06-1 またやりやがったな
八月初旬某日、第四世代の航空砲撃機AMD176、通称〈ウィングガン
「チョーカッコイイっ、加速性能は三割増し、出力は驚きの五割増しっ、旋回性能はなんとイナイチから据え置きっ!」
「通販かよ。出力はいいけど、過渡特性とか分かる資料あんの? せっかくクライトン女史に内緒で急いでもらったんだからさあ、フェーズ9との同期をじっくり詰めたいんだよね」
エド兵装統制官から機体の説明を受けるヒト。彼はいつもと変わらないが、エドは興奮を隠せず、隣りのヒライ機関統制官は『コレジャナイ』という渋い顔。
「ムチャばっかり言うよネー。前倒し分の整備コスト、軍曹と折衝するのミーなんだけど」
生々しい文句を口にしつつ、エドはデスク端末から諸元データの該当頁を開く。後ろから覗き込むヒライ。
「そういう文句はフェーズ9の運用資格取ってから言ってよね……って」
「グヌヌ……」
「ああっ、なんだよこの二次曲線っ、くっそピーキーじゃん。ご丁寧に谷まであるし、二段ロケットなんて今時流行らねーよっ!」
と、ヒライはこつこつと人差し指をディスプレイの当該箇所に差す。
「ナニ言ってんのっ、スピードこそジャスティスっ、チカラこそパワーっ!」
エドはマッスルポーズを決めてご満悦。聞く耳を持たない。
「お前アメリカ人…… だったわ。俺はバランスを重視したいの。つうか二機あるんだろ、こんな極端なシロモノにリコちゃん達を乗せられないよ」
「ウっ、そこでリコチャン、引き合いに出すのはズルいナリ……」
すると、ヒトはウィングガン+を見上げ、ぽつりと口を開いた。
「思考装甲、無いですね」
AMD171と比べて一番大きく変わった外観上の特徴は、本体下部に備えるイ重力制御エンジンが一基から二基に変更され、代わりに若干の小型化が成されている。
他に高周波振動ブレードが左アームのみに変更され、使用頻度が高い右プラズマ砲を大容量化。思考装甲を収めるケースは見当たらない。
「いや、これは俺も無くていいと思うよ。この運動性を生かすなら思考装甲は邪魔でしかない。バイブレードも減らしてプラズマ砲に振るのも正解かな。ま、ヒト君しか活かせない仕様とも言えるけど」
「でしょでしょーっ、ほぼヒト専用ダヨっ!」
勝ちを誇るかのように満足げなエド。やれやれと肩を竦めるヒライ。
「お前最初っからそのつもりだろ。で、
「そのくらいちゃんと対応してるヨ! でも帰還制御は個人で差が出るから、運用しながらセッティングで詰めるしかないけどネ」
「ヒト君それでいい?」
「ボクは問題ないです」
ヒライはウィングガン+の『脚元』に寄り、コンコンと小突いた。
「確か、イナイチ(AMD171)が回ってきた時も、イカ野郎共は手を変えてきたんだよな……まーたマージンを削られそうな気がするわ」
***
情報管制室のディスプレイをエリックとニュクス、エドが見入っている。
新しく配備されたAMD176ウィングガン+の慣熟飛行で、公式では初お披露目だがヒトにとっては三回目。異重力分析官は搭乗していない。
知覚共有や異重力知覚マップのシステム自体はAMD171から据え置きで、機体の運動性向上に沿った小変更しか行われていないためだ。
加減速の減り張りを付けながら、縦横無尽に雲間を飛行するウィングガン+、そしてヒト。その機動には危なげな挙動は一切見られない。
真っ白な機体色も相まって、獲物の狙って大空を舞う海鳥のよう。
「ほぉー、ヒト君は流石だな、出力が五割も上がってるのに」
「昔のゲームのスーパーロボットみたい、男の子はみんなこんなの好きだよね」
エリックは目を丸くしながら感嘆し、ニュクスは感慨深く呟く。二人とも視線はウィングガン+の姿に釘づけだ。
二基に増えたイ重力制御エンジンが人の『脚』のように見える。その脚の先端に現れる発光現象、一対の光輪が眩い光を放っている。
「中身はイ重力制御エンジンだから、脚のつもりでイカ野郎を蹴っちゃダメだヨ」
「へえ、蹴るとどうなるの?」
「普通に壊れるネ。自重を支える剛性しか確保されてないヨ。重力制御と言っても、常時稼働させられないからネ」
「ふーん、思ったよりロマンがないねえ……」
エドの言葉に、エリックは見るからに肩を落とした。
「シンパイなのは神経接続だけど、本人は『慣れた』って言ってるネ」
「慣れた、ってやっぱり勝手が違うの?」
