06-2 ヒトの戦闘
ヘパイストス演算思考体、へピイATiが提案した作戦プラン実行承認の直後、アンダーソン艦長がブリッジ前列席のエドに訊く。
「今回のプラン、へピイは妙に消極的な数字を出していると思わんかね」
「ソウ、そうですネ、ワタクシのシミュレーションとほぼ同じですが、作戦成功率は全プランとも八割切ってますネ。トップとボトムの差も小さいデス……」
八月中旬某日、午後一時三十分頃に重力震発生。メタストラクチャー降下地点は伊豆大島と三宅島のほぼ中間地点、東京都の本州島側南海上百五十キロメートル付近。地表到達時刻は同日午後十一時十分となった。
今回の出動はフォワード二号機ヒト・イオ組、アシストは三号機リコ・ニュクス組が出動。一号機セリ・エリック組は待機だ。
降下したメタストラクチャーの推定サイズは五百メートル級、へピイATiが予測するメタスクイド出現数は八体で、今回は深夜の対応となった。尚、ウィングガン+は二号機のみ入れ替え、三号機は様子見のため見送られた。
「イヤな予感がしますね。いつもの五百メートル級のはずなんですが」
訝しげなクライトン副艦長。鬼軍曹の異名をとるクライトンだが、いつになく表情が険しい。すると、アレサが偵察ドローンの暗視映像をブリッジクルーの各端末に繋いだ。
「これ、いつもの『イカくん』とは、ちょっと違いませんかね?」
「暗視映像だと解像度が不足して分かり難い。なんかこう、いつものとバランスが違う」
クライトンは暗視映像をスローのリピート再生を見ながら首を傾げる。
「あっ、へピイATiが作戦プランの更新に入った。ヤバいんじゃないのこれ」
へピイATiの挙動に声を上げるヒライ。端末のディスプレイには《Updating Strategy......》の文字と共に、時計を模したアイコンが現れた。
その時、偵察ドローンの暗視映像に閃光が走る。アレサがブリッジ前面メインモニタに拡大し、スロー再生。閃光が走った後、新たなメタスクイドの姿が鮮明になった。
「ちょっとナニこれ、こんなの初めて……」
と、呟いたのはエド。
メタスクイドの形状、従来の進化段階C型とは明らかに異なる。鋭い三角錐の本体に六本の銛状触手の基本形状は変わらないが、本体部分がやや幅広に、上部に不明な長方体が増えている。無論、過去に類似するデータはない。
二人して思い当たったのか、ほぼ同時に驚きを口にするヒライとエド。
「か、荷電粒子…… 砲? いやプラズマ砲? あの射線の特徴は……」
「オゥっ、まさか飛び道具ネ? ファッ●ッ!」
メタスクイドの上部に追加されたものは『磁界殻密封型プラズマ砲』と断定され、進化段階の呼称は『D型』に移行にした。
ウィングガンが装備するプラズマ砲と同様の特徴を持つ類似のプラズマ弾を放っている。幸い、射撃傾向が銛状触手と同じく、まだ特性に見合ったコントロールができていない。
だが、これまで五百メートルほどだった銛状触手の攻撃距離より有効射程が大幅に伸び、かつ秒速約五キロメートルのプラズマ弾は迎撃不可能。作戦の遂行に困難が予想される。
