ張るのだけど、今日は早く家に帰って休みたい。いくら底辺探索者だとしてもあんなに笑われたら精神的に疲れてしまうのだ。


『今日も外れろ~』

『どうせ今日も黒だろ~』


 ああ……どうせ今日も黒だよ。


 そして現れたガチャ筐体のハンドルが時計回りに回った。


『あれ? いつもと逆に回ってない?』


 ん?


 俺が見上げた時は既にハンドルが回り切っていて、ガチャ筐体の口が開いて、そこから一つのカプセルが降りてきた。


『虹色カプセル来たあああああああああああ!』

『まじかよ! 黒以外出るのかよ~!』

『うわあああああああああああ』

『は?』

『つまんね~当たり引くんじゃねぇよ』

『今日は応援なしだな。メシマズメシマズ』


 目の前に落ちた虹色に輝くカプセルと俺の視界を埋め尽くすかのようなコメントの弾幕。


「は?」


 一体何が起きているんだ?

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