10-1 激闘と混乱

 二号機ウィングガン+は整備ハンガーを離れ、上部ゲートから艦外へ向かう。機体下部に懸架された二基の巨大な三角錐、その先端に一対の眩い光輪が現れる。

 ヒトは普段通り一度だけ機体を左右に揺らす。高まるのはパルス矩形の重低音、コクピットを僅かに震わす微振動。イ重力制御エンジンの正常起動を確認しているのだ。


「セリ、リコ、問題ないか?」


 いつになく神経質なヒト。それは一号機、三号機ともパートナーが同乗していないためだ。


『ヒト、珍しく今日は心配してくれるのね。こっちは問題ないわ』

『わたしも、大丈夫だよ。ちょっと、さびしいけど』


 青と黄緑のウィングガンアイコン、セリとリコの通信が入る。リコはともかく、セリも普段より心なし声が硬い。緊張しているのだ。


「イオ、始めるよ」


 ヒトはイオに不意に声をかけた。


「えっ……? ああうん、大丈夫」


 ヒトが行動開始を口にすることは、今まで一度もなかった。驚くイオが返事をした直後、彼は加速スラスターのスロットルを全開。即座にモニタ基調色がブルーからアンバーに切り替わる。

 イオはガンナープラグと繋がっているが知覚共有は行われないため、ウィングガン管制システムが切り替わりも神経接続が開始も分からない。ヒトはイオに気を遣っているのだ。

 加速スラスターは灼熱の炎を吐き、二号機ウィングガン+を爆音と共に天空へと押し上げる。夜の藍はすでに遠く、陽の光が真っ直ぐ上昇を続ける白い機体を赤く染めた。


〔三番目のイレヴン〕による『攻性予測演算』はウィングガン+の操作性をさらに向上させ、ヒトはまるで霞が取れたかのように機体の挙動を鮮明に感じている。

 イオは加速Gに耐えながら、ガンナープラグが熱を帯び始めたことに気がついた。

 攻性予測演算とは、神経接続を介して脳と直接接続し、演算思考体の持つ高度な観測情報解析と先行現実モデルが予測する分岐未来を用いて人が持つ認知能力を最大限に拡張する手段だ。

 ある種の先読み能力の擬似再現とも言えるこの技術は、ウィングガン等機動兵器運用に特に調整されたことから『攻性』予測演算と呼称されている。

 主に演算思考体フェーズ9以上との直接連携を必要とし、あまり一般化された技術ではない。


 ——— いよいよ、始まってしまう……


 今回だけは独り言を呟く余裕がない。

 シュペール・ラグナの真紅の自律ウィングガン達も、ヘパイストスの行動開始に反応を始める。

 四機の自律ウィングガンは旋回待機から一機ずつ降下を開始、螺旋の軌跡を描きながら下方のヘパイストスを目指して加速する。

〔三番目のイレヴン〕の戦力予測ではシュペール・ラグナの多連プラズマ砲の有効射程は約二キロメートル。高度八千メートルまで近づかなければ砲撃を開始しない。

 ヒトは機体を自律ウィングガンとすれ違うまで垂直上昇、転身させ背後から撃破を狙う。だが、真紅の敵機は二機が降下途中に機動を変え、二号機ウィングガン+に向けてバラバラとプラズマ砲の牽制射撃を始めた。つまり、敵勢力を二手に分断し、距離を稼ぐためにヘパイストスは先制を選択。そのための二号機ウィングガン+の遊撃だ。

〔三番目のイレヴン〕の手よる被射線予測プラグインのアップデートは功を奏し、真紅の敵機は攻撃を容易に二号機に当てることができない。だが、それは敵機の自律ウィングガン側も同様で、ヒトは位置を入れ替わりざまにプラズマ砲を放つも射線は虚しく空を切った。


「なら……」


 ヒトは相対する自律ウィングガン二機のうち片方に絞り、加速スラスターのスロットルを煽って全開加速を敢行、距離を詰めて格闘戦を仕掛ける。

 一機目の敵機は二号機ウィングガン+の接近機動を回避しつつ、肩部に備えられたロケットポッドから誘導弾三発を発射した。二号機に向け、大気を切り裂き尾をひく白矢が飛翔する。