***
今までの保守防衛装置—— メタスクイドと勝手が違うのはガンナー達も把握していた。基本的に知覚共有システム起動中は異重力知覚で『彼らを見ている』ため、夜間による作戦行動への影響は微々たるもの。また、攻撃中はガンナーにウィングガン管制システムの優先権があるため、ヘピイATiの作戦プランから外れた行動も融通が利く。
特に慌てた様子もなく、ヒトは淡々とヘパイストスに通信。
「現在、高度三千メートル。ヘピイATi、プラン更新を待つ」
二号機ヒト・イオ組は三号機リコ・ニュクス組と共にメタストラクチャー勢力圏外へ退避していた。現在二機のウィングガンはその直上、暗い真夜中の上空でゆっくりと旋回待機している。
『ヒト、リコチャン、へピイATiはファッ●ン野郎の被射線予測をやり直してるヨっ! チョットだけ待ってネっ!』
二号機メインモニタ下端に、ヘパイストスを模した白いアイコンがポップアップ。
『もうっ、エド。汚い言葉使わないで。リコも聞いてるのよ』
割り込む黄緑のウィングガンアイコン。ニュクスの苦情だ。
『ヒィーっ! 今のヒライさんだから、ミーじゃないネっ!』
『おい、誰がヒライさんだって?』
エドの慌てぶりが事態の大きさを物語る。だが、通信の向こうでクスクスと笑うリコ、『ま、いっか』と妥協するニュクスの声。二つのアイコンのお喋りをただ黙って見つめるヒト。
白いヘパイストスアイコン、ヒライが言葉を続けた。
『二号機、三号機聞こえるか? 基本的に銛状触手の被射線予測を修正したものだから、完璧に対応できるとは限らない。それとリコちゃん、思考装甲はできるだけ密集させて。銛状触手より凄く速いから……よっしゃっ、計算終わったっ!』
ウィングガン管制システムは通信の直後にへピイATi共有サーバにアクセス、被射線予測プラグインのアップデートを開始する。
被射線予測とは相手の攻撃の始点、つまり発射口を観測し、天候や移動速度、重力の影響等の歪曲条件を加味して敵攻撃の弾道を予測するものだ。
ヒトは静かに《Loading.......》バーがじわじわと進む様子を見つめる。
知覚共有開始からすでに六分が経過した。一旦ウィングガンを退く選択肢もある。だが、へピイATiは一号機セリ・エリック組の追加出動を提案した。
「先に勢力圏内に入る。リコ、セリが来るまで待って」
続いて、ヒトは二号機ウィングガン+の機首を下げ、加速スラスターをフルブースト。どんっ、と機体は弾かれたように垂直降下。明らかに新しい二号機は加速力を増している。
だが、イオは先から彼に少しばかり腹を立てており、気に止める気は更々ない。ずっと押し黙っているのはその所為だ。
――― なぁんだよ、こいつ。ナイト気取りかよ、ぺっ
イオは更に重くなった加速Gに耐えながら、女の子の自覚が足らない悪態を吐く。加速スラスターの轟音で掻き消されるため、言いたい放題だ。
二号機ウィングガン+は下方のメタストラクチャーに向け急降下。途中、進路に割り込んだメタスクイドをすれ違いざまバイブレード抜刀、閃めく刃で両断。
目前に迫ったメタストラクチャーの壁に衝突寸前で九十度旋回、回避。ロール回転で機体に捻りを加え二号機を転身。プラズマ光弾を叩き込み、後方二体を撃破。
ヒトは一瞬にして三体の保守防衛装置を片づける。
――― は? ……って、う、うそでしょ?