訝しむニュクス。エドの言葉に引っ掛かりを感じたからだ。
「運動性向上に伴って負荷が大きくなる分、フツウは帰還制御を強めてバランスを取るけど、それじゃ動作遅延が発生してイミ無いってヒトが嫌がってネ」
「もちろんリミッターはちゃんとかけてるよね? あのドMはそういうの際限ないから」
ニュクスは手にしたコーヒー缶を縦に潰す。肉体言語は万国共通。
「ヒィっ、ガンナーは壊すと治せないからネっ! そんなコトしたらリコチャンに嫌われるヨっ……と、そう言えば、リコチャンの成績もここ最近かなり上がってるネー」
と、話を逸らして別のデータを開くエド。ヒライが作る会議資料だ。
「へー、反応速度はセリちゃんとそんなに変わらないんだ」
「うーん、逆にセリが落ちてきてるせいもあるけどねえ……」
ニュクスは言葉を濁すと、潰れたコーヒー缶をゴミ箱に投げ入れた。
「彼女とのパートナーシップは去年からだから、まだ僕には良く分からないけど」
「多分去年辺りがピークで、後は落ちるだけ。もう五年だから」
「そうだね。ウィングガンの子ども達は普通の人と過ごす時間に比例して『普通の人』に近くなる。ま、人なんだけどさ」
ニュクスは五年、エリックは六年。異重力分析官を経験した上での実感だ。
「そう。もう普通のあの歳頃の子達とそんなに変わらないのよ」
「彼女は来年に引退だけど何か聞いてる? クライトン女史も知らないみたいだけど?」
含みあるエリックの問いかけ。少しばかり意地悪に。
「あはは、どうするんだろうねえ、あの子——」
一方、ヘパイストス展望室にて。よく晴れているがサングラスが要るほど日差しは強くない。真っ白な雲の合間を縫って飛ぶウィングガン+がよく見える。
「さすが我が弟、やることにソツがない。愛想もないけど」
相変わらずの美しさだが、セリの横顔は何かを諦めたような憂いが滲む。
「え、えーと、そ、そだね、ヒトは優秀……」
イオはどちらに共感すべきか大いに悩む。
「わたしも、あれに乗るの? やっとイナイチくん、なれたところなのに」
不安げなリコ。セリは明るい表情を取り戻し、リコの頭に手を乗せた。
「あら、リコの大好きなお兄さんと『お揃い』なのに」
短い彼女の髪を弄びながら、セリは揶揄うように囁く。リコは顔を真っ赤に染めて俯いた。その横でリコの愛くるしさに悶絶中のイオ。
「ワタシはもう時間がないんだから、贅沢言わないの。ねえ、イオ」
そう口にするとセリは身を翻し、今度はイオに背中からしがみつく。うなじに顔を埋ずめ、すぅーっ、と何度も深呼吸を繰り返す。
「ええっ、な、なにを?」
「ぷはぁっ、ううーん、今日もイオ、いい匂い……」
「えぇ……」
――― セリは来年のガンナー引退を控えて寂しいのだろう。
と、イオは解釈して多少のことは目を瞑ることにする。もう一機のウィングガン+はすでに誰が乗るのか決まっている。
「ああっ、セリ、ずるいっ!」
リコも喜び勇んでイオの胸にダイブ。ごすっと鈍い音を立てるリコの
「うぐっ…… き、君たち、ヒトはどうでもいいのっ? つか、匂いってどゆこと?」
「…………」
「えっ、セリなに? 何か言った?」
呟きは風切り音にかき消され、イオの耳には届かない。
彼女と初めて会った時の言葉、のような気がした。
***
《ウィングガン管制システムはヘパイストスATiからガンナーに動作優先権移行、神経接続開始、知覚共有システム起動、プラズマ砲セーフティ解除承認、アンチグラヴィテッド専用電磁投射砲冷却開始、思考装甲射出展開》
ピー音と共に、コクピットのモニタ基調色がブルーからアンバーに切り変わる。
「あっちっ!」
突然の痛みに思わず声に出る。知覚共有システムの起動直後、また例の感覚。右腕にざらつき、今までひりひりと感じていた部分の中で新しく増えた『ひときわ高い熱』。まるで、火で炙った棒を右腕に強く押し当てられたかのようだ。
前回は目立った変化がなかったので油断していた。
AMD176ウィングガン+の知覚共有システムはAMD171と同じもので、機体性能に合わせた設定の変更程度しか行われていない。製品差の可能性もゼロではないが、今のイオに心当たりは一つしかない。
ヒトの自傷癖。
――― またやりやがったな、こいつ。
補器類が収まる前席の背面を左脚で軽く蹴飛ばした。
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