「くっ…… !」


 ヒトは眉を顰め、止むを得ず接近を断念。機体を急減速させ、急激な減速Gに耐えつつ下方へ急旋回。三本の白い軌跡をぎりぎりで躱した。そのまま機動を変えず機体をぐるっと転身。二号機に向かって再び回頭を始める誘導弾をプラズマの矢で射抜いて破壊する。

 一機目の自律ウィングガンに応射しつつ距離を取り直すと、後方二機目の敵機にプラズマ砲の牽制射、続いて急接近を仕掛けられる。

 ヒトは機体をヨー方向に回転させ、バイブレードを起動。超振動の唸りを上げる大剣を横薙ぎに一閃、接近する二機目の右アームの一部を切断した。だが、敵機の損傷は思ったより浅い。二機の自律ウィングガンの位置を確認し、再び距離を取る。


「ここまで……」


 ヒトは驚き、そして焦る。やはりメタスクイドとは勝手が違う。加速・減速性、旋回性、即応性、どれを取っても自律ウィングガンは数段上手だ。

 ウィングガン+は目に見えてパフォーマンスが向上し、機体の挙動も鮮明に掴めている。だが、それがそのまま結果に繋がらない。まるで、鏡に映った自らを相手にするような、強いもどかしさを覚える。

 シュペール・ラグナこと〔一番目のイレヴン〕は、アストレアこと〔三番目のイレヴン〕プライマリコアの出現を待ち、意図的に均衡状態を作り出している。

 このままではリコとセリが危ない―― と考えるが救援に向かえば分断状態は解消、結果としてヘパイストス周辺で四機の敵機を相手にせざる得なくなる。

 ヒトは機体をピッチ方向に回転させ、連弾のプラズマ砲を放つ。だが、宙空に閃光の軌跡を刻むプラズマ射線を易々と躱す真紅の自律ウィングガン。敵機に意識を向けつつ、ヒトは葛藤に苛まれる。

 後席からは肩が上下し、息が上がり始めたヒトが見える。イオは知覚共有が行われてなくても、ヒトの焦りを感じていた。


 ――― アストレア、もうっ、早く現れてよっ!


 イオはプライマリコアが何をもたらすのか、正しく理解できてはいない。ただ今はじっと座って祈ることしかできない。




***




「もうっ、落ち着かないったらありゃしない!」


 ニュクスはブリッジ前列のアレサ哨戒管理官の後ろに立ち、前方壁一面のメインモニタに映し出された戦況を食い入るように見つめている。エリックと共に居残り組は指を咥えて状況を見守ることしかできない。


「アレサ・ケイ管理官、依然として、アストレアらしき反応はないかね?」


 アンダーソン艦長はおもむろに口を開く。


「ええ、ジャミングの影響でこちらからは…… 指定場所はここで間違いないんですが」

「シュペール・ラグナは真上、出てくるに来れんか。連中もそれが狙いだからな」

「時間が経過すればするほど、こちらは不利ですから」


 アレサに淡々と返す艦長、続いてクライトン副艦長が呟いた。


 ブリッジのメインモニタには、ミニウィンドウを介して一号機、三号機も映し出されている。辛うじて自律ウィングガンを寄せ付けていない。だが、ヘパイストス側の攻撃はウィングガン二機に加え、多連プラズマ砲全門をフル稼働させても傷一つ与えていない。

 艦に展開する思考装甲のうち、すでに四枚が落とされている。各ウィングガンは神経接続を開始して八分が経過した。


「相手はたった二機なのに、こっちは全力、向こうは余裕だ」

「ねえ、いっそのこと、可変核をあれに撃ち込んじゃダメなの?」


 ヒライが悔しげに呟くと、ニュクスは天井を指差して過激な提案をする。


「ダメだよ、この距離じゃ大した速度が出ないし、お互い『見えてる』から落とされる。多分それは向こうも同じ」

「可変核は対メタストラクチャー限定だからこそ、我々に運用が許されている。用途外使用は懲戒処分どころじゃ済まない」


 ヒライが提案に答えると、鬼軍曹が冷徹に付け加える。


「ええ…… やっぱりこの状況でも、そうなるんですかね?」


 恐る恐る口を挟むにエリックに、艦長が重い言葉を口にする。


「人として踏み外してはならん領域というものがある。どうしてもと言うなら、我々が死んで議会を動かす口実を作らにゃならん」


 その時、深紅の巨艦はさらに四機の自律ウィングガンを投入。同時に下方のヘパイストスに向けて四発の大型誘導弾が発射された。轟々と野太い燃焼音を撒き散らし、宙に真白の柱を穿つ。