今度はプロゲーマーのデモプレイを通り越して、ヒトの攻撃にメタスクイドが都合よく吸い寄せられているかのように見えた。
確かにウィングガン+の性能は想定値通りに向上しているが、彼の成果はそれ以上。イオは歴代ガンナーの戦闘記録を何度も映像アーカイヴで観た。だが、ヒトほど優秀かつスマートなガンナーは見たことがない。
因みに、イオが何度もアーカイヴを観たのは、同じ研修を三年繰り返したから。※余計
『あーら、さすがリコの王子様っ、やっるーっ!』
『ちょっとセリっ、リコが固まっちゃうじゃないのっ!』
イオがヒトの戦闘スキルに度肝を抜かれている間、ニュクスは戯けたセリを嗜める。まるで、メインモニタ下端で青と黄緑のアイコンが喧嘩しているよう。
残りの五体のメタスクイドが二号機ウィングガン+に群がり始めるも、勢力圏内に入った三号機と、現場に到着した一号機に反応して再び分散を始めた。
「不意をついた。一号機にフォワードを譲る。リコ、一号機のフォローを」
ヒトは謙遜する。油断するな、と。二号機のモニタサイン《Forward》が《Assist》に切り替わった。彼の判断だ。
『ヒト、わかったっ!』
『あぁん、ワタシだけ名前を呼んでくれないなんて、酷い王子様っ!』
青いアイコンは不満を口にしつつ一号機の狙撃軌道の確立にかかる。ご機嫌のリコはプラズマ擬きをすり抜け、本家プラズマ弾を一閃して一体撃破。残りは四体だが、ここで二号機と三号機の神経接続の継続制限は七分を切る。
二号機ウィングガン+は漆黒の巨壁側面をギリギリに飛行し、追う後方メタスクイドはプラズマ擬きを掃射。だが、蛇行する二号機の行く手に、もう一体の保守防衛装置が現れた。
プラズマ擬きを放ちつつ二号機に接近。だが、ヒトは前方メタスクイドの直進機動を紙一重で躱す。直前の獲物を逃した一体は、後方から追う一体と同士討ちの衝突した。互いのIVシールドに弾かれた二体は、転身した二号機のプラズマ砲に貫かれた。
砕け散った二体は夜の闇に堕ちる。残り二体、継続制限はあと五分。
***
一号機セリ・エリック組のコクピット。エリックに声をかけるセリ。
「エリックっ! アンチグラヴィテッド狙撃シーケンスに入るわ」
「りょーかいっ!」
セリは狙撃軌道を確立して一号機を乗せ、エリックは異重力マップ作成を開始する。ほぼ無防備となる一号機の後を尾ける三号機。
だが、後を追うメタスクイドのプラズマ弾が三号機の思考装甲に直撃した。貫通した射線が三号機の左アームを粉砕。三号機は一瞬、機体の安定を失い、赤い瞬きを伴う黒煙を引く。
一瞬の出来事。セリが声を上げた。
「あっ、リコっ! ニュクスっ!」
*
三号機リコ・ニュクス組のコクピット。一号機に通信を入れるリコ。
「集中してセリ、まだだいじょうぶっ!」
リコが声を発した瞬間、狙撃軌道を往く一号機の前方にもう一体のメタスクイド。目の前で瞬く超高熱の一閃、何することなく砕け散る。既のところでヒトの二号機が退けた。
『リコ、下がれ。後はボクが、フォローする』
コクピットのメインモニタ下端にポップアップする黄色いアイコン。
「で、でも、ヒト……」
機体の安定を取り戻し、リコが言い淀んだその時、ヒトのウィングガン+が八体目も粉砕する様子が三号機のメインモニタに映し出された。渋々リコは三号機をメタストラクチャー勢力圏外へ舵を切る。継続制限はあと三分。
*
再び一号機セリ・エリック組のコクピット。エリックが調律の完了を告げた。
「セリちゃん、アンチグラヴィテッドよろしくっ!」
「わおっ、余裕だっ! 前回の雪辱ぅっ!」
エリックの合図と共にアンチグラヴィテッドを電磁投射砲に装填、マグネトロンキャパシタの微振動を感じた直後、流れるようにセーフティ解除を承認する。
視界のターゲットポインタに異重力収束点を合わせ、セリはトリガーを引く。
鈍い金属音を発し、アンチグラヴィテッドは着弾する。
不意にそれは現れた。
運動機関の『骨』の隙間から這い出てきた保守防衛装置、九体目のメタスクイドだ。
*
二号機ヒト・イオ組のコクピット。混乱と戸惑い、驚きの声を上げるイオ。
「え—— な、なんでよっ! なんでまだ居るのっ?」
突然の展開に三号機のリコとニュクスは声も出ない。
九体目が放ったプラズマ擬きが一号機のイ重力制御エンジンに直撃。いくつかの小爆発の後、質量制御の翼を失った一号機は、闇夜が染める暗黒へ真っ逆さまに堕ちた。
時空歪曲防壁IVシールドは消失を開始し、二号機ウィングガン+は九体目の彼らもプラズマ砲で射抜いて撃破、そして緊急離脱を開始する。
限定可変核の閃光と共に轟音を上げ、漆黒の巨影は大火球に包まれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます