10-2 もうっ、この朴念仁!
「アアっ、ダメだヒトっ! リミッターのバイパスは不味い、マズいヨっ!」
リコ撃墜の衝撃が覚めやらぬヘパイストスブリッジ。今度はエドが二号機ウィングガン+のシステム監視ログを見て叫んだ。
「えっ、なんでガンナー側から操作できる? まさか神経接続の制御系外しちゃった?」
席を立ち上がり、ヒライが問いただす。
「エエっ、それは、ソノ、ヒトに頼まれて…… サードパーティー改造して」
「おーまーえーなあっ!」
ヒライは怒鳴り声を上げた瞬間、艦は後方左舷に被弾を許す。思考装甲は既に半分の六枚が落とされている。防御が追いついていないのだ。
連続する爆発音、何かが砕け散る音。そして、盛大な振動に見舞われるヘパイストス。
「ああっくそっ、ダメだ、こっちも怒ってる場合じゃねーぞっ!」
「セリっ! 聞こえてるのっ、早くそこを動きなさいっ!」
「三号機、応答してっ、リコちゃんっ!」
ニュクスはセリの復帰を、エリックはリコの安否を呼びかける。鳴り響くのは警告アラートの数々。一時騒然とするヘパイストスブリッジ。
クライトンは眉間に皺を寄せ、隣に座る艦長の様子を窺う。だが、アンダーソンは沈黙を続ける。
そして……
「し、下にっ、ヘパイストスの下に何か居ますっ!」
アレサがアンダーソンに振り向いて叫んだ。艦の直下、さらにその海面下に巨大な白い艦影。その白い影がふわっと消えた瞬間、今度はヘパイストスの直上に巨大な水球が現れた。すぐさまそれは形を崩し、艦上へと大容量の海水を降り注ぐ。
超研対一課第二アストレアが姿を現した。
海中から超空間接続、超ショートジャンプを行なったため、周囲の海水もろともヘパイストス直上に移動したのだ。
「ついに、八年ぶりだなアストレア……」
ヘパイストスに似た白い巨体を眺め、アンダーソンは感慨深げに呟いた。クライトンは息を呑み、エリックも一瞬我を忘れて茫然とする。
すると、アストレアは艦全体が一瞬波紋を描くように波立ち、次第にゆらゆらと蜃気楼のように境界が緩くなり始める。外部から聞こえる重低音のピッチが次第に速まっていく。
『像の揺らぎ』だ。
「え…… ? あ、IVシールド? なんでアストレアに?」
想定外の連続に、驚きの声を上げるヒライ。
それまでヘパイストスを攻撃していた二機の自律ウィングガンは、アストレアにターゲットを変更。プラズマ射撃を開始するが、光の敵意は揺らぐ時空に曲げられ、突然の来訪者には届かない。そして、アストレアは反撃を開始する。
多連プラズマ砲から放たれた閃光はIVシールドによって歪曲し、砲門から『ずれた位置』から射線が伸びる。被射線予測は射線が発生する始点、発射口を正確に観測できなければ予測が困難。自律ウィングガンは直撃を避けられず、機体の半分が蒸発、爆散した。
すると、アストレアの上方に位置していた二機目の自律ウィングガンが、その深紅の躯体を二つに割って絶命の炎を吹き上げる。
直上、亜音速で降下した二号機ウィングガン+のバイブレードによる両断。敵機二機の撃破を確認すると、ヒトはアストレアの下を潜り抜け、明るさが増す蒼天へと舵を切る。
『ヘパイストス二号機、ヒト・クロガネ。後は我が艦で撃破する。止まりなさい』
女性の硬い声、アストレアからの通信。だが、ヒトはこれも無視。加速スラスターのスロットルを緩める様子は欠片もない。
怒涛の爆音を明けゆく紺碧に轟かせ、垂直上昇を続ける二号機ウィングガン+。
***
連続する加速Gの中、イオは朦朧としていたが、ひたひたと顔に付着する液体の感触で意識を取り戻した。手を伸ばして顔を拭う。手のひらを見ると血だ。最初は鼻血を疑ったが自らのものではない。前方を見て、血の出所に気がついた。ヒトが血を吐いている。
時計を見ると、たった今、神経接続開始から十五分が過ぎた。だが、一向に解除されない。イオはこの時、ヒトが神経接続のリミッター、つまり帰還制御と継続制限をバイパスしたことに気づく。どちらも神経接続の負荷からガンナーを保護する仕組みだ。
「もうっ、この馬鹿っ、一体なんてことっ!」
怒りの声を上げるも、爆音で満たされたコクピットでは前席まで届かない。メインモニタの下端には〔三番目のイレヴン〕の警告テロップで流れ続けている。
――― でもどうする? ヒトは正気を失っている……
迷っている場合ではない、とイオは己れを奮い立たせた。自らを拘束する四点シートベルトを外し、左側からヒトが座る前席へと移動を試みる。
邪魔なヘッドセットはシート上に投げ置いた。ガンナープラグは不用意に外せないが、急ごしらえで用意したので長さは十分にある。だが、イオは右脚の自由が利かない上に、猛烈な加減速を繰り返すコクピット。思うように身体を前に進めることができない。
「ああっ、もうこの朴念人っ! マグロっ! 地蔵っ! ドMっ!」
あらん限りの悪態を吐きながら、前方に掴むものを探す。断続する加速スラスターの爆音、激しい振動、前後左右に揺さぶる加速G。前席まで距離は補器類を挟んで一メートルもない。にも拘らず、イオには果てしなく遠く感じた。
その時、ヒトは二号機ウィングガン+に急激な右旋回をかける。機体を強引に転身させ、プラズマ砲でまた一機の自律ウィングガンを撃破した。
「ええっ! ちょっ、ちょっ、あわわ……」
その時、急旋回で生じた強大な遠心力が襲う。バランスを崩したイオは、メインモニタの両サイドを貫く二本のピラー、その僅かな突起に顔から突っ込んだ。
ごんっと鈍い音。左瞼の上がざっくり割れ、流血。
――― ったあいっ!