 ヘパイストスが誘導弾迎撃のため多連プラズマ砲二門を振り分けると、自律ウィングガンは手薄になった砲撃の隙を突き接近、プラズマ砲を掃射した。

 思考装甲が即座に反応、射線上にその身を晒して砕かれ、そして海上に落下。誘導弾迎撃は成功したが、ヘパイストスはさらに二枚の盾を失った。

 振り散る思考装甲の残骸を縫い、リコの三号機がヘパイストス前面のカバーに回る。

 次の瞬間、自律ウィングガン一射。三号機のコクピットに直撃した。


『ああっ、リコっ!』


 セリとニュクス、そしてエドがほぼ同時に悲鳴を上げた。赤々とした爆炎を上げ、機体制御を失うリコのウィングガン三号機。一直線に海面に向かい、高い水飛沫を上げた。

 三号機、通信途絶——


『う、うそ、嘘でしょ、リコ、返事してリコ……』


 茫然自失を伝える青いアイコン。機体は失速、一号機も落下を始める。ブリッジのメインモニタが両機の姿を追う。共に着水したが、三号機は濛々と黒煙を上げている。


「セリっ、何やってるのっ! イカ野郎じゃないのよっ、止まったらやられちゃうじゃないっ!」


 インカムを使ってニュクスは絶叫するが、セリの耳には届かない。



 同時刻、二号機ウィングガン+のコクピット。

 それはヒトも目撃した。


「…………………………………………っ!」


 声にならない叫び。

 右半身が焼け焦げ、その断面を覗かせながら蒸発していくキオの姿。

 あの悪夢が、目の前の現実と重なった。

 

「えっ、ヒトっ、どうしたの? ねえっ、ヒトっ!」


 突然の状況変化に気づかず、ヒトの叫びが何を意味するか分からない。

 ヒトは足下のパネルを蹴り開け、パネル裏に貼り付けた赤い制御装置の物理ボタンを踏んだ。

 コクピットの全天モニタ下端に流れる《Nerve Connective Control》、そして《Bypass》。全てのモニタを埋め尽くす赤い《Warning》サイン。アンバーの透過光はレッドに上書きされ、けたたましく鳴り響く警告のアラート。


「ええっ、な、なになにっ!?」


 周りを見渡す。だが、この状況は研修でも教わっていない。


『その行動は危険だ、止めよヒト・クロガネ、繰り返す、その行動は危険だ』


〔三番目のイレヴン〕の合成音声がヒトの耳元で警告を発する。だが、彼は黙ってタッチディスプレイを操作、合成音声のチャンネルを切る。メインモニタの映像はぐるっと下方に向きを変え、加速スラスターの大爆音がアラートを掻き消した。

 天を疾る雷のごとく、二号機ウィングガン+は亜音速の垂直降下。そして急減速、機体を転身。ヒトは後に尾ける自律ウィングガンの機動を読む。過大な減速Gを物ともせずプラズマ一閃、炎を上げて粉々に爆ぜる深紅の脅威。

 再び急加速。加速スラスターに加え、イ重力制御の推進重力も振り分ける。二つの推進力の同時制御は彼しかできない離れ技だが、機体負荷が大きく自壊しかねない危険なスキルだ。

 ヒトの両指が異常な速度でタッチディスプレイを舞う。加速スラスターの爆音とイ重力制御エンジンの高回転稼動が混じり合い、悲鳴のような不協和音がコクピットを支配する。

 前方に立ち塞がる二機目の機動を読み、錐揉みを加えて機体を突進。自律ウィングガンが掃射する灼熱の弾幕を全て回避。敵機イ重力制御エンジンをバイブレードで真横に切断。赤々と融解する切断面を晒し、重力制御の翼を消失した敵機は真っ直ぐ落下を開始した。

 イオは右へ左へと急激に変化する加速Gに戸惑いながら、ヒトの豹変ぶりに困惑する。先までの苦戦が嘘のようだ。


 ――― な、何が起こってるのっ、ヒトこれっ、ど、どういうことっ?!


 胸のガンナープラグがさらに発熱を始める。二号機ウィングガン+はヘパイストスへ向け、垂直急降下を開始した。

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