声にならない激痛。猛烈な痛みに耐え、ようやくヒトの左肩を掴む。血を拭う余裕はない。深呼吸して全力で彼の肩を揺り動かし、腹の底から声を絞り出した。
「ちょ…… ちょっとっ! いい加減になさいよっ! あなた死ぬよっ、私も殺す気っ?!」
渾身の気迫。ヒトの耳元でがなりたて、肩を全力で揺すり続ける。
「もうっ、しゃきっとしてよっ! あなたが死ぬと私、困るのっ!」
――― ああ、なんだかこの前のエル分析官みたいだ。だめだ、思い出したら泣けてきた。というか私、何が困るの?
「この馬鹿っ、ド変態っ、童貞っ! もうっ、もうっ、もう……」
罵声が嗚咽に変わり始めた頃、ヒトはようやく正気を取り戻した。
「う………」
ヒトは視界同期ゴーグルを上げ、イオの顔をまじまじと見た。血と涙と鼻水でぐしゃぐしゃ。そして視線は、ぱっくり割れた左瞼の上で止まる。
「もう、ばっかじゃないの? どこ見てるのよ……」
安堵したイオはヒトの肩に額の右側を押しつけ、俯いて呟いた。
ヒトが四機目の自律ウィングガンを撃破した時点で、アストレアは上昇しながら艦砲射撃を開始していた。途中、跳躍弾頭を使用されたものの、跳躍前に全てを撃ち落とした。残り三機の敵機を撃破した頃、シュペール・ラグナは撤退していた。
『さん…… 三号機、ガン、ナー、リコ……、かいしゅう、ねがい、ます』
息絶え絶えのリコの通信が入った。
***
柔らかい朝の陽を浴びて尚、それは内側から淡く発光して見える。現在のヘパイストスとアストレアは、八丈島近海の海上二十メートル付近に静止している。イ重力制御エンジンは両艦ともアイドリング状態を維持したままだ。
横付けされたアストレアの姿を見て、アレサが最初に声を上げた
「ちょっと、あれ……『イカくん」じゃない?」
そう指を差す先には、艦首上面に銛状触手を食い込ませ、ぴったりと張り付いた一体のメタスクイド。漆黒の外観は乳白色に変貌し、動く気配はない。
アストレアはヘパイストスと似ているが、僅かに長くなだらかな艦体を持ち、ブリッジなどの突起部分もほぼない。幅の狭さを除けばパーシアスとほぼ同じ。艦体色はヘパイストスと同じ白だが、こちらは水色のピンストライプが艦首から艦尾に向けて二本貫いている。
「あの、IVシールド、超空間接続はこいつのおかげか……?」
ヒライは艦外カメラが捉えた僚艦の姿をズームアップ。同じディスプレイを背後からエリックが覗き込んでいる。現在ブリッジに居るのは艦長、副艦長、ヒライ、アレサ、エリック。ニュクスとエドはリコの救助に向かっている。
ヒト・イオ組とセリはリコの生存確認後、自力でヘパイストスに帰艦した。
「どうやらあの噂は、本当だったようだ」
「噂…… ですか?」
アンダーソンは視線をメインモニタに張り付けたまま。クライトンが怪訝そうに艦長に向く。
「いや、誰が流した噂かは分からないが『アストレアは彼らと対話した』、と」
「おかしな話ですね。アストレア消失事件、目撃者は皆無なはず……」
副艦長がそう口にした直後、アストレアから映像付きの通信が入る。
「アルヴィー……」
エリックの視線はメインモニタに釘付けになる
『私は一課第二アストレアの医療管理官、アルヴィナ・ブレインズ。そして、あなた達が探している〔三番目のイレヴン〕プライマリコアそのもの』
映像の中のアルヴィーが告げる。その言葉に一様に驚くヘパイストスのクルー達。
「プライマリコア、そのものって……」
驚きの要点。言語化したのはエリックだ。セカンダリコアは、イオの中でニューメディカに擬態していただけに過ぎない。『そのもの』とはどういう意味なのか。
映像で見るアルヴィーは正しくエリックの自室に度々現れ、セリが知覚共有中にエリックの記憶の中で見た人物と同一の存在だ。だが、赤毛の髪は黄金に輝くそれへと変わり、顔のそばかすも消えている。長い髪の隙間から素肌の肩や胸元が覗く。衣類らしきものは纏っていない。
「はじめまして、ミス・アルヴィナ。私が一課第五ヘパイストスの艦長、ジェイムス・アンダーソンです」
『はじめまして、アンダーソンさん。ブレインズから話は聞いていたわ。先ずはお詫びを申し上げます。駆けつけるのが遅くなったのは、彼ら〔一番目のイレヴン〕の能力解析に手間取ってしまったから』
滑舌がよく、やや低く目の落ち着いた声質だ。
「それはやむを得ない。彼らの脅威は我々も十分認識していることだ」
アルヴィーは艦長と会話を続けるが、表情には変化がない。
『私達の最優先課題はセカンダリコアとの接触。でも、先ずはそちらに伺ってお話しをさせていただきたいの。よろしいかしら?』
「それは構いません。ぜひ」
アンダーソンが要請に即答すると、彼女は硬い表情を崩した。
『それと、最初に私を出迎えてくれる人を指定させていただきたいのだけど…… エリック、そこにいるんでしょ?』
映像の中のアルヴィーはそう口にした後、ふふっと笑って小首を傾げた。